42 黒の暗殺者
「うまい。これはうまい」
海賊の仲間たちは、屋敷のコックが作った鶏の揚げ物をむさぼるように食べては酒を流し込んでいた。
「こっちに来て一緒に海賊焼を食べようぜ」
この前、海賊団に入ったばかりの新人がジョッキを手にしたままキルゾに声をかけた。
キルゾはその言葉を無視した。
古株の海賊が新人に「よせ」と制した。
「キルゾは一緒にメシを食わない」
「なんでですか? オレたち仲間じゃないですか」
酔って顔を赤くした新人が不満そうに言った。
「いいから、奴に構うな」
キルゾは、宴の席から離れた場所に行くと、庭石の上に腰を下ろした。
ポケットに手を入れると自分で作った携行食を取り出した。
小麦とナッツと砂糖を固めただけのものだ。
小さいレンガのような塊を口に入れた。携行食は甘いだけで硬くて不味い。口腔内の水分が全部もってゆかれて飲み込むのに苦労するしろものだ。
だが、活動に必要なエネルギーはこれで十分に取ることができた。
さっき声をかけてきた新人が海賊焼の追加を取りに中央のテーブルに向かうのをぼんやりと見ながら口の中の塊を噛み砕いた。
すると新人が急に立ち止まり体を折った。
胃の中のものを嘔吐した。
(調子に乗って一気飲みをするからだ。船に帰るまではまだ作戦遂行中なのになんてざまだ。だから新人は使えない)
キルゾは舌打ちをした。
だが、嘔吐したのはその新人だけではなかった。
さっきまで威勢よく飲み食いしていた連中が次々と倒れて行く。
(毒か)
キルゾの体に異常な量のアドレナリンが放出された。戦闘に備えて血管が拡張して血液が熱く駆け抜け、瞳孔が拡大して視野が広がり世界が白く明るくなり獲物を探そうとする。
(舐めたまねをしやがって)
両刃の短剣を抜いた。
両手に一本ずつ握る。
(殺してやる)
キルゾの脳裏に今と同じようなことが起きたあの日の情景がプレイバックされた。
「さあ、乾杯だ」
叔父のサルゾが杯を高々とかかげた。
父も杯を手にした。
「「「乾杯」」」
今日は依頼者の貴族からこれまでの働きの報奨として特別報酬が出ることを祝っての宴だった。分家の叔父の家まで直接貴族からボーナスが支給されるとのことで、そのお祝いの宴をするということで一族郎党が叔父の家に招かれていた。
「200年にわたり我が一族は暗殺者として王国の貴族に仕えて来た。影で歴史を作ってきたのは我が一族だ。そのことを公爵はよく理解されている」
外敵、政敵、内部の粛清、何であっても権力者にとっての邪魔者は排除する。
それが暗殺者の一族の使命だった。
だが公爵から直接仕事を受けられるのは本家だけで、次男以下の一族は万が一の時のスペアとして控えているだけだ。本家から報酬の一部の分け前はあるが、いわば扶養家族にすぎない。
暗殺術の奥義も本家の長男のみが一子相伝で口伝を受ける。
キルゾは本家の長男で一子相伝の奥義の口伝を受けたばかりだった。もう技術的には父と同レベルだ。だが父はまだ引退せず当分は現役を続けるつもりのようだった。
「キルゾ。今日はたくさん食べろ」
叔父が上機嫌で料理をすすめた。
「ありがとうございます」
食べるふりをした。
だが、キルゾは料理を食べなかった。実は昨晩からひどい下痢に悩まされていたのだ。本当はこの宴会も欠席したかったのだが、父に本家の次期当主が欠席するなど許されないと言われて、無理に連れて来られたのだ。
たとえ相手が叔父でも、次期当主が病気になりましたなんていう弱い姿は見せられないのだ。
飲み食いする真似をするだけで、キルゾは飲み物も全く飲まなかった。余計な水分を取ると下痢をするからだ。
(なんとか宴会が終わるまではもってくれ)
気付かれないように腹をさすりながらキルゾは我慢した。
「うううう」
突然父が血を吐いて倒れた。
「どうしたんです!」
「あああ」
「うがああ」
母や姉や部下の使用人たちまでもが、喉や胸をかきむしりもがき苦しんでいた。
(毒だな)
狩る者はやがて狩られる。だから暗殺者は暗殺されることをいつも警戒して暮らす。だが、まさか同族の叔父に毒を盛られるとは盲点だった。
いつの間にか腹痛は無くなっていた。
神経が研ぎ澄まされ、体が軽くなった気がした。
戦闘モードに入ったのだ。
「キルゾ、どうしてお前には毒が効かない」
それには答えずに叔父に質問した。
「どうして家族に毒を盛った」
「時代遅れなんだよ。貴族が暗殺者を雇って邪魔者を消すなんて」
「だからと言って、なぜ叔父さんが?」
「公爵に依頼されたのだ。お前たち本家は歴史の暗部を知りすぎているし、強すぎる。いずれ王国の脅威になる。だから、排除しろと」
「それを受けたのですか」
「そうだ」
「なぜ? 家族ですよ」
「俺達分家はお前たち本家のスペアでしかない。本家にお情けで食わしてもらっている陰の存在だ。そんな生活がもう嫌になったのさ」
「でも――」
「それにお前たちを殺せば、びっくりするくらいの報酬をもらえた上に、治安部隊の中に特殊部隊を設けて、そこの隊長にしてもらえるんだ。いいか、暗殺者の一族のその分家という日陰者が、陽の当たるところに出れて、金も地位も得ることができるんだよ」
「残念です」
「ああ、残念だな。お前1人だけには毒が効いていないようだが、小僧のお前1人を殺るだけなら、オレでもできる」
叔父はまだキルゾが秘伝の口伝を受け、父の実力を超えていることを知らないようだった。
キルゾは護身用にいつもポケットにしのばせているバタフライナイフを握った。
叔父は暗殺者が使うダガーを手にした。
余裕の笑みを浮かべていた。
「どうした、キルゾ、顔色が悪いぞ。それに頬がこけて見える。毒が回ってきたんじゃないか。それともオレが恐ろしいのか」
叔父が高笑いした。
キルゾが舞った。
満開の花びらが散るように、叔父の体中から血が舞った。
「お、お前、どうして……」
「知らなかったようですね」
「まさか。口伝を――」
叔父は絶命した。
キルゾは叔父の一族や手下を屋敷の中を駆け抜けて皆殺しにした。
すべてが終わると、屋敷に火を放った。
暗殺者の家系は父と叔父の一族だけだ。そして今日はその両家の一族が全員集まっていた。
暗殺者の一族で生き残っているのはキルゾだけだった。
キルゾはその足で公爵家に行き、叔父に自分の家族の抹殺を命じた公爵を殺した。
最後に家に寄り、宝石や金貨などいざという時に持ち出して逃亡するために父が用意していた財産が入った袋を掴むと、そのまま旅に出た。
キルゾは、自分の家族と公爵を殺した狂気のシリアルキラーとして王国で指名手配されることになった。
そして、国外逃亡を続ける指名手配犯のキルゾが身を寄せたのはフック船長率いる海賊団だった。
庭に出てきたコックを見て、キルゾは目を細めた。
「やっぱりお前か」
「分かっていたのですか」
「ただ者でない身のこなしをしていた。コックだとは思っていなかった」
「だから、海賊焼を食べなかったんですね」
「それは違う。オレは基本的に他人が作ったものを口にしない」
自分の一族が毒殺された時の怒りが、昨日のことのように鮮烈にこみ上げてきた。
「お前にはここで死んでもらう」
「あなたにそれができますか」
コックのくせに妙に落ち着いていた。
「その肉切包丁で闘うつもりか?」
「そうです。あなたを調理してあげますよ」
キルゾは地を蹴って、コックに襲いかかった。
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