40 掲げられた海賊旗
「それで執事のアーノルドに劇団員に襲われたことを言ったのか」
「ええ」
「なんて言っていた?」
「善処するって」
「でもあいつらはそのままだ」
「そうね」
「今回の披露宴は何かがおかしい」
レイラは裏庭にある菜園でハーブを摘んでくると言って、アレクと屋敷の外で内緒話をしているところだった。
「それはどういうこと?」
「まず、あの劇団だ。披露宴の余興をやるだけにしては数が多すぎるし、奴らは芸人には見えない。盗人や殺人犯の集まりと言った方がしっくりくる」
「でも執事のアーノルドの知り合いで、アーノルドが集めてきた人たちよ」
「だから、そのアーノルドも怪しい。本来ならこれだけの規模の披露宴は自宅ではやらない。自宅でやるのは貴族くらいだ。町で一番大きなホテルかレストランを貸し切りにしてやるはずだ。その方がスタッフも揃っているからな。執事なら当然そう判断すべきだし、仮に主人が屋敷でやると言っても、それは難しいと諌めるべきだ。それを臨時雇いの流れ者のような人間を大量に屋敷に入れて、屋敷で行うなんてそもそも無理がある」
「でも、アレクだってその臨時雇の1人じゃない」
「雇われている身で言うのもなんだが、披露宴の一週間前になって素性の知れない料理人を慌てて雇うなんてやっぱり変だろう」
「それは直前になって料理人をアーノルドが追い出したからよ」
「どうして大事な披露宴の前に料理人を追い出す?」
「詳しいことは知らないわ」
「ともかく、この屋敷では何かが起きている」
「……」
「だから、くれぐれも気を付けてほしい。何かあったらすぐに言ってくれ」
「分かったわ」
「あれ、この草は!」
ハーブを摘んでいたアレクがすっとんきょうな叫び声をあげた。
「どうしたの?」
「これは菜園の中にあってはいけないやつだ。間違えて摘んで食べたりしたら大変なことになる」
「なんて草なの」
「リゲロだ」
そう言われてもレイラにはピンとこなかった。
アレクは菜園に生えていたその雑草を全部刈ると、間違えて誰かが使わないようにとしまいこんだ。
それからは屋敷内でのトラブルはなかった。
結婚式当日を迎えた。
朝から大勢の来客でメイドは大忙しだった。
挙式は離れの聖堂で行われた。
出張してきた神官が、新郎新婦の神前の誓いを司った。
式が終わると、劇団員たちが音楽を奏で、パフォーマンスを庭で始めた。
参列客は庭に移動した。
「レイラ、ステーキが焼き上がったから主賓のテーブルに持っていってくれ」
「はい」
レイラはお盆にステーキの皿をのせた。
披露宴は、屋敷の中には客が入りきらないので庭にテーブルを並べて行われていた。
幸いにも晴天に恵まれた。
オープンキッチンも設け、アレクは外で肉を焼いていた。
前菜やサラダ、パンは各テーブルにメイドが建物内の厨房から運び、メインデッシュと取り放題の各種の料理の大皿は、庭のオープンキッチンで提供することになっていた。
オープンキッチンの主役はシェフの白い帽子をかぶったアレクだった。
シェフの制服を着たアレクは格好良かった。テキパキと料理を作る姿にレイラは思わず見とれそうになってしまったが、やらなくてはならない仕事は山のようにあった。
配膳をしていると、突然「パパパパパパン」という炸裂音がした。
レイラは驚いて飛び上がりそうになった。
庭の中央に白煙が立っている。
「皆様、驚かせてしまい申し訳ありません。これは、東の国でのお祝いやり方です。東の国ではお目出度い席では花火を鳴らして祝う習慣があります。では、東の国から来たパフォーマーをご紹介します」
白いおしろいをべっとりと塗り、真っ赤な鼻に、目の周りをペイントしたピエロがお辞儀をした。
そして両手を上げると、いきなり周囲に爆発音が響いた。
「これが縁起のよい爆竹という花火です」
来客が拍手をした。
レイラは焼き上がった次のステーキを来賓のテーブルに運んだ。
その時、大きな爆発音が響いた。
地響きがして、薬臭い熱い爆風が頬に当たる。キーンと耳の奥が鳴った。
(何があったの!)
見ると中央にあった料理が並んでいたテーブルが消滅していた。そしてその奥にあるオープンキッチンもめちゃくちゃになって燃えていた。
(アレクは無事?)
アレクの姿が探すが、見つからない。
「どうした、花火が誤爆したのか」
会場がざわめいた。
「あれを見ろ」
来客の1人が庭の奥にある旗竿を指差した。
さっきまでは国旗が掲げられていた旗竿に、黒地にドクロマークが白抜きされた旗がするすると上っているところだった。
「海賊旗だ!!」
「海賊だと?」
手品やジャグリングをしていた大道芸人たちが武器を手にしていた。
庭が静まり返った。
劇団の団長がコートを脱ぐとマントを羽織り帽子をかぶった。
「フック船長?」
会場にいた警備員が信じられないものを見るような目をして叫んだ。
「おのれ、海賊め!」
警備員が警棒を抜くと構えた。
「ハハハハハハ」
フック船長が腹をかかえて笑った。
「素人の酔っ払い相手ならいざ知らず、海賊に警棒で立ち向かう気か」
フック船長の言葉に警備員たちが不安そうに顔を見合わせた。
町長のロスベルトが「誰か、治安部隊を呼べ」と叫んだ。
その言葉に警備員の1人が出口に向かって駆け出した。
「させない」
黒ずくめの男がその警備員の前に現れた。
手に持ったナイフを一閃させた。
警備員がうめき声をあげて倒れた。
倒れた警備員の下に血だまりが広がった。
「キャー」
女性客の悲鳴が響いた。
「うるさい! 黙らないと殺すぞ」
フック船長の声に悲鳴が止まった。
「勝手なことはさせないぞ」
来客の1人が剣を抜いた。
「私は共和国軍西部方面隊第7師団のカルメル中佐だ」
「爆弾ピエロ、出番だぞ」
フック船長が笑いながら言った。
さっきの東方の国から来たと紹介されたピエロが中佐の方を向いた。
「私は剣士のスキル持ちだ。海賊ごときは敵ではない」
そう言うと中佐が剣を構えた。
「ほざいていろ」
爆弾ピエロが手を振った。
同時に爆発が起きた。
中佐は剣を手にしたまま吹っ飛んだ。
「もう一発」
耳をつんざく爆発音が響いた。
さっきよりも大きい爆発だった。
中佐は黒焦げになって動かなくなった。
「やっぱり剣士は間合いの外から攻撃されると弱いな。まあ、点の攻撃ならかわせるかもしれないが、爆弾は面、いや球体の攻撃だからかわせない」
レイラは会場を見回した。警備員が海賊たちに次々に倒されて行っていた。
「抵抗する奴は皆殺しだ。ただし、女と身代金と交換できるお偉いさんは丁重に扱え」
「「「アイ、アイ、サー」」」
(こいつらがジェイクを殺した海賊ね)
レイラは怒りで体が震えた。
爆破されたオープンキッチンの地面に果物ナイフが落ちているのが目にとまった。
目立たないように移動すると、そっとナイフを拾った。
(ジェイクの仇を討ってやる)
肩に手が置かれた。
驚いて振り向くとアレクだった。
『だめだ』というようにアレクは首を振った。
そして、気がつくとナイフを取られていた。
「どうしてよ」
小声でレイラは言った。
「おい、お前ら何をしている」
アレクと話しているのをフック船長に見つかった。
「なんでもありません」
アレクが低姿勢で答えた。
「変な気を起こしたら殺すぞ」
「分かっています」
「そのナイフはどうした」
「私はコックです。料理を作るために持っていただけです」
「コックか。そうするとお前が、まかない飯を作っていたのか」
「はい。そうです」
「あれは美味かった。そうだ、これからオレたちにメシを作れ。さっき爆弾ピエロが食事を全部ふっ飛ばしたから食うものがない」
「分かりました」
レイラはアレクを睨みつけた。
(この弱虫。裏切り者。海賊をやっつけるって約束したくせに)
心の中でそう叫んだ。
レイラは、アレクを見直して少しだけ期待していた。でも、やはりただの料理人だったようだ。
「コック、貴様の名は何だ」
「アレクです」
「アレク、海賊船のコックにしてやってもいい」
「ありがたきお言葉です」
「だがまだ信用したわけではない。まずはオレたちのメシを作れ」
「はい」
「おいドーガン」
フック船長は、ジェイクと同じ時計を持っていた男を呼んだ。
「こいつが変な小細工をしないかどうか見張れ」
「ガッテンです」
ドーガンがアレクのそばにいるレイラを見つけた。
「この前のメイドじゃないか。そうだ、いいことを教えてやろうか。この時計は若い航海士がつけていたものだ。自分の命よりも大事らしく時計をかばうようにしてオレに背中から斬られて死んだ。もしかして、あいつはお前の知り合いか?」
「許さない」
レイラは飛び出した。
だが後ろからアレクに羽交い締めにされた。
「やめるんだ」
「離してよ」
「気の強いアマだな。こういう女を調教するのが一番面白い。あとでたっぷりかわいがってやるから楽しみにしていろ」
「殺してやる!!!」
「やってみろよ」
ドーガンが短剣を抜くとレイラの鼻先に向けた。
「そこまでにしておけ。そのメイドは商品だ。見た目がいいから高く売れる。傷物にするな」
「へい」
フック船長の言葉にドーガンは素直に従った。
「お前たちは厨房に行ってメシを作れ、暗くなるまでこの屋敷にいる予定だから腹ごしらえをしたい」
ドーガンはアレクを小突くようにして厨房に連れて行った。
レイラはフック船長に腕を掴まれた。
「お前は、ここで酌をしろ」
周りを見た。
警備員も来賓の警察署長も軍人もみんな縛られて制圧されていた。
レイラは武装した海賊団に取り囲まれていた。
思わず悔しくて唇を強く噛んだ。
滲んだ血が口の中に広がった。
錆びた鉄のような味だった。
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