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21 イザベルの告白



「その辺に座っていて」


 イザベルの部屋は、バスルームを除くと一部屋しかない狭い家だった。部屋の奥はカーテンで仕切られていた。


 イザベルが目の前で着替えを始めた。


 アレクは思わず目を閉じた。


「ごめんなさい。狭い部屋だから他に着替える場所がなくて。もう目を開いても大丈夫よ」


 店で着ていたドレスの上にコートを羽織っていた姿から、普段着にイザベルは着替えていた。


「何を飲む?」


「いや、もう酒はいい」


 イザベルは頷くと、冷えた水を出してくれた。


 アレクはお冷を飲んだ。酔った体に水が染み込むように入っていった。


「おいしい」


 その後、会話が続かなかった。気まずい時間が流れた。


「アレクを部屋に上げたのは話を聞いてもらいたかったから。そうしないと、ずっと誤解されたままだと思って」


「誤解って……」


 イザベルは顔を横に向けてアレクと目を合わせようとしなかった。


「娼館で働くこと聞かれちゃったからよ……」


 やっぱりそうなのかとアレクは思った。何かの聞き間違いかと思ったが、あの娼館のオーナーだという男が、イザベルを迎えに来たと言うのは本当だったのだ。


「でも……」


 イザベルと自分はただの客とホステスの関係だ。イザベルが娼館で働こうが関係ない。なのにアレクは何だか胸の中がモヤモヤした。


「そうだよね。私がどうしようとアレクには関係ないよね」


 イザベルは泣き声とも笑い声ともつかない声色でそう言った。


「余計なことかもしれないけど、どうしてなんだい? アオ百合の給料が安すぎるの?」


「アオ百合の給料は安くはない」


 アレクは部屋を見回した。壁に吊るされているドレス以外に贅沢品は見当たらない。狭い質素な部屋だ。アオ百合でそこそこいい給料をもらっているとしたら、体を売ってまでもお金を稼ぐ理由が分からなかった。


 ふと、部屋の奥を仕切っているカーテンに目が止まった。


(もしかすると、あの向こうにある何かが理由なのか?)


「あのカーテンの向こうには何があるの?」


 イザベルはうなだれたままだった。


「見てもいい?」


 アレクは立ち上がった。


 イザベルは止めなかった。


 カーテンに手をかけると、引いた。


「これは……」


 女の人が横たわっていた。イザベルに似た美人だ。だが顔に生気はなく、人形のようだった。


「妹のサラよ」


「眠っているのか?」


 イザベルがゆっくりと首を横に振った。


「病気なの。食事もできないし、意識もほとんどないの」


「どうして」


「分からない。突然倒れて気を失って、それからずっとこうなの。お医者様に見せたらめずらしい奇病で、バラデロ草という薬草からとれる薬以外には治せないらしいの」


「その薬は高いのかい?」


「ええ。でも値段以前に、手に入らないの。だからその薬が手に入るまでサラを延命させる薬を飲ませているの。でも最近その薬の値段も急に高くなってもう、アオ百合の給料では足りなくなったの」


 そう言うと「わぁー」という声をあげてイザベルは泣き出した。


「そうだったんだ」


「サラの薬を買うために今晩、あのディリンクの娼館に行って契約をする予定だったの」


「あの襲ってきた男は?」


「アオ百合の常連客。サラの薬代をかせぐために指名料が欲しくて、気のある素振りをみせたの。それを本気にして、あんな風に私につきまとうようになったの。でも、みんな私が悪いの」


 イザベルはまた泣き出した。


「サラさんは何の仕事をしていたんだい」


「歌手よ。アオ百合のステージで歌っていたの」


「そうだったんだ」


「サラは子供の時から歌が上手くて歌手を目指していたの。でも私たちの国は貧しくて、歌では食べて行けないの。だから、二人でこの国に来たの」


 意識の無いはずのサラの頬に涙が一筋伝わって落ちた。


「サラ? あなた聞こえるの?」


 イザベルは驚いた顔をした。


 イザベルはアレクと顔を見合わせた。


「どうしよう。薬代のために娼館で働くこと聞かれちゃったかしら」


「どうなんだろう」


 イザベルは視線を落としてため息をついた。


「アレク、いろいろ迷惑をかけてごめんなさい。あなたとお店で話をできたのは、妹とこの国に初めて来た時のことをいろいろ思い出して楽しかったわ」


「僕にできることはない?」


 イザベルはアレクの手を握りしめた。


「もう十分にしてくれたわ」


「お金ならなんとか」


「そんなことできない。それにすごくお薬は高いのよ」


 イザベルが手を離した。


「ありがとう。アレク。私は明日から別の店で働くことになるから、アオ百合は辞めるわ」


 イザベルがドアを開けた。


「それから、この町に戻ってくることがあっても、次に私が働く店には客として来ないでね。そんな風にしてアレクと再会するのは辛いから」


 そう言うとイザベルはアレクの唇に自分の唇を合わせた。


「これはお別れの挨拶よ」


 アレクは部屋の外に出された。


「さようなら。アレク」


 イザベルはドアを閉めながら小声で「リゲイン草さえあんなに高くならなければ……」と言った。


 アレクは振り返った。


(何だって? リゲイン草だって!)




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