1 追放
「アレク、勘当だ。出て行け!」
父であり、領主でもあるブリンク公爵が吐き捨てるように言った。
家臣たちは黙ってうつむいていた。
「すぐに荷馬車に乗り、国境まで行け。そこから暗黒の森を渡って隣国へ行け。戻ってくることは許さん」
「分かりました」
アレクは仕方なく父の命に従った。こんなことになったのも数時間前に開催された試食会で激マズの料理を出したからだ。
アレクは黙って屋敷の外に出ると広場にある荷馬車の発着所に向かい、出発の準備をしている荷馬車の御者の前に立った。
「国境まで乗せてくれるか」
御者は顔を上げると、領主の長男が目の前にいることに驚きの表情をみせた。
「これはこれは、アレク様ではないですか。この荷馬車に乗られる? なんのご冗談ですか」
「父の命だ。私は家を勘当されて国外追放となった」
「アレク様! そんなまさか」
「だからもうアレク様じゃない。ただのアレクだ」
「アレク!」
後ろから甲高い声がした。
幼馴染のソフィアだった。
「本当に追放になったの?」
「どこで聞いた」
「もう噂になっているわよ」
「そうか。本当だよ」
「それでどこに行くの?」
「暗黒の森を抜けて隣国に行く」
「暗黒の森ですって! 装備は? 一緒に行くパーティは?」
「装備は身につけているこれだけだ。それに僕一人だ」
アレクの装備は、ナイフと塩が入った小袋と水筒、あとは着ている服だけだった。
「そんな……」
ソフィアが青ざめた。
こんな貧弱な装備で暗黒の森に一人で入れば、命を落とすかもしれない。もちろん父もそれを分かって命じたのだ。それほどまでに父を失望させてしまったのだ。
「アレク……」
ソフィアはアレクの両手を握りしめて泣き出した。
「そろそろ出発の時間です」
荷馬車の御者が申し訳なさそうに声をかけた。
「もう行かなくちゃ」
「だめ。行かないで」
「そういうわけにはいかないよ」
アレクはソフィアの手をふりほどくと御者の隣に座った。
御者が手綱を引くと馬車が動き始めた。
ソフィアが追いかけてきた。
「アレク!」
「ソフィア!」
アレクは手を振った。
馬車はソフィアを取り残すように速度を上げた。
ソフィアが諦めて立ち止まった。
アレクは小さくなってゆくソフィアを振り返って見た。
全ては3日前に起因する。
3日前、成人の儀式があった。
この国では15歳になると教会に行き、スキルの開示式を行うのが習わしだった。
誰もが生まれながらになにかしらのスキルを持っていて成人した時に教会で開示を受ける。
ブリング家は剣術一家で代々、剣士系の強力なスキルを授かってきた。
アレクの父は剣聖だった。
スキルのランクがそのまま家の格や爵位に影響を与えた。
だから父はアレクにも剣士としてのスキルが発動することを期待していたのだ。
15歳になったアレクは父と教会に行き、スキルの開示の儀式に臨んだ。
アレクが神官の前に立つと、神官は聖水を額にかけ、祝詞を唱えた。
すると、アレクの額にスキルの名称が古代の神聖文字で浮かんだ。
神官が古代神聖文字を読み上げた。
「究極の料理人」
聖堂は次期領主のスキルは何かと興味津々で集まった領民たちで満員だった。
だが、神官がスキルを読み上げても歓声の一つもわかず、不気味なくらい静まりかえっていた。
「すまんが、もう一度読み上げてくれないか」
父が震え声で言った。
「アレク様に発現したスキルは『究極の料理人』です」
神官は困ったような声で言った。
「り、料理人だと!」
この世のものと思えないような乱れた父の声が会堂に響いた。
「よりによって、なんで料理人なんだ」
父はショックで会堂の床に膝をついた。
聖堂に集まった民からは失笑が漏れた。
平民に笑われるというのは貴族にとっては死よりも受け入れがたい屈辱だった。
屋敷ではアレクの成人式とスキル開示の祝の宴の用意がしてあった。
そこにアレクと父は死んだ魚のような目をして戻った。
「父上様、兄様のスキルは何でしたか? 剣豪ですか、魔剣士ですか」
弟が駆け寄ってきた。
父は何も答えなかった。
「お祝いの宴の用意は整っております」
執事がうやうやしく頭を下げて言った。
「中止だ」
執事が驚いたように顔を上げた。
「すべて中止だ」
「まあ、いったい何があったのですの」
母が目を丸くして言った。
「こいつのスキルは究極の料理人だった」
部屋の中が静まり返った。
「いいか、貴族だからと言って家柄にあぐらをかいてはいられない。むしろ、貴族で領主だからこそ圧倒的な力を有して、ことがあったときには、国や民を守らなければならない。我が家の長子には剣術系のスキルが代々発現していた。だから我が家は公爵なのだ。それが、料理人だと……」
「アレクをどうするのです」
母が恐る恐る訊いた。
「勘当だ。当家を継がせるわけにはいかない。我が家の家名に泥を塗った」
母はそれを聞くと失神した。
赤ん坊の時からアレクの世話をしてきた執事が父を諫めるように言った。
「『究極の料理人』というスキルは、最高の料理人であることと思われます。剣士は有事には有用ですが、政は戦争だけではありません。平時での外交や内政も大事です。特に外交は胃袋にあると言われるほど会食は円満な関係を築くのに有効です。もし、アレク様が素晴らしい料理人のスキルを有しているのでしたら、王侯貴族や隣国の大使の接待に使えるかもしれません」
父はその言葉に考える仕草をした。
「試食会を開いてみてはいかがでしょうか。アレク様の料理を皆で試食すればアレク様が公爵家に必要な人材ということがわかるのではないでしょうか」
「それもそうだな」
父は執事の進言を採用し、急遽、試食会が開かれることになった。
ところがその試食会がさらなる大惨事となった。
アレクが生まれて初めて作った料理はどれもひどいものだった。
中には口にしたとたんにあまりのマズさに吐き出す者までいる始末だった。
とても王侯貴族を接待するために出せるしろものではなかった。
怒った父はアレクを家から追い出した。
アレクは馬車に揺られながら、ぼんやりとここ数日に自分に起きたことを考えていた。
そうしているうちに馬車は国境付近にさしかかった。
「アレク様、ここです」
「だからもう、アレク様ではないって」
人の良さそうな御者はうつむいて肩を震わしていた。
「泣いているのか?」
「すみません。アレク様が不憫で」
「ただ隣国に渡るだけだよ」
御者は首を振った。
「たった一人であの暗黒の森を越えるなど無茶です」
そう言い残すと馬車は去って行った。
アレクは森の中に入っていった。
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