165 大統領暗殺計画
「新しい料理人が今日から来るとは思わなかったので、昼ごはんの用意は私がしていたの」
「そうですか」
「あと、付け合せのじゃがいもを茹でるだけよ」
アレクはロルダのことを【鑑定】していた。
鑑定によれば、彼女はまだ若くしかも女優だった。
なのに前にいるのは雑用係の年配の白髪の女性だ。
(おかしい)
鑑定の結果が間違っているとは考えられない。
アレクはロルダを観察した。
ロルダはソースパンを火にかけて肉にかけるソースを作り始めた。
「そんなに見られると緊張するわ。あなたもなにか一品作って」
ロルダがはにかんだような顔で言った。
「そうですね」
アレクはそう言って棚に置かれている食材を吟味するふりをした。
するとロルダが懐からなにかの小瓶を取り出そうとして、やめた。
(あやしい。あいつには注意しよう)
アレクは、コーンスープを作りながらそう思った。
昼食は事前にアレクがすべて鑑定し、念のため毒見もした。
特に問題はなかった。
そうしているうちに初日の公演開始の時間が近づいてきた。
♥♥♥♥【ロルダ視点】♥♥♥♥
(まさか新人のコックが今日来るとは想定外だったわ)
ロルダは、最初は料理にパルコリから渡されたリゲロのエキスを入れるつもりだった。だが料理をする手元を新人の料理人に監視された上に、味見と称する毒見のようなことまでされたので、断念した。
それにパルコリからは下痢をするエキスは、即効性が高いのでギリギリに飲ませろと言われたことも思い出した。
(食事に入れたのでは、舞台が始まる前に効果が出てしまうかもしれないわね)
それはそれで公演中止になるので、目的はある程度果たしたことになる。舞台に穴を開けたことから精神的にサラが追い詰められて失踪したことにすればよかったからだ。
だが、あのアーサーとかいうヤツのせいで計画は狂ってきた。
(公演中に舞台の脇で渡す水にリゲロを入れればいいいのだわ)
歌手や演者は公演中に喉を守るためにも水分補給は不可欠だ。それを用意するのは雑用係のロルダの仕事だった。
「ロルダさん」
守衛が厨房まできて、ロルダのことを呼んだ。
「なんですか」
「面会したいって人が下に来ている。なんでも、ロルダさんの身内が危篤なのですぐに会いたいって」
「わかりました」
通用口に行くと、パルコリの手下がいた。
「すぐに来て下さい」
そう言われてロルダは、劇場を出た。
手下はパルコリたちが待機している劇場の近くのアジトにロルダを連れて行った。
中に入るとパルコリの部下が武器を準備しているところだった。
「どうしたの?」
「計画変更だ」
「変更?」
「ああ、今日の舞台に大統領が観劇に来ることが分かった。だから俺たちが役者の振りをして舞台に上がり、舞台から大統領を襲い暗殺する」
「サラに下剤を飲ませるのはどうなるの」
「中止だ」
「いつ大統領を襲うの?」
「ラストのアレクが魔王と戦うところだ。手下が魔王の部下に化けて舞台に上がり、投げナイフや弓や攻撃魔法で客席の大統領を襲う」
「役者のふりをしてって……、どうするつもりなの?」
「なあに、出演者から衣装を奪い、それを着て舞台に出るのさ」
「どうやって楽屋に潜り込むの?」
「それはお前の仕事だ。公演が始まったら、お前が中から手引して俺たちを中に入れろ。後は俺たちでやる」
「分かったわ」
ロルダは、劇場に戻った。
いつの間にかアレクがロルダの背後にいた。
「ひぃい」
思わず驚きの声をあげた。
「どこに行っていたんですか」
「身内が体調が悪いということで様子を見に行っていたの」
「危篤なんでしょ。付き添っていてあげなくいいんですか」
「大したことはなかったから戻ってきたの」
「その懐の小瓶はなんですか」
「薬よ」
「何の薬ですか」
「万能薬のリゲインのエキスよ」
「本当ですか?」
「ええ」
「さっきの病の身内にそれを使いましたか」
「いいえ」
「それは使わない方がいいですよ。特に病人に与えたら死ぬかもしれませんよ」
「何を言うの!」
「それはリゲインでなくリゲロだからです」
「なんですって! じゃあ私はあの商人に騙されたのね!」
ロルダは迫真の演技で騙された中年女性を演じた。
新人の料理人はそれ以上は何も言わなかった。
(本当にやりにくいったらありゃしない。こいつ、いったい何者?)
だが、数時間後には国を揺るがす大事件が起きる。そしてパルコリが裏社会の覇者となるのだ。そうなれば、パルコリの愛人の自分は今よりもっと良い暮らしができるだろう。もう少しの辛抱だった。
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