161 2人の約束
「ただいま〜」
アレクが孤児院に帰ると、ライザはキッチンにジルといた。
「おかえりなさい」
ライザは花柄のエプロンをして、料理をしていた。
「料理をしているの?」
アレクは驚いて訊いた。
「ええ、ジルから教わっているの」
かつてのライザは眉間にしわを寄せて張り詰めた空気を醸し出していて、いつも鎧をまとい、剣を下げていた。そのライザからは想像もできなかった姿だった。
「何を作っているの?」
「シチューとホットケーキよ」
「アレクから教わったレシピを、ライ姉にも伝えているの」
ジルが言った。
「アレク……」
「アーサーさんは会ったことが無いと思うけど究極の料理人で、しかも魔王の軍勢から私達を救ってくれたのよ」
「ああ、勇者パーティにいた人のことだろ。聞いたことはある」
アレクは自分のことを言われて焦った。
「ちょうど、アーサーさんも帰ってきたことだし、ご飯にしましょう」
ジルがほがらかに言った。
食事は、全員で同じテーブルについて取る。
まず、ファーザーが神に感謝の祈りを捧げ、その後、子供たちも感謝の言葉を唱えて、食べ始める。
(おいしい)
アレクは一口、シチューをすすりそう思った。
自分が教えた通りのレシピを忠実に再現しているというのもあるが、皆と一緒に食べているというのも美味しさを引き立てていた。
アレクの横にはエプロンをしたままのライザが、アレクがシチューの味を気に入ってくれるか頬を少し赤らめながら、座っていた。子供たちは夢中になってスプーンでシチューをかき込んでいる。
愛する人たちとの、穏やかで、温かい食卓。
それこそが最高の味付けだった。
なによりもライザが可愛かった。
「また、食品の値段が上がりそうなの。今日、買い物に行ったら、商店の人が来月から麦や米を始めあらゆる食品の値段が上がるかもしれないと言っていたわ」
ジルが言った。
「西の国の内乱なら、たぶんもう心配ないと思うよ」
「違うの。別に西の国で戦争していても、ここの食料の値段には大した影響は無いわ」
「なら、どうして?」
「今年はアメリア共和国の中央穀倉地帯が不作らしいの」
「不作? どうして」
「詳しいことは分からないけど、日照りや嵐と言った異常気象が続いて畑がダメになったらしいわ」
(ミントさんの農場は大丈夫かな)
アレクはミントやプラトーやジョーたちのことが気になった。
夕食の後、アレクは外に星を見に行った。
町の外れの小さい丘に寝そべった。
晴れ渡った夜空には満天の星が輝いていた。
すると気配がした。
身を起こした。
ライザが姿を現した。
「ライラか」
「うん」
「どうしたんだい?」
「部屋にいなかったから探しにきたの」
「星を見ていたんだ」
「私も一緒に見ていい?」
「ああ」
ライザがアレクの横に腰掛けた。
「またどこか行っちゃうの?」
「えっ?」
「ご飯の時、そういう顔をしていたから」
「君を1人置いて、出かけてしまいゴメン」
「うんうん。いいの」
ライザはすねたり怒っている様子ではなかった。
「でも、一つ約束して」
「うん」
「私を1人にしないで……。どこかに1人で出かけてもいいから、必ず戻ってきてね」
「ああ、約束する。ライラを1人にはしない」
「約束よ」
ライザがアレクの顔を見上げるようにして見つめた。
自然とアレクはライザの唇にキスをした。
ライザがアレクに体を預けてきた。
アレクはライザを抱きしめた。
しばらくずっとそのままでいた。
アレクは唇を離した。
「好きだよ」
「私もよ」
「ずっと一緒にいよう」
ライザはその言葉を聞くとアレクに飛びつくように抱きついた。
2人はそのまま倒れ込んだ。
翌朝、アレクは目を覚ますと、横に眠っているライザを見た。肌は透き通るような白で、銀髪のロングヘアーと相まって妖精のような、この世のものとは思えない美しさだった。
ライザが目を開いた。
青空のような紺碧の目がアレクを見た。
「おはよう」
「おはよう」
ライザは体を起こすと、自分が全裸であることに気が付き、慌てて毛布を引き寄せて体を隠した。
顔が真っ赤になった。
かつてのライザは、アレクの前で平然と着替えて全裸になっていていた。それに対し今の彼女は初々しく可憐だった。
「いまさら、隠さなくてもいいよ」
アレクは昨晩のことを思い出し言った。
2人は昨晩、お互いの思いを告げ、気持ちを確かめ、愛し合った。一緒に生きて行くことを誓いあった。2人で1人だった。だから、隠すようなことは僕らにはないと言うつもりだった。
「もう、いじわる」
ライザが顔を赤らめたまま言った。
「着替えるからあっち向いていて」
「うん」
アレクは後ろを向くと目をつぶった。
「もういいわよ」
しばらくしてライザが言った。
アレクは目を開けた。
すぐ前にはライザがいた。
そして、目を開けたとたんにキスをされた。
「ううう」
急に口を塞がれて、アレクは呻いた。だがすぐにライザを抱き寄せた。
「愛しているよ」
顔を離すとアレクはライザに言った。
「私もよ。愛している」
コホン
咳払いが聞こえた。
慌てて体を離して飛びのくと、ドアのところにジルがいた。
「朝ゴハンよ。何度呼んでも降りてこないし、ドアをノックしても答えないから、開けちゃったの」
ジルも顔を赤くしていた。
「ゴメン、ゴメン。すぐ行くから」
ジルが行くと、ライザが「見られちゃったわね」と小さく舌を出して笑った。
アレクも恥ずかしかったが、でも何だか幸せだった。
朝食が終わると、ライザがアレクに話があると言ってきた。
「なんだい?」
「また、行きたいんでしょ」
「なんのことだ」
「何か心配ごとがあって様子を見てきたいんでしょ」
図星だった。アレクはミントの農場のことが気がかりだったのだ。
「私に遠慮をしなくてもいいから、行ってきていいのよ」
「でも……」
「私はここの子供たちの面倒をみる手伝いをしているわ」
「いいのか」
「ええ。でも必ず帰ってきてね」
「もちろんだ」
ライザがアレクの胴に両腕を回すと体を寄せた。
「約束だからね……」
アレクはその後、ファーザーにしばらく出かけてくるので、ライラのことをお願いしたいと頼み、アメリア共和国に向けて飛び立った。
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