14 それぞれの思い【ソフィア】
「ソフィア、やっぱりここにいたのね」
「姉さん!」
ソフィアはその声に振り返って言った。
「このところ、いないと思えば、いつもここに来ているのね」
「……」
「お父様に謝りなさい」
「嫌です」
「ねぇ、あなただって成人して、大人になったのだからいつまでも子供のような振る舞いをしているわけにはいかないのよ」
「でも……」
「それに私達は貴族で、しかもあなたに発現したスキルが『聖女』だったのだから仕方がないのよ」
それはソフィアも分かっていた。
男爵家の次女で、しかも、多くの貴族が結婚相手に望む『聖女』のスキル持ちなので、各方面の貴族の子弟から求婚されていた。
「私達はもともと自由に恋愛をして結婚できる立場にはないのよ。家のために貴族としてふさわしい相手に嫁ぐのがさだめなの。まして、『聖女』のスキル持ちなら、回復魔法や浄化魔法が使えるから社会や国のために奉仕する義務があるのよ。そのスキルを活かすためにもしかるべき家柄のところに嫁ぐのが義務なの」
「私は……」
「決められた家に嫁ぐのが嫌なら、修道女として教会で生涯純潔の誓いをたてて、回復魔法師として社会に貢献しなさい! そのどっちも絶対に嫌だなんて、お父様がお怒りになるのはもっともよ」
「分かっている……。でも、私は好きな人と結婚したい」
「それは誰なの? きちんとした家柄の良い人なら、お父様だって無下に否定はしないし、私はあなたの味方になるわ」
「それは……」
「まさかアレク?」
ソフィアは横を向いた。
「アレクがもし勘当された上で追放されなかったらまたとない良縁だっわ。お父様もなんとかして公爵家にもらって欲しいと思っていたに違いないわ。でも、それは過去のこと。もうあきらめなさい。アレクが生きているわけないわ」
「でも、まだ死んだという知らせはないわ」
「1人で、まともな装備もない状態であの暗黒の森を越えることができると思う」
「死体だって無い」
「あの森の奥で獣に襲われて、何か残ると思う。きっと骨まで食べられてしまうわ。まして最近になって70年ぶりにあの森に魔物が出現したらしいじゃないの。生きているはずはないわ」
ソフィアはきっと口を結んだままだった。
「ねぇ、ソフィア。あなたは若くて、しかも美人だわ。それに『聖女』という女性にとっては最高のスキルまでもっている。なのにそれをこうやって塔の上から森の方向を眺めて、帰らぬ人を待ち続けているつもり」
「……」
「若い時なんてあっという間に過ぎてしまうわ。年をとってからきっと後悔するわよ」
「もう私のことは放っておいて!」
「ソフィアのわからず屋!」
父親似の姉は怒って帰ってしまった。
ソフィアは再び、外の景色を見た。
地平線には濃い緑の線が引かれている。それが暗黒の森だ。
(アレクは、あのどこかにまだいるのかしら。それとも森を無事に抜けて帝国で暮らしているのかしら)
子供の時から、アレクといつも一緒にいたソフィアは、アレクが父親の英才教育で武術に秀でているのを知っていた。
(あのアレクなら、森の獣なんかに殺されたりしないわ)
アレクの剣は時に激しく、時に滑るようになめらかで、剣術など習ったことのないソフィアですら見惚れる見事なものだった。
(私は、アレクが死んだなんて絶対に信じない)
後ろからまた足音が近づいてきた。
「もう、しつこいわね。何度言っても同じよ」
姉だと思って振り返ると、そこにいたのは父の男爵が最近雇った用心棒の女剣士メイベルだった。
「なんだ。メイベルだったの」
「お嬢ちゃんは、また今日もここで帰らぬ人を待っているのかい」
皮肉っぽい口調でメイベルが言った。
「あなたは、魔物が出ないかを見張っていなさい。余計なことに口をださないで」
メイベルは両手を広げて肩をすくめた。
「見ていてもどかしいのさ」
「何よ、どういうこと?」
「お嬢ちゃんは恋人がまだ生きていると確信している。だからここで待っているんだろ」
ソフィアは『はいそうです』と素直にうなずくのはプライドが許さなかったが、確かにメイベルの言う通りだった。
「だとしたら、無意味だと言うしか無い」
「なんて無礼なことを言うの!」
「だって、アレクっていうのは、公爵家を追放された上に、領主である父親に国外追放を命じられたのだろう。違うのか?」
「それは、そのとおりだけど……」
「なら、この塔の上で待っていて、アレクは帰ってくるのか?」
ソフィアは返す言葉が無かった。
「ここにはあいつの帰る家は無い。しかも国外追放という領主の命に背いて戻ってくれば、投獄されてむち打ち刑を受けた上、再度国外に放り出される。よほどのバカでない限り、生きていたとして、ここに戻って来るわけがないじゃないか」
それはその通りだった。
ソフィアは反論できず、唇を噛んだ。
涙が瞳に満ちてきた。
「まてまて、泣くな。私は、お前をいじめに来たのではない。お前の力になりたいと思って言っているんだ」
「私の力に……?」
ソフィアは涙に濡れた瞳であらためてメイベルを見た。男にも負けない大柄な体、赤紫の長い髪、大きな魅力的な目、そして長剣を背負っていた。
「そうだ」
「どういうこと?」
「ここにいてもアレクには会えない。ならば、お前からアレクのいるところに行けばいい」
「私が?」
「そうだ。アレクが国外にいるなら、お前も国外に渡ればいいじゃないか。そして、異国で一緒になればいい。料理人と聖女のスキル持ちなら、どこへ行っても暮らせるぞ。いいか。人間が生きるのに必要なスキルじゃないか。飯を食わないと人は活力を失い、果は死ぬ。病気や怪我を放置しておいても同じだ」
ソフィアはそんなことは考えたこともなかった。
「でも、私1人で異国に渡ってアレクを探して歩くなんて無理です」
「誰が1人だと言った」
「えっ?」
「私が力になる。私だけじゃない。私の仲間も協力する。私たちは世界中を回っている冒険者のパーティだ」
「でも、どうして私にそこまでしてくれるんですか」
「決まっているだろう。聖女のスキル持ちだからだ。治療、回復、解毒、浄化の魔法が使える聖女のスキル持ちなら大歓迎だ」
「ではどうしたら」
「私と一緒にこの屋敷を出て、仲間と合流するだけでいい」
「いつですか? これから?」
「そうあせるな。出立の時は私が指示する。それよりも、本当に私と一緒に来るか」
「はい」
「よし。ではこのことは誰にも話してはならないぞ」
「分かりました」
そう言うとメルベルは踵を返して塔から下りていった。
ソフィアは地平線を再び見た。
(アレク、待っていて。必ずあなたのもとに行くから)
◆◆◆◆◆◆
その日の夜、町外れに安酒場にメイベルはいた。
「ここ、空いているか」
メイベルの隣のカウンター席にフードで顔を隠した男が言った。
「ああ」
男はジョッキでエールを注文した。
「どうだった」
メイベルにしか届かないような小さい声で言った。
「首尾は上々さ」
メイベルは前を見たまま、男と目を合わせないでつぶやいた。
「ほんとうにチョロいもんだったな」
「世間知らずのお嬢様なんてそんなものだ」
「こんな簡単に、タダ同然で聖女のスキル持ちが手に入るとは」
「そうね」
「で、いつ出発する」
「3日後」
「分かった」
メイベルはカウンターに代金の硬貨を置くと黙って席を立った。
フードをかぶった男はそのまま店で飲み続けていた。
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