113 夜襲
アレクは休むことなく帝都からイブレスカに向けて飛ぶことにした。
(今度は1人なので、どこまで速く飛べるのかを試してみよう)
星の明かりを頼りに方角を定めて飛翔した。
すごい風圧だった。
(風のスキルで中和できないかな)
自分の前に風のスキルでシールドを張るイメージをしてみた。
すると風圧と風切り音がしなくなった。
すぐに黒い塊が前方に見えてきた。
(まさか、あれは国境の山脈なのか?)
帝都を後にして、わずかな時間しか経っていない。だがもう国境付近まで来てしまっているようだった。
減速した。
黒くそびえる山脈を越えるとすぐに町の灯りが見えた。
(イブレスカだ)
だが、灯りは前よりも大きく広がっているように思えた。
見下ろすとテントがたくさんあり、松明の火が照らしていた。
イブレスカの町を囲むように兵士が駐屯しているようだった。
(この真ん中に急に空から降りてきたらまた魔物と間違えられるだろうな)
魔法攻撃でもされたらたまったものではない。
アレクは高度を上げた。
(町から少し離れたところで降りて、徒歩で町に入ろう)
魔物がいる帝国側とは反対側のアメリア共和国の内から歩いて近づくのなら警戒されないだろうと思い、適当な場所を探した。
(おや、こんな時間に何だろう)
街道を馬車と兵士の長い隊列が移動していた。
そろそろ降りようと思ったが、ここで降りるとあの隊列に目撃されるおそれがあった。
目を凝らすと街道のそばに小さい森があった。
(あの中に降りれば人目につかないだろう)
アレクは隊列の上を飛び越えて、森のそばに行くと、その中に降りた。
地上に着くと、服装を整えた。高速の飛行で、服が乱れていたからだ。
アレクは耳をすませ、気配をうかがった。
(よし、誰にも見られていないようだ)
アレクはハンターモードで、街道と並行している森の中を駆け抜けた。
森が途切れたところで【索敵】に赤黒い光が突然現れた。
(魔物だ!)
「キャー」
女性の悲鳴が聞こえた。
アレクは悲鳴のした方向に駆けた。
さっきの馬車と兵士の隊列が魔物に襲われていた。
見ると街道の横に魔法陣のゲートが輝いていて魔物が続々と出てきていた。
「魔物の夜襲だ! 奇襲攻撃だ。司令部に知らせろ」
前にはイブレスカの町の灯りが見えていた。
兵士の一人が町に向け、走ろうとした。
「だめだ。お前たちにはここで死んでもらう」
巨大な手長猿のような魔物が両手に半月刀を持って立ちはだかった。
兵士は剣を抜いた。
「無駄だ」
手長猿のバケモノが刀を振るうと、兵士の剣が飛んだ。
もう片方の刀が振り下ろされる。
その刀の軌道に疾風のように入ってくる黒い影があった。
キィンー
金属が衝突する甲高い音がした。
「させるか!」
剣を飛ばされた兵士をかばったのはプラトーだった。
「プラトーさん!」
アレクは駆け寄ろうとした。
「きゃあっははは」
魔物の嬌声が聞こえた。
「助けてー」
振り向くと馬車から魔物が女性を引きずり下ろそうとしていた。
アレクは、一瞬でその魔物の背後をとった。
駆けたのではない。天使の翼のスキルで、瞬間移動したように飛んだのだ。
ショートソードを抜くと同時に斬りつけた。
魔物の首が落ちた。
魔物に腕をつかまれていた女性を解放した。
「アレク! アレクなの?」
女性が目を丸くしてアレクのことを見た。
「サラさん?」
「ええ。サラよ」
アレクはあたりを見回した。
そばに傭兵が数人いた。
「この人を頼む」
そう言うとアレクはプラトーを見た。
プラトーは得意の円の剣で手長猿の魔物の半月刀を防ぎ、その腕を斬り落とし、さらに首も落とした。
「アレク!」
「大丈夫ですか」
「もちろんだ」
アレクはゲートを見た。
続々と魔物が出てくる。
そのゲートに向けて氷結の矢を射出した。
マックスで撃った。
数百本の矢が同時に出る。
そのまま、矢を放ちながら魔物が出てくるゲートに向かい歩いた。
出てきた魔物が倒れてゆく。
ゲートに着くと、両手にショートソードを持って舞った。
アレクが剣を振るうと血しぶきが上がり、肉片や骨が飛んだ。
ゲートの前でアレクは舞うように2本の剣を振り続けた。
聖剣に匹敵するショートソードは刃こぼれすることも血糊で切れ味が衰えることもなく、月光の中で青白い光を放ちながら魔物を斬ってゆく。
アレクはただ剣を振るだけでよかった。
剣術の技も、究極の料理人の屠殺のスキルも関係なかった。
剣そのものが意思をもった戦闘天使のごとく舞い踊り、ゲートから次々と出てくる魔物たちを葬り、血の海を築いた。
「まずい、撤退だ」
ゲートから出かけた将校のような魔物が魔法陣の中に戻ろうとした。
だがアレクの剣は逃さなかった。
「ぐあああああああああああああああああああ」
肉片となった魔物が魔法陣の輝きの中に吸い込まれていく。
すると、魔物の出現が止まった。
アレクも動きを止めた。
魔法陣が消滅した。
アレクは後ろを振り向いた。
魔法陣から最初に出現した魔物たちが兵士とまだ戦っていた。
アレクは剣をいったんしまうと、天使の翼を広げた。
上空から地上の魔物を氷結の矢で掃射した。
みるみるうちに魔物たちが倒れていく。
魔物たちを殲滅したので、アレクはプラトーの横に降りようとした。
「アレク! 後ろだ!」
プラトーが叫んだ。
振り向くと死角からミツメ火炎ガラス3体が編隊を組んで急降下してアレクを襲おうとしていた。
アレクは急上昇するとともに旋回した。
これまでは手から風を出し、その風に乗っていた。
だが、今は鳥のように自在に空を飛べた。
ミツメ火炎ガラスの奇襲は失敗に終わった。
そのままミツメ火炎ガラスは編隊を組んだまま離脱しようとした。
「逃がすか」
アレクは旋回するとその編隊の後ろにつこうとした。
ミツメ火炎ガラスも速度を上げて振り切ろうとする。
だがアレクの方が速かった。
「ロックオンだ」
アレクは氷結の刃を連射した。
ミツメ火炎ガラスの翼が飛びちぎれる。
1体が地上にきりもみしながら落ちた。
「貴様、何者だ」
「ほう、喋れたんだ」
ミツメ火炎ガラスは旋回して回避を続けた。
「僕からは逃げられない」
氷結の矢を連射した。
もう1体がバラバラになった。
「貴様、バケモノか」
最後に残ったミツメ火炎ガラスが垂直に近い角度で上昇した。
「これにはついてこれまい」
勝ち誇ったように言った。
アレクはその後を追うように速度を上げた。
一瞬でミツメ火炎ガラスを抜き去ると、はるか上に浮遊した。
そこで両手にショートソードを再び持った。
そして急降下した。
アレクを振り切ったかどうか下を気にしているミツメ火炎ガラスの上から剣をかざして急降下した。
「ま、まさか」
アレクとミツメ火炎ガラスがクロスした瞬間、ミツメ火炎ガラスは2つに裂けた。
落ちてゆくミツメ火炎ガラスの残骸を目で追いながらアレクは空中で【索敵】を発動した。
魔物を示す赤黒い輝きはもう見当たらなかった。
アレクはゆっくりと下に降下した。
「アレク!」
プラトーだけでなくジョーもいた。
2人はアレクに手を振っていた。
サラとイザベルが祈るように手を合わせてアレクを見上げていた。
アレクが地上につくと将校が駆け寄ってきた。
「君は誰だ」
「アレクです」
「所属は?」
「所属? 特にありません」
「これだけのことができるということは、君も勇者なのか」
「いえ。料理人です」
「料理人だと?」
将校は狐に包まれたような顔をした。
「大佐殿、それは本当です。こいつの作る料理は絶品であります」
ジョーが笑いながら言った。
「ともかく、私からも礼を言わせてもらう。君のおかげで被害は最小限で済んだ。負傷者はいるが、死者はいない」
「それはよかったです」
「もし、君がいなければ、あのゲートから出てきた数百の魔物により我が隊は全滅し、イブレスカに集結していた連合軍は夜間に背後から奇襲を受けて大きな損害を受けるところだったろう」
アレクはあたりを見回した。プラトーたちの傭兵部隊は7、80人しかいなかった。数百の魔物に囲まれたら確かに大きな被害を受けていたろう。
魔物の残骸が山になっていた。
アレクは1人で数百もの魔物を倒したのだ。
精霊神から贈られた天使の翼と聖剣のショートソードの威力は恐るべき力だとアレクは思った。
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