109 祠のダンジョン
「ここがそうか」
アレクは新雪をかぶった石造りの小屋くらいの大きさの祠を見た。
何もない森のはずれにあった。
今は、巡礼の信者も観光客もおらず閑散としていた。
「ありがとう。ライザの案内がなければ見つけるのに時間がかかったはずだ」
「たいしたことないわ」
ライザは謙遜したが、スムーズにここまで来られたのは彼女のおかげだった。
祠は分かりにくい場所にある上にノースバニアに入ると雪が降ってきて、あたりは同じような雪景色になり、慣れていないと自分がどこに進んでいるのかも分からなくなる。多分、空を飛行していたら迷子になっていただろう。
「国境だって、ライザがいたから簡単に通過できた」
それを聞いてライザは少し嬉しそうに笑った。
「魔王との戦争中に料理人が、魔物だらけの街道を一人で旅をしていたら怪しまれるところだったよ。でも、ライザが皇帝の勅命で調査をしていると言ったらすんなり通過できた」
アレクはライザの連れということで、フリーパスで国境を通過することができたのだ。
そんな話をしながら祠の周りを歩いた。
(イェーリーはここにダンジョンの入り口があり、そのダンジョンの中に答えがあると言っていた。だが、ダンジョンの入り口はどこにあるのだろう)
「アレク、どうしたの? 何を探しているの」
祠の周りをウロウロと歩くアレクにライザが訝しげに訊いた。
ダンジョンのことはまだライザに話していなかった。
「実はイェリーは、ここにダンジョンがあると言っていたんだ。僕はそのダンジョンに入ってそのさきにあるものを見つけないといけないんだ」
「ここには巡礼で何回か来ているけど、これまでダンジョンの話は聞いたことが無いわ。それにこの周りにそんなものは無いわ」
「でも、イェーリーからは、祠のダンジョンに入るように言われている」
「あるとしたら、あそこの中しかないわね」
ライザが石の祠を見つめた。
祠の扉には大きな南京錠がかけてあった。
「あの中か?」
ライザが頷いた。
「入れるのか?」
ライザは首を振った。
「祠の中は神聖な領域とされて、禁足地なの。だから人は立ち入れない。普段は鍵がかけてあり、巡礼者は外から拝むだけで、誰もあの扉の向こうは見たことがないの」
「どうする?」
ライザが剣を抜いた。
そして気合と共に扉に向かい剣先を一閃させた。
祠の南京錠が2つに割れて落ちた。
「入るわよ」
アレクは祠の扉に手をかけた。
引くと、扉が開いた。
中はアレクとライザの二人が入れば、それでいっぱいなるような狭い空間だった。
中にはダンジョンの入り口のようなものはなかった。ただ、奥の壁に石版が埋め込まれているだけだ。
「何もないようだ」
アレクは中を見回して言った。
「石版だけね」
石版には何か文字が刻まれていた。
「何て書いてあるんだろう?」
「分からない。普段、読み書きしている文字じゃないわ」
「古代神聖文字かな?」
「そうかも知れない」
アレクは暗い祠の中では、文字がよく見えないので、確かめるように直接石版に刻まれた文字に触れた。
「な、なに?」
ライザが叫んだ。
アレクの手が光り始めたのだ。
そして、石版の文字が輝きながら浮いてきた。
「どうなっている」
アレクは光に包まれると、落とし穴に落ちたような重力が一瞬消えて体が軽くなったような感覚に包まれた。
気がつくとクリスタルの宮殿のような部屋にいた。
(ここはどこだ?)
「きゃあああああ」
ライザが落ちてきた。
「大丈夫か」
「ええ、怪我はないわ」
「僕らはどうなったんだ」
「あなたが石版に触れたら、石版とあなたが光に包まれて、あなたが消えてしまったの。だから、私も石版に触ったら、ここに落ちて来たの」
「そうすると、あの石版がダンジョンの入り口だったのか」
「たぶんね」
「それにしても、ここはどこだ?」
「私もわからない」
アレクはライザとクリスタルの宮殿の奥に進んだ。
いくつかの繋がった部屋を通ってきたが、何も出て来なかった。
そして、円形のホールのような部屋で行き止まりになった。
「どうなっている?」
すると、天井から乾いた笑い声がした。
見上げると、鎧に身を固めた老騎士が降りてきた。
「よく来たな」
「あなたは誰ですか?」
「ワシはゲートキーパーじゃ。これから与える試練を乗り越えないとこの先に進むことはできない」
「試練?」
「そうじゃ。受ける勇気はあるか? 無いなら祠の前に強制送還するまでじゃ」
ここまで来てビクついて戻るなんて選択肢にはなかった。
「その試練を受けます」
「そちらの嬢ちゃんはどうだ。無理しなくてもいいぞ。先に帰るか?」
「私もアレクと共に行きます!」
「よかろう」
鎧の老騎士が剣を抜いた。
アレクは身構えた。
(この老騎士と剣の試合をするのか?)
だが、老騎士が何もない空間に剣を走らせると、アレクは別の空間に飛ばされた。
「ここは?」
周囲の壁が全部鏡になっている小部屋だった。ライザの姿はない。
アレクは、出口はないかと探した。
すると、鏡に自分の子供の頃が映し出された。
それから、鏡にはこれまでの自分の生涯が映った。
剣術の修行に明け暮れた幼年期から少年期、スキルの開示式、追放されてからの様々な体験。
他人の姿を見るように自分のこれまでを全て振り返った。
(いろいろなことがあったんだな)
けれど、いつも、自分のことを見守ってくれたり、良くしてくれる人がいた。
アレクはそのことに気が付き、思わず「ありがとうございました」と呟いた。
その瞬間に周囲の鏡が割れて砕け散った。
アレクは元いた円形のホールの真ん中にいた。
正面にはゲートキーパーの老騎士がいた。
「合格じゃ」
「今のが試練だったんですか?」
アレクは狐に包まれたような思いだった。ただ自分の過去を振り返っただけだ。その何が試練だったのだろうか。
「お前が見たのは、本当の自分の姿じゃ。それを見てどう思った?」
「自分ひとりで生きてきたつもりでしたけど、多くの人に助けられて、支えられて生かされて来たんだと気がついて感謝する気持ちになりました」
老騎士は頷いた。
「普通の者は自分の現実の姿を直視できないものじゃ。みんな自分は悪くない、そこそこできるいい人間だと思いこんでいる。そして、現実の自分の未熟で、醜い姿を受け入れることができないのだ」
アレクは、料理人のスキルが発現して追放されたときから、自分が特別な存在ですごいとか思ったりすることはなかった。むしろ父の期待にも応えられない、だめなやつと自分を直視していた。
「それに、人にしてもらったことよりも、人にやられたことの恨みの方を見てしまう。だがお前は、恨みや憎しみより、生かされて来たことへの感謝を選んだ」
「それで合格なんですか?」
「そうだ。自分を虚しくして、生かされてることに感謝する気持ちが無い者は、直接神を見、神の言葉を聞くことはできない」
「……」
アレクは、特別なことをしたという意識はなかった。
「ライザは?」
アレクは部屋の中を見回した。
「彼女は過去の悲しい出来事に囚われている」
それしか老騎士は言わなかった。
「さあ、アレクよ、前に進むのだ。この先にお前がここまで生きてきたことの意味が待っている」
ゲートキーパーがそう言うと正面に扉が出現した。
「この向こうに、いらっしゃる」
誰とは言わなかったが、それがどういう存在なのかは直感的に理解した。
アレクが扉の前に行くと、静かに扉が開いた。
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