10 突然の来訪者
アレクは明日の料理人ギルドの試験に備えて宿にいた。
ドアが叩かれた。
(誰だろう。明日の試験のことでギルドの人が来たのかな)
アレクが扉を開けた。そこには銀髪で青い目をした軍服姿の少女が立っていた。
(げっ。特務調査隊のライザだ)
反射的にドアを閉めた。だが、ライザはドアの隙間に軍靴の先を押し込み、それを阻止した。
「こんな時間になんですか」
「お前に用がある」
「取り調べなら令状を見せて下さい」
「そんなつれないことを言うな」
「なんのつもりですか」
「私に料理を作ってくれないか」
「はぁ?!」
「お前は『究極の料理人』のスキル持ちだろう。お前の作る究極の料理とやらを食べてみたくなった」
「冗談も休み休みにして下さい。忙しいのでお引取り下さい」
「見え透いた嘘をつくな」
「本当です。明日試験があるんです。その準備で忙しいんです」
「試験?」
ライザは右の眉を上げた。
「何の試験だ」
「料理人ギルドの入会試験です」
「ならば、私が練習台になろう」
「は?」
「私を唸らせるような料理を作ってみろ。いい稽古台になると思わないか」
「お断りです」
「いいのか?」
脅すような口調でライザが言った。
「どいういう意味ですか」
「私はお前が本当に料理人かどうか疑っている。もし、お前が料理人でないならば魔物の手先だと判断する。お前の料理の腕を証明する気がないなら、この場で逮捕する」
「そんな……」
「逮捕されたら明日の試験を受けられないぞ」
なんて性格の悪い女なのだろうと思った。だが、ここで逮捕されたら、嫌疑を晴らしても、少なくとも今日と明日は身柄を拘束されるだろう。そうすればせっかくの料理人ギルドに入れるチャンスを失うことになる。
「何をしたらいいんですか」
「別に難しいことではない。料理を作れ」
「でも、その料理が不味かったら逮捕されるんでしょ?」
「どうかな。それは料理の出来次第だ」
アレクは舌打ちした。
公爵家を追放される原因となった試食会の嫌な記憶が蘇って来た。同じ目に遭うのはごめんだ。だが、あの時はまだスキルが発動する前の話だ。今はスキルを使える。
アレクはため息をついた。
「分かりました」
「やる気になったか」
「どうすればいいんですか?」
「この宿の一階の食堂に話をつけておいた。貸し切りにしてある。お前はそこの厨房を使い、料理を作れ。食材もその場にあるものは何を使用してもよい」
アレクはライザと一階の食堂に行った。
(困ったことになったな。何を作ったらいいんだろうか)
アレクはふと【鑑定】をライザに使ってみてはどうかと思いついた。【鑑定】は本来は食材の情報を知る手段だ。だが、食材でないものでも意識を向けるとさまざまな情報が表示されることはすでに経験済みだった。
(この人の好物は何かも鑑定できないかな)
アレクはライザに意識を向けた。
(ライザの好物を鑑定!)
すると鑑定できた。
「ライザ・ルフテンブルグ 帝国特務調査隊第一班隊長 スキル:魔物狩り剣士 好物:子供の頃に母親がおやつに作ってくれた肉包揚げ」
(この『肉包揚げ』って何だ)
するとそのレシピが鑑定内容に続けて出てきた。
「主に小麦粉を原材料とする練った生地を、小さく薄く丸く伸ばした皮に、ミンチにした肉や魚や野菜などの餡を包み込み、油で揚げたもの。子供のおやつ、酒のつまみ、ごはんのおかずなどになる。帝国の北部地方の伝統的家庭料理の一つ」
これなら、まだ料理の経験の浅いアレクでも作れそうだった。
「何をジロジロと見ている」
宿の一階の食堂を貸し切り、テーブルについたライザがアレクのことを睨んで言った。
「いえ、別に。料理のオーダーはありますか」
「お前が考えろ。プロの料理人なら私を唸らせる料理を出してみろ」
(なるほど、ヒントもくれないつもりだな。でもこっちは、好物はお見通しだ。さて作るとするか)
アレクは厨房に行った。白い服を着たコックがいた。
「麺の生地はありますか?」
「はい」
「寝かした、ちょうどよい状態のがあります。製麺しますか」
「いや、生地をそのままで下さい」
アレクは麺の生地を受け取ると、包丁で小さい玉くらいの大きさに切り分け、それに粉をまぶし綿棒で伸ばして皮を作った。
次にひき肉と香味野菜を炒めて餡を作った。さらにエビがあったのでそれをすり身にした。
肉と野菜をいためたものと、エビのすり身を、それぞれ皮に包んだ。
アレクは、それを油で揚げた。
(このままでも味がついているけど、味変のソースや付け塩も作ろう)
まずは、柑橘類で作った酸味ソースを用意した。つぎに塩とスパイスをミックスさせたスパイシーな旨塩を作った。最後に唐辛子ペーストに熱した油を落とし魚醤で塩味をつけた辛味ソースを作った。
アレクは3種類の味変のソース等を盛った小皿と、揚げたてのエビのすり身を包んだ揚げ物と、肉包揚げを食堂で待つライザのもとに運んだ。
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