104 辺境の町 アストリア その1
「もうすぐ国境よ」
隣に座っているライザが言った。
「ああ」
二人が乗った馬車は街道を順調に進んでいた。
小さな馬車で御者台に2人並んで座り、ライザが手綱を握っていた。御者も従者も警護隊もなく2人だけだった。帝国は大勢のお供を連れて行くことを薦めたが、アレクはそれを全部断った。
北の祠への旅はあくまでアレク個人の問題であり、また精霊神との約束であり、帝国に縛られたくなかったからだ。
「ねぇ、アレク」
ずっと黙っていたライザが口を開いた。
「なんだい?」
「やっぱりいい……」
「何か話があるのなら遠慮しなくてもいいよ」
「じゃあ、訊いてもいい?」
「ああ」
「カナルの町の外れでマンティスロードを倒したのはあなたなの」
アレクは、レイラと一緒に、行方不明になったティムを廃屋に探しに行き、マンティスロードに遭遇し倒した時のことを思い出した。
(あれを倒すところは誰にも見られていないはずだ。それに残骸も焼いて始末したのにどうして僕だと知っている?)
「その様子だと、やっぱりあなたなのね」
「ああそうだ」
「どうして、あのマンティスロードを倒したの?」
「少年が廃屋で廃材に足を挟まれて動けなくなっていた。その子を狙ってマンティスロードが出てきた。だからマンティスロードを倒した」
「その子は無事?」
「ああ」
「よかった」
「どうして、マンティスロードのことを知っている?」
「あなたとあのマンティスロードの両方を追っていたから」
「僕のことを魔物の仲間だと勘違いして追い回していたのは分かっているが、あのマンティスロードを追っていたというのはどうしてだ。あれはただの昆虫型のはぐれ魔物で、魔法も使えないし、特に強いわけではない」
「両親と妹の仇だったの」
それからライザは、幼い時に自宅で両親と妹がマンティスロードに殺されて孤児になったこと、家族の仇を討つために剣術の修行をして帝国軍に入ったことなどを話してくれた。
「そうだったのか」
「あのマンティスロードはいいところまで追い詰めたのだけど逃げられた。私が帝国で魔物狩りをしていることを認識して、隣国のアメリア共和国に渡ったの。隣国だと帝国軍は自由に行動できないから、仇を討てないままだったの」
「だけど、僕が倒したのは、同じマンティスロードだったのかい?」
「胴体に先の大戦の時の傷のあとがあり、それを子供の時に見て覚えていた」
「でも胴体は燃やし尽くした」
「帝国軍の魔物狩り部隊に入ってから一度戦っているの。取り逃したけど、その時に鎌に私が斬りつけた刀傷が残ったの。それがあのカナルの町で倒されたマンティスロードの残骸の中から見つけた鎌にあったの」
アレクは、知らないうちにライザの両親と妹の仇の魔物を倒していたことの偶然に驚いた。
「だから、ありがとう。アレク」
ライザはアレクに笑顔を見せた。
帝国にいた時の氷のような冷たい目ではなく、かわいい笑顔だった。
「助けてー」
その時、離れたところから悲鳴のような声が風にのって聞こえた。
「なんだ」
「盗賊か」
アレクが乗っている馬車は小高い丘の周囲をカーブする道を進んでいて前方の視界は丘に阻まれていた。
ライザが馬車の速度を上げた。
カーブを曲がると、前方に馬車が止まっていた。
その周りに魔物がいた。
アレクは素早く【索敵】と【鑑定】を発動させた。
魔物の数は5体だった。
『ライノビートルウォリアー カブトムシ系魔戦士 角の生えた頭蓋骨と一体化した兜が特徴。頭はカブトムシだが2本の手と2本の足で歩行し、空は飛べない。剣を使うのが得意。魔法は使えない。弱点は空中からの攻撃に弱いこと。食用も可能。揚げ物にすると美味しい』
近づくと馬車には子供が乗っているようで、ライノビートルウォリアーが子供を引きずり出そうとしているところだった。
「やめなさい」
子供たちを奪われるまいと抵抗した護衛の剣士が一刀両断に斬られた。
「僕が行く」
アレクがそう言って飛び出そうとすると、ライザが手を横にして制した。
「私が行く」
「でも相手は5体もいる。ライノビートルウォリアーは飛べない。僕が空から攻撃する」
「ここは帝国内。帝国の国民を守るのは私の仕事。それにアレクにはたくさんの借りがある。ここは私に任せて」
「でも、剣対剣では、向こうが数で有利だ」
「アレク、私を誰だと思っているの」
そういうライザの笑みには凄みがあった。
「私は魔物狩り剣士のスキル持ちよ」
ライザが剣を抜き放った。
「行くわよ」
その時、ライザの体が魔法陣に包まれて輝いた。
(間接魔法か!)
ライザは疾風のように馬車から飛び出すと、手前のライノビートルウォリアーに迫った。
「何だ? 小娘か」
ライノビートルウォリアーは振り向いてそう言いかけた瞬間に、袈裟斬りになった。斜めに斬られた体が一拍置いて、斜めにずり落ちて2つになった。
「ハアアアッ」
身体強化魔法で敏捷性や瞬発力を増したライザがすり抜けた後には、バラバラになった2体のライノビートルウォリアーの体が飛び散った。
「貴様、いったい……」
4体目も最後まで言う前に首が飛んだ。
ガシッ!
最後に残ったライノビートルウォリアーは剣でライザの攻撃を受け止めた。
そして、ライザの追撃を飛び退いて避けた。
ライザが剣を上に掲げた。
すると剣が2つに分離した。
ライザは二刀流になると、跳躍した。
「十文字剣」
2振りの剣をライザが薙いだ。
ライノビートルウォリアーは十字に斬られて崩れ落ちた。
アレクはライザの強さに舌を巻いた。
(ライザは間接魔法が使えるのか。だが間接魔法で強化しなくても十分に素のままでも強い)
帝国の魔物狩り部隊の隊長で『魔物狩り剣士』のスキル持ちというのは伊達ではないと実感した。
襲われた馬車から初老の男性が出てきた。
「おおおお、あなたは帝国特務調査隊のライザ・ルフテンブルグ隊長ではありませんか」
「あなたは?」
ライザが初老の男に尋ねた。
「私はアストリアの町の役人です。子供たちを疎開させる責任者をしています」
「それにしても警護員が少ない」
「町が魔物に襲われ、せめて子供たちだけでも助けようと逃げてきたのです」
「そうだったんですか。なら、ここから2時間ほどの場所に帝国特務調査隊出身の魔物討伐軍がいます。そこまで送りましょう」
「ありがとうございます」
アレクたちは結局もと来た道を引き返し、ハルトの部下の部隊が駐留している町に子供たちを送りとどけた。それからまた街道に戻った。
子供たちが避難してきたアストリアの町に着く頃にはすっかり日が暮れていた。
町の入口に着いたが、見るからに人の気配は無く、入口に建っている建物は半壊していた。
「どうする?」
「町に入るしかないだろう」
アレクは馬車を降り、包丁を両手に持った。
ライザも剣を抜いた。
そうして2人は武器を構えたまま、徒歩で町の中に入って行った。
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