101 イヴの二人
「「「「おいしい」」」」
聖夜の晩餐として、アレクが作った帝国北部地方の名物家庭料理である肉包揚げと、鶏肉に粉をまぶして揚げたフライドチキンを子供たちは貪るように食べた。
ライザもアレクの横で肉包揚げを口に入れた。
「あっ、それは揚げたてだから……」
「あふぁ、あふい」
ライザが口をパクパクさせた。
アレクはライザに冷たいエールを渡した。
「ふぅ。ありがとう」
ライザが笑顔で言った。
アレクはライザを見た。
銀色の長髪に碧い目が映えていた。
ずっと魔物の仲間と思われて追われていたので、落ち着いて見る余裕がなかったが、こうして見るとすごく綺麗だし、肉包揚げをフーフーしながら食べている姿はとても可愛かった。
(あれ? でも誰かに似ていないか)
アレクは記憶をたどった。
自分の枕元に突然現れたイェーリーに似ていた。イェーリーは足元まである青みがかった銀髪に碧眼。そして長いローブのようなものをまとい金色のリボンのようなものを肩にかけていた。
(髪の色が、イェーリーは少し青みがかかった銀髪だけど、あとは一緒で、まるで姉妹のようだ)
ライザがアレクの視線に気が付き、恥ずかしそうに口の周りをナフキンで拭いた。肉包揚げの餡が口の周りに付いているのだと誤解したようだ。
「ライ姉! プレゼントは?」
トニオが期待に満ちた声で訊いた。
「何を言っているのよ! ライ姉は私達を助けるために駆けつけて来てくれたのよ。プレゼントを用意する暇があるわけないでしょ」
ジルがトニオをたしなめた。
「ごめんなさい」
トニオがうつむいた。
「へへへ、それがあるんだな」
ライザが得意げに言った。
「「「「「「やった!」」」」」
「「「「「「ライ姉、大好き!」」」」」
子供たちが満面の笑みになった。
「だけど、プレゼントを開けるのは明日の朝よ。今日はもう早く寝なさい」
ジルが言った。
そしてアレクを見ると言い訳をするように「意地悪をしているのじゃなくて、イェーリーの生誕祭の子供たちへのプレゼントは朝に枕元に置いてあることになっているのよ。もちろん大人が用意するんだけど、イェーリーが夜のうちに子供たちのところに来て、置いたことになっているの」と言った。
「そうか」
アレクは自分が買ってきたプレゼントはいつ渡したらいいのかと思った。
街で買ったプレゼントは【食料庫】に収納してある。だが子供たちにそれを直接訊くわけにもいかない。
そうこうしているうちに食事が終わり、寝る時間になった。
寝室にアレクは戻った。
(今日は一日色々なことがあったな。プレゼントは明日の朝に渡せばいいか)
するとドアが遠慮がちに叩かれた。
「はい」
アレクはドアを開けた。
軍服からスカートに着替えたライザがそこにいた。ライザは、今晩は孤児院に泊まることになっていた。
「入ってもいい?」
ライザはしきりに廊下を気にしていた。まるでアレクの部屋に入るのを子供たちに見られたくないようだった。
「どうぞ」
ライザが部屋に入ってきた。
家具がほとんどない孤児院の空き部屋はベッドと小さいクローゼットと机しか無い。一脚だけあった椅子は、ライザが加わったため食堂の椅子が足らなくなったので、アレクが食堂に持って行き、そのまま置いたままだった。
ライザが困ったような顔で部屋の真ん中に立ち尽くしていた。
「立ち話も何だからそこに座る?」
アレクはベットを指差した。
ライザは少し迷ったようなそぶりをしてから、意を決めたようにベッドに腰を下ろした。
アレクはライザの前に立って、見下ろすようにして話すのも変だと思い、自分もベッドに腰掛けた。
子供が寝るための小さくて狭いベッドなので、アレクが座ると二人の距離はとても近くなった。
お風呂に入ったばかりなのか、ライザの銀髪からはいい匂いがした。こうしているとライザの体温が伝わってくるようだった。
「どうしたの。こんな時間に?」
ライザが恥ずかしそうにうつむいた。
軍服か、皮の鎧姿を着た姿しか見たことがなかったので、女性らしい格好をして無防備な姿でいるライザに急に心臓の鼓動が高まるのを感じた。
(ライザにドキドキするなんて、いったいどうしちゃったんだろう)
「実は相談があるの……」
顔を上げるとライザが言った。碧眼が少し涙でうるんでいた。
「相談?」
「子供たちへのプレゼントを落としてしまったの」
「どういうこと」
ライザは元々、魔王軍から救出するためでなく、子供たちにプレゼントを渡すためにクレアモントの町に来るつもりだったが、ハルト隊と途中で偶然合流し、しかも孤児院が狙われていると聞き、駆けつけて来たのだと話した。
だが、空に魔物が孤児院を襲うさまが映し出されたあたりで、夢中になって馬を駆けさせて、どこかに買ってきてプレゼントを落としてしまったのだという。
「アレク、どうしよう」
ライザが涙目で言った。
どこで落としたのかも分からない以上、深夜に探しに出ても見つかる可能性は低い。それに町の外には魔物がまだいるかもしれない。
アレクは自分の【食料庫】に街で買ってきたプレゼントがあることを思い出した。
「そうだ。プレゼントならあるよ」
アレクは立ち上がると【食料庫】から買ってきたプレゼントを出して、寝台の上に並べた。
「こんなに!」
ライザは目を丸くして見ていた。
「ありがとう!!」
ライザは立ち上がるとアレクに抱きついてきた。
アレクはその勢いに数歩後ろに下がるくらいだった。
だが、ライザは抱きついて離れない。
ライザの胸の膨らみがアレクに押し付けられた。
(柔らかい)
泣く子も黙る強面の魔物狩りの隊長の姿からは想像もすることができない感触だった。
「あっ、ごめんなさい。私ったら」
ライザも密着しすぎたことに気がついたのか、少し頬を赤らめて体を離した。
「でも、どうしてアレクがプレゼントを用意していたの?」
アレクは昼間のトニオとジルとのやり取りのことを話した。
「それで、子供たちのことを思ってプレゼントを用意してくれたのね」
「うん」
「本当にありがとう」
ライザは頬を上気させて言った。
「それから、プレゼントはライザからだということにしておいて欲しい。子供たちを失望させたくないんだ」
「いいの?」
「もちろんだ」
ライザは少し困ったような顔をした。
「そんなにしてもらっても、何もお返しすることができない」
「何もいらないよ」
ライザは何かを思っているような顔をした。
そして、アレクに向き合った。
「これは私からのお礼の気持ち」
そう言うとライザはアレクの頬にキスをした。
アレクは顔が熱くなるのを感じた。
ライザは、そのあとプレゼントを抱えて自分の部屋に戻っていった。
一人残されたアレクはなんだか寝付けそうもなかった。
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