プロローグ
(やばい、やばい、本当にやばいよ)
ジムは必死で走った。
息が苦しい。足が痛い。
でも足を止めるわけには行かなかった。
「みっ〜け」
正面に魔物が立っていた。
「ど、どうして」
「ばーか。身体能力が違うんだよ。俺達と人間とでは。先回りするなんて何でもない」
ジムは足が震えた。
(本当に魔物に遭遇するなんて)
魔物がいたなんて大昔のことで今は存在しないと思っていた。それが、目の前にいるのだ。
魔物はまじまじとジムの顔を見た。
「お前も【鑑定】のスキル持ちか。奇遇だな俺もだよ」
魔物が存在していたことだけでも驚愕すべき事態だったのに、それが人間の言葉を話し、しかも同じようなスキルまで持っていると知り、ジムの頭の中はパンクした。
(もうだめだ)
頭が真っ白になり、逃げることも、抵抗することもできない。
腰が抜けたような状態になり、しゃがみこんでしまった。
「へへへへ」
魔物が寄ってくる。
「それまでだ」
ジムの前に人影が立ちはだかった。
「さっきの人じゃないですか」
名前は知らないが森で出会い、水を分けてくれた親切な人だ。
ジムがどうして、森に1人で入っていたかというと、薬草を探していたからだ。ジムは鑑定スキルがあるので、鑑定のスキルが無いと判別できない薬草を採ることができた。
危険をおかしてまで1人で来たのは母親が急病で倒れ、危篤状態で医者にアメノユリ草があれば助かると言われたからだ。
アメノユリ草は、カラスブリという毒草と見た目がそっくりだ。だから鑑定スキルのある鑑定士でないと採ることができない。
森の奥は危険だが、母の状態では、パーティを募って装備を整えてからでは間に合わない。そこで1人で薬草を採りに来たのだ。
アメノユリ草は無事に採取できた。だが、慌てて出てきたので、水筒のキャップをちゃんと閉めていなかったため、途中で水が漏れて水筒が空になってしまった。
喉が乾いて困っていたのを偶然通りすがりに水をわけて助けてくれたのが、いま自分と怪物のとの間に入って身を盾にしてくれている人だった。
ジムはその人に鑑定スキルを使った。
(えー、『究極の料理人』?!)
森の中を1人で旅していたし、魔物を恐れている様子もないので、剣士とかハンターとか魔道士といったスキルを予想していた。だが、料理人だった。
(料理人が魔物相手にいったいどうするつもりだ)
ジムは助けてもらっているのに申し訳ないと思ったが失望を禁じ得なかった。もうこれまでだと思い死を覚悟した。
(母さん、ごめんなさい。僕がこの薬草を持って帰れなければ、母さんまで……)
「クックックッ」
魔物が笑った。
「どうしてだ。どうして魔物は僕たち人間を襲うんだ」
ジムは泣きながら叫んだ。魂の最後の悲痛な叫びだった。
「決まっているじゃないか。食べるためだ」
「食べる?」
「間の抜けた顔をするな。俺達魔物は、お前たち人間の血や肉が好物なんだよ」
「そんな非道な」
魔物は口を開けて笑った。
「どの口がそれを言う。お前ら人間だって同じだろう。お前ら人間は鳥や鹿を狩り、肉や内臓を食っているだろう。いったいどこが違う」
ジムは反論できなかった。
「弱肉強食はこの世の摂理だ。分かったら素直に俺のメシになれ」
「なるほどもっともな話だ」
ジムの前に立っていた男が平然と言った。
「強い者が、弱い者を料理して食らうか。いいことを言うじゃないか。では、お前を料理してやろう」
魔物は笑った。
「面白い冗談だ。はったりをかましても無駄だ。俺は人間のスキルも読める鑑定眼持ちだ。お前のスキルは料理人だとはっきりと額に書いてある。オレサマには敵わない。無駄な抵抗はよせ」
「その通り料理人だ。だからお前を料理する。言っておくが私の方が強い」
「なにをほざく。体の大きさは俺の方が倍ある。そして魔物はもともと人間の何倍も強い。ただの料理人ふぜいになにができる!」
「ただの料理人ではない」
そう言うとその人は、魔物に手をかざした。
「まずは食材の洗浄だ」
いきなり手からすごい量の放水が始まった。
魔物が後ずさりするほどだ。
「次は下茹でだ」
ずぶ濡れになった魔物に向けてその人が再び手を向けた。
詠唱も魔法陣もなく、瞬時に火炎が放射され、魔物は火だるまになった。
「お、おまえはいったい……」
次に突風が吹き魔物の火は消えた。
「さて、3枚におろして解体するか」
その人は二本の長い肉切包丁を両手に持つと、魔物を切り刻んだ。
魔物は切り分けられて、ただの肉塊になった。
ジムのところに来るとその人が言った。
「大丈夫か。怪我はないか」
「は、はい」
「それじゃあ」
「待って下さい」
その人は振り返った。
「お名前を、お名前を教えて下さい」
「アレクだ」
「アレクさん、ありがとうございました」
ジムは頭を下げた。
頭を上げた時にはアレクの姿はなかった。
ジムはさっき鑑定したアレクのスキルが『究極の料理人』だったことを心の中で確認した。
「究極の料理人アレク」
誰も周りにいないが思わず口に出して言った。
(僕と母さんの命の恩人だ。この名前は一生忘れない)




