氷の女
校舎裏のユリ湖の水上では、油のような虹色の皮膜がギラついている。先生いわく、「地中から溢れた鉄バクテリアのせいで、酸化皮膜という現象が起きている」らしい。
一ヶ月前に女学生が入水自殺して以降、水面に変化が現れたことから「彼女の呪い」だと校内を随分賑やかせた。死人に口なしとはよく言ったもので、生前の話には尾鰭がついて出回り、赤ん坊を身籠っただの、散々な言われようであった。
しかし同級生たちの発想は品性に欠けるものの、実際当人にも問題はあったと思う。彼女は生粋の人たらしだった。
過去にこんな話がある。
「高校入学後から、一度もマスクを外したことのない女生徒がいました。ここでは、仮にA子と呼称します。彼女は感情の起伏に乏しく、内向的なため友人もいない、いじめられっ子の典型のような生徒でした。基本的にフィクション等に登場するいじめられっ子は、大抵理不尽な理由で攻撃されますが、A子は違いました。彼女は同級生たちを、心から卑下していたのです。現実味のない将来を語る者や、SNSに稚拙な動画を投稿する馬鹿、女性を食い物にするような下劣な読み物を見て、陰茎を握りしめるクソ野郎。種類は様々ですが、特性の違う猿を見ているような気分だったのです。彼女は学校を動物園、教室を檻、教師を飼育員に置き換えて日々妄想に耽りました。きっといじめっ子たちは、A子の加虐心を受信していたのでしょう。また彼女は、精神的ストレスによる嘔吐は常でした。あまりに吐きすぎると、歯が溶けてしまうってあなたは知っていましたか? 亡くなった女学生は、密かにA子の吐きダコに気がついていましたよ? 女学生はとても聡明でした。表面的には他愛もない同級生を演じ、水面下でA子に寄り添う努力を始めたのです。彼女はいとも容易く、人の柔い部分へ潜り込む術を心得ているようでした。一方で無自覚に人を傷つける性質だったとも言えるでしょう。そうした事から、誰かに恨みを持たれても仕方がないと思いませんか? 彼女が善良であればあるほど、自分を卑下してしまう人もいるということです、自身の醜さに耐えきれず、仮にB美を殺してしまったとしても仕方がないということです、その罪悪感に苛まれ、毎晩懺悔に来るのも自然だということです!」
湖に浮かぶ虹色の皮膜は、あなたの呪いなのですか?そう口に出す前に、何かに背中を押された。
友人と氷をテーマに短編を書いてみようとなり、意気揚々と挑戦してみましたが、結末に向かうにつれてめんどくさくなったのはここだけの秘密です。
〈解説〉
氷は暖かいと溶けるので、同じような性質を持つ主人公が、自分を保つために元を断った……というお話です。