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英雄の影  作者: 白石小梅
3/5

 火花が、散る。

 女はさっとソーリャを壁に押し付け、銃の引き金を落とした。

「伏せてて! 追いついて来たわよ、ウィリ!」

「ケツは任せた! 俺は前を破る!」

 男は嵐のように剣を振るい、前へと突っ込んで行く。吹き荒れる閃光と爆音。何が起こっているやらわからない。

「前は片付いた! 次はどっちだ?」

「み、右……橋に抜けて、西区中央広場に行くの」

「川越えね。管轄が異なるから、逃げやすいわ」

 二人は、息の合ったコンビだった。悪し様に喚き合うが、底には信頼がある。

「よし……橋を越えれば俺も道はわかる。怪我がなくて良かった。手筈は?」

「広場に留まってるトラックと話を付けてあるわ。前線への補給物資だから、封鎖を素通りできる」

「軍のトラック? 大丈夫なの?」

「治安維持部隊と前線は仲が悪いの。お金を積めば街の外へ出してくれる。西区の人は、闘うより逃げることを選んだのよ」

「なるほどね……」

 護られるだけの自分。だがその気まずさも、もうすぐ終わる。橋が見えたのだ。

「ユーリエ、後ろは? 連中は振り切ったのか?」

「追って来てない。少し妙ね……」

 ソーリャは後ろを警戒する二人の先を走り、橋のたもとで周囲を見回した。

「二人とも! 兵隊はいないわ!」

 手招きをしていた指が、ちかりと光る。二人が後ろを向いている隙に、ソーリャはそっと指輪を口に寄せた。


――目標地点への到達を確認。聞こえているか?――


「ええ……こちらソーリャ。任務完了」


――ご苦労。完璧な仕事だった。では……お前はこれで、この世界から用済みだ――


 ハッと妙な気配を感じて、視線を落とした。胸元に這うのは、紅い光。

 振り返った男が、目を見開く。

「ソーリャ!」

  瞬間、閃光が迸った。灼熱が胸を抜け、視界が回転する。衝撃が、背を打った。

「待ち伏せよ! 彼女を、支柱の影に!」

 耳鳴り。目を開けると、星の瞬く夜空。抱き抱えてくる男の顔。流星群のような閃光。力の入らないまま、身体が揺れる。

 その時、ひときわ巨大な閃光が爆発した。

 女が必死の形相で物影に滑り込むと同時に、金属の悲鳴が響いて地面が傾く。

「連中、橋ごと落とす気だわ! クソッ、とことん嫌われたわね! ……彼女は?」

 こちらを覗き込んだ女の顔が、悪いものを見たように歪む。

「ソーリャ……大丈夫だからな。必ず良くなる」

 いつの間にか、橋の尖塔の影に横になっていた。

 男の手が、頬に触れた。震えていて、冷たい。いや、自分の顔が熱い。

 咽ると熱いものが漏れ出た。肺が震えて、掠れた音が鳴る。自分の背から熱が逃げて、指先が冷えて行く。撃たれたのか。だが、痛みはない。

「ウィリ……彼女は、もう……」

「黙れ!」

 初めて聞く、男の甲高い叫び。再びの爆音。地面が揺れる。敵はもう、狙って撃っていない。橋が、更に傾いていく。

「行っ……て」

 ソーリャは手を伸ばしながら、ゆっくり首を振った。

「駄目だ。俺が連れて行く。君と一緒だ、ずっと……」

「言った……でしょ? あたしは、ただの女……あなたは……『英雄』に、なる人……」

「違う。俺は、ただの俺だよ」

 指先を、感じない。揺らめく炎の縁取りの中、全てがぼやけて。

「ごめん、なさい……本当は……あなたは、大きなことを成し遂げる人、って……わかってた、の……」

 頬に、温かな感触が落ちた。男の涙だった。

「でももし……あたしだけの、ものに出来……たら……って、思っ……」

 糸が切れていくように、感覚が途切れていく。まずい。もう少し。もう少しだけ。

「夢を、叶えて……こんなこと……もう、終わらせ……」

 その時、ぷつりと何かが切れた。

 男の指をすり抜けて、手が落ちる。それが、最後だった。

「ソーリャ? ソーリャ……! 逝くな! 駄目だ!」

 男は、慟哭する。暗い空へ向けて、返すこだまもないままに。

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