3
●
火花が、散る。
女はさっとソーリャを壁に押し付け、銃の引き金を落とした。
「伏せてて! 追いついて来たわよ、ウィリ!」
「ケツは任せた! 俺は前を破る!」
男は嵐のように剣を振るい、前へと突っ込んで行く。吹き荒れる閃光と爆音。何が起こっているやらわからない。
「前は片付いた! 次はどっちだ?」
「み、右……橋に抜けて、西区中央広場に行くの」
「川越えね。管轄が異なるから、逃げやすいわ」
二人は、息の合ったコンビだった。悪し様に喚き合うが、底には信頼がある。
「よし……橋を越えれば俺も道はわかる。怪我がなくて良かった。手筈は?」
「広場に留まってるトラックと話を付けてあるわ。前線への補給物資だから、封鎖を素通りできる」
「軍のトラック? 大丈夫なの?」
「治安維持部隊と前線は仲が悪いの。お金を積めば街の外へ出してくれる。西区の人は、闘うより逃げることを選んだのよ」
「なるほどね……」
護られるだけの自分。だがその気まずさも、もうすぐ終わる。橋が見えたのだ。
「ユーリエ、後ろは? 連中は振り切ったのか?」
「追って来てない。少し妙ね……」
ソーリャは後ろを警戒する二人の先を走り、橋のたもとで周囲を見回した。
「二人とも! 兵隊はいないわ!」
手招きをしていた指が、ちかりと光る。二人が後ろを向いている隙に、ソーリャはそっと指輪を口に寄せた。
――目標地点への到達を確認。聞こえているか?――
「ええ……こちらソーリャ。任務完了」
――ご苦労。完璧な仕事だった。では……お前はこれで、この世界から用済みだ――
ハッと妙な気配を感じて、視線を落とした。胸元に這うのは、紅い光。
振り返った男が、目を見開く。
「ソーリャ!」
瞬間、閃光が迸った。灼熱が胸を抜け、視界が回転する。衝撃が、背を打った。
「待ち伏せよ! 彼女を、支柱の影に!」
耳鳴り。目を開けると、星の瞬く夜空。抱き抱えてくる男の顔。流星群のような閃光。力の入らないまま、身体が揺れる。
その時、ひときわ巨大な閃光が爆発した。
女が必死の形相で物影に滑り込むと同時に、金属の悲鳴が響いて地面が傾く。
「連中、橋ごと落とす気だわ! クソッ、とことん嫌われたわね! ……彼女は?」
こちらを覗き込んだ女の顔が、悪いものを見たように歪む。
「ソーリャ……大丈夫だからな。必ず良くなる」
いつの間にか、橋の尖塔の影に横になっていた。
男の手が、頬に触れた。震えていて、冷たい。いや、自分の顔が熱い。
咽ると熱いものが漏れ出た。肺が震えて、掠れた音が鳴る。自分の背から熱が逃げて、指先が冷えて行く。撃たれたのか。だが、痛みはない。
「ウィリ……彼女は、もう……」
「黙れ!」
初めて聞く、男の甲高い叫び。再びの爆音。地面が揺れる。敵はもう、狙って撃っていない。橋が、更に傾いていく。
「行っ……て」
ソーリャは手を伸ばしながら、ゆっくり首を振った。
「駄目だ。俺が連れて行く。君と一緒だ、ずっと……」
「言った……でしょ? あたしは、ただの女……あなたは……『英雄』に、なる人……」
「違う。俺は、ただの俺だよ」
指先を、感じない。揺らめく炎の縁取りの中、全てがぼやけて。
「ごめん、なさい……本当は……あなたは、大きなことを成し遂げる人、って……わかってた、の……」
頬に、温かな感触が落ちた。男の涙だった。
「でももし……あたしだけの、ものに出来……たら……って、思っ……」
糸が切れていくように、感覚が途切れていく。まずい。もう少し。もう少しだけ。
「夢を、叶えて……こんなこと……もう、終わらせ……」
その時、ぷつりと何かが切れた。
男の指をすり抜けて、手が落ちる。それが、最後だった。
「ソーリャ? ソーリャ……! 逝くな! 駄目だ!」
男は、慟哭する。暗い空へ向けて、返すこだまもないままに。