序章
その姫は、よく泣き、よく笑う。
よく言えば、感情豊か。悪く言えば、武家に似合わない姫であった。
「歌は将来嫁ぐことが出来ましょうか。
母は心配でなりません」
姫の母は口癖のように話した。
姫の母は12歳という若さで嫁いだが、この時代珍しいことではない。
名の知れた武家に生まれた姫も、いずれお家のため嫁がねばならなかった。
「心配するな。
姫はまだ2歳ではないか」
「ですが・・・」
姫を抱き上げ頬ずりをする父の傍ら、心配そうな顔をする母。
父の腕の中で笑う姫には未だ、母の心配事は分からなかった。
姫はまだ2歳。五体満足であるし、くりくりとした瞳は母譲りで、将来美人になると家臣をはじめもっぱらの噂であるし、拙いながらも言葉も話す。
ではなぜ母は不安であるのか。
その理由は彼女の3歳年上の姉であった。
姉姫は結婚15年目にして両親待望の初子であった。
姉姫もまた、すっきりとした鼻筋といい、将来が期待されている美姫である。
しかし。
「五郎八は幼子ながら賢く、人見知りもせず、しっかり構えた子であったのに」
母が嘆くは姫の性格であった。
姫が賢くないというわけではない。
しかし。
「女子なのだから少しぐらい泣き虫であった方が可愛いではないか」
そう、姫は泣き虫であった。
父はともかく、姫は初対面の人、特に男を見ると、瞳を潤ませることもあった。
また、転んでは泣き、お気に入りの毬が池に入っては泣き。
気性も弱く、すぐ物怖じしてしまう姫に対し、母の悩みは尽きなかった。
「いざとなれば、家臣に嫁がせてもよい。
さすれば姫~、一生父の側におれるぞ」
母の悩みを一蹴する父は、姫が可愛くて仕方がない。
姫が生まれてすぐ高熱を出し死を3日も彷徨ったことも、溺愛するきっかけの1つかもしれなかった。
そんな姫の名は、歌。
伊達政宗を父とし、正室愛姫を母とする歌姫は、激動の人生を送ることになる。