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第3話

「話を聞いてくれて感謝する。前回のように突然吹き飛ばされては私に打つ手はないからね」


 内心の焦りと動揺を、高飛車で気が強いオーラで覆い隠した私を前に、元婚約者のフリード王太子はいつものような笑みを浮かべて座っていた。

 今、私は与えられた宿の部屋のテーブルを挟んで王太子と座っている。使用人すら下げた二人きりでなので緊張感が凄い。

 いやね、この人私に一方的に婚約破棄を叩きつけた加害者にして私の結界でぶっ飛ばされた被害者という何とも言えない立ち位置の人だし……。


「それで……何から話すべきかな? 私の方から一方的に喋っても良いのだが、まずはフィラー嬢の疑問に答える方が落ち着くかな?」

「え? えぇと……」

「正直、私の話はどれも中々にショックが大きいものだ。以前のことも、最初の一言の前にもう少しクッションを置くべきだったと反省している。あのときは申し訳なかった」


 軽くであるが、王太子は私に頭を下げた。

 ……王族が、しかも未来の王が頭を下げるというのは決して軽い話ではない。そんなことは私以上に熟知しているだろう王太子があえてやったということは……つまり、以前の私に暴力行為は水に流すという意思表示だろうか?

 まずそこを解決しないと話が先に進まないと、私の態度から内心を読んだ?

 うーん……王族は相手の心を読むくらいのことはできるって王太子妃教育でも言われたけど、本当なのかしら?

 なんせ、この人と顔を合わせるのって月に一度のお茶会のときの僅かな間だけだったし、そのときの会話も儀礼的なものだったしで……この人の本来の人格とか能力とかあんまり知らないのよね、私。


「まあ、というわけで、まずは貴女が聞きたい……あるいは話したいことから始めようかと思う。それが終わった後不足しているものがあれば私から説明する。それでいかがだろうか?」

「え? ええ。よろしいんじゃないかしら」


 最初に高圧的に責めて勢いで誤魔化す作戦をやったせいか、使い慣れない高飛車系お嬢様言葉から抜け出すタイミングを見失った。

 おのれ、王太子め……こちらの呼吸を乱す不意打ちの初手、見事なり。


 ……なんて馬鹿なこと考えてないで、何を聞きたいか……か。

 こうなったら、遠慮なく聞かせてもらいましょうか!


「……では、一番重要なところから。……何故、今この国は平和なのでしょか? 私はもう結界を放棄しているのに……」


 私の計算では、術者である私が結界を放棄してしまえば、魔獣の大軍が攻めてくるまで三日もかからないと思っていた。

 それが三ヶ月以上もの期間、何事も無い日常が続いている。そんなわけがないのに。

 そこから考えられる推論としては……新たな聖女の誕生、だろうか? 別に聖女は一人だけなんてルールはないし、他国の中には複数人聖女の力に目覚め、交代で結界を維持しているところもあると聞く。

 ならばこの国でも私の他に第二の聖女が出現し、結界を維持しているという可能性は十分にありえるだろう。それに、その新聖女が家柄も高いお貴族様だったりすればそちらの方が未来の王妃に相応しいという結論に至るのは極自然な話であり、婚約破棄という話にも繋がる――


「うむ。その話をするためには、まず『人工聖女システム』について説明しなければいけないな」

「じ、人工……聖女、システム?」


 他に聖女の役目を担える人が……的な話をされるかと思ったら、謎の単語が出て来た。


「これは私が数年前から発案し、独自の裁量の中で研究していたものだ。難しい原理の説明はここでは省略させてもらうが、簡単に言えば聖女の結界を人工的に発動、維持するものだ」

「え゛……? そ、そんなことが、可能だと?」

「皆そう言ったよ。実際、企画書を陛下……我が父に提出したときも一笑に付された。しかしそれでも、私は未来の王国の……いや人類のためにこの研究は必要不可欠であると信じ、無理矢理にでも続けたのだ」


 そう言いきった王太子の目は、やりきった男の満足感に溢れたものであった。

 ……元婚約者のくせに、何で突然そんな顔を見せるのよ。


「システムの肝は、今まで聖女一人が捻出していた結界エネルギーを複数人……数万人単位で補おうというものでな? そもそも聖女の力とは人間に限らず生命体ならば誰もが持つ生命エネルギーを基盤としており、詰まるところ聖女とは生命力が常人の万倍という規模の人間を指している。だが、逆に言えば万人の人間を集めれば理論上は聖女一人分のエネルギーを補えるということになると私は考えた。いや人間だけじゃない。犬猫にだって生命エネルギーはあるのだから、その総量は計り知れないものがあるはずだとね。しかし単純に生命力を絞り出してしまっては当たり前ながら死んでしまうので、生物が日常的に発している生命エネルギー……つまり息しているだけで無駄に消費されてしまっている分に目を付けた。その余剰エネルギーを効率よく回収できれば誰にも迷惑をかけることなく結界を発動、維持できるだけの力を集められるはずだと」

「は、はあ?」

「その回収装置の開発には数年を要したが、聖女であるフィラー嬢がどのようにして常人の万倍ものエネルギーを賄っているのか。その原理を解析することでシルベスターの法則が応用できることを発見し、聖女力学第三定理の新発見を持って実用段階まで持っていくことが……っと」


 熱く長々と語っていた王太子の熱量に引いていた私に気がついたのか、王太子はそこでコホンと咳をし話を切った。


「いや、申し訳ない。原理の説明は省くといったのに長々と話してしまって」

「い、いえいえ。男の子ですもんね……」


 孤児時代にも、趣味の話となると話が止まらなくなる男の子というのはいた。

 もうそういう習性なのだと諦めて聞き流すのが一番平和だろう。……多分、普通の趣味の話とはレベルが大分違うんだろうけど。


「あー、まあ、とにかく、そのようにして開発した人工聖女システムによって現在も結界は問題なく維持運営ができている。それが今も平和を維持できている理由だ」


 やや顔を赤らめて、王太子は話を纏めた。


 ……要するに、聖女がいなくてもこれからは結界を維持でいるようになったからもういらない。だから婚約破棄して追い出そうってこと?

 でも、それなら出て行った私をわざわざ探す必要ないわよね……?


「……そんな凄い発明をしたのならば、私など不要でしょう? 王太子様は、一体何故私にわざわざ会いに来たのですか?」

「やはり、そう考えてしまうか。そうだと思ったから以前は話の開始地点をここから外したのだが……まあいい。まずはっきり言っておくが、人工聖女システムがあっても既存の聖女が不要になるということはないぞ?」

「何故です? 実際、私がいなくても問題はないと実証されているんでしょう?」

「そこも含めて本来は相談した上で行動に移したかったのだが、そうだな……まず、この人工聖女システムがあればこの先何も心配はいらないという保証はない」

「はい? どこか欠陥があるということですか?」

「いや、理論上は問題はないはずなのだが、実践してみるまではあくまでも机上の空論。いざ起動させてみれば思ったように動かないとか、長時間の稼働でどこか不具合が出るとか、はたまた何らかの外的要因によって破壊されてしまうとか、失敗する可能性はいくらでもある。だからこそ、人工聖女システム一つに頼り切りというのはリスクが高いのだ」

「はあ」


 ……確かに、理論上完璧でも何かしらの予想外は常にあるわね。

 私自身、最長でも一週間の野宿が気がついたら三ヶ月以上経ってたという想定外に襲われたばかりだし。


「だからこそ、初めはフィラー嬢の結界を保険として準備した上で何度か起動実験を行ってから本稼働させる予定だったのだ。……まあ、実際にはいきなりぶっつけ本番の連続稼働を強いることになってしまったが」

「それは……はい」

「そして、正式稼働後も今後故障しないということはないだろう。もちろん今後は量産を計画し、不具合が起きれば即座に第二システムに切り替えると行った保険を準備していくことになるが、やはりいざという時のため聖女の力を完全に放棄するのは難しい。聖女なしでも問題はない……などと豪語するには、最低でも数年単位で実績を積まねばならないだろうね」

「……あの、それなら、何で婚約破棄なんですか? 聖女が不要になったということならわかるんですが」


 聖女がいらないから、孤児の女など不要と追い出す。それならわかる。愚鈍な馬鹿王太子が聖女の価値を見誤ったという、100%相手有責の破談理由として私も納得する。

 でも、そうじゃないのはここまでの会話で理解した。となると……何故?


「うむ。その話なのだが……まず訂正することとして、婚約は破棄ではなく白紙に戻した方がいいのではないかと相談したかったのが最初の一歩なのだが?」

「え? それは、どういう……」

「つまり一方的に契約を放棄するのでは無く、お互いに納得して円満に終わらせたいという相談を以前持ちかけたかったのだ。……返答は問答無用だったが」

「それはごめんなさい。でも……何がどうなると円満なんですか?」


 私としては、今まで散々こき使われた上に過酷な詰め込み教育を無にされるということであり、十分怒って良い案件だ。

 いや、それは今も変らない。むしろ、聖女の力の代用が見つかったからということまで踏まえれば、更に人のことを何だと思っているんだと怒り狂ってもいいのではないかしら?


「そもそもだが、私は『聖女だから』という理由で未来の王妃の椅子に無理矢理座らせることは悪手だと考えている」

「はい? でも――」

「わかっている。私とフィラー嬢の婚約は王家よりの……というより、現国王である陛下の勅命によるもの。有無を言わさずその椅子に縛り付けられた貴女からすれば理解に苦しむ話でしょう」

「……ええ。私は王妃になりたいとも王族になりたいとも言った覚えはありません」

「そうだろうな。それに関しては、我が父が全面的に悪い。父は……陛下は悪しき貴族文化に染まった人で、考え方が古い。有用な人間を自分の手の中に収める方法はと問われれば婚姻関係しか思いつかないくらいの筋金入りで、この婚約も陛下が強権を発動した結果。聖女を手にするためにはこれが一番だと勝手に宣言してしまったのがそもそもの始まりだ。本当に、古い上に融通も利かずさほど知恵も回らん人なのだ……」


 堂々と現国王を罵倒する未来の王を前に、流石の私も冷や汗が流れる。

 え? これ、大丈夫なの? これ聞いても私殺されない?


「おっと、失礼……陰口など、淑女の前でやることではないね」

「いや、その……」

「しかし……現実的な話をすると、そもそもいくら婚姻で縛ったと言ってもな? 生活基盤の全てが家に依存している貴族相手ならともかく、その気になれば我が身一つでどこにでもいける聖女をどうやって婚姻で縛るのだ? 愛情を利用すると言う話ならばまだわかるが、貴女もご理解とおり私との間に愛など欠片もないだろう?」

「……そんなことを堂々と言われましても」


 一応は婚約者だった人を前に、愛がないとは言ってくれる。

 やはり、私は不当に蔑ろにされていたのだろうか――


「隠さなくてもいい。貴女が私に好意を持っていないことはわかっている。大方、王宮育ちのお坊ちゃまとは価値観も何もかも合わない……というところではないかな?」

「……………………ソンナコトハナイデスヨ?」


 ……ひ、否定できない。というか、私の内心ズバリだった。


「人の顔色と思考を読むのが仕事みたいなものだからね。貴女のようにわかりやすい人なら一目見ればわかるとも。私と顔を突き合わせても疲労とストレスが増えるばかりで全くプラスの感情が芽生えなかったから、陛下に文句を言われない最低限度まで接触を減らしたくらいなのだから」

「あー……月一度だけのお茶会って、こっちのことを考えてのこと……だったんですか?」

「聖女システムを始め、通常の公務もあって忙しかったというのは事実だからね」

「でも、それならそう言ってくれれば……」

「いや、『キミは私のことが嫌いみたいだから合う回数を減らそう』なんて言われて、イエスと言える?」

「……言えるわけありませんね」


 内心を完全に読み解かれた上だと、何を言っても意味がない。

 ……そうですよ。生憎、私は王子様が相手だから恋心を抱くほど安い女じゃないですよ!


 でも、このまま負けを認めるのは悔しい。何とかして、この完璧超人の澄まし面に罅を入れてやりたい……!


「……でも、婚約者ならそこは私の心を変えてやる、くらいのことを思うべき何じゃないですか?」


 だから、私は反撃に出る。

 そう――どんな理由があろうが、婚約者を蔑ろにするのは褒められることではないという路線で。

聖女を蔑ろにして国が滅びる系王族の疑問①

一人いなくなるだけで崩壊するような超脆弱システムはできるできないは別にして早急に改善する努力をするべきでは?

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