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第2話

(……今日は何もないみたいね)


 森生活一日目。国に魔獣が押し寄せるようなことはなかった。

 とりあえずの(ねぐら)として近くに水場があるそこそこ開けた場所に結界を張った。

 結界以外は野ざらしも同然だけど、これで安全だけは確保できた。水もあるし食料は……その辺のキノコで済まそう。孤児時代にその辺のキノコやら雑草やらは一通り身体で試しているし、万が一毒があっても聖女パワーで何とかなるからその辺は気楽なものね。


(……意外と結界丈夫だったかしら?)


 野宿生活三日目。相変わらず街は平和の様子。戦いの音も匂いもない。

 最低限の家でも作ろうかと思って落ちている枝やら何やらで家を作ろうとするも失敗。残骸が積み上がるだけで何もできず、泥だらけになるだけで終わった。

 身体も冷たい水で拭くしかできないから何となく辛い。昔は何でもなかったのに……王宮でちょっとばかり贅沢になれてしまったかしら?


(……世界って私が思うよりも平和だった?)


 野生生活七日目。とっくに結界なんて消えているはずなのに、何故か世界は平和の様子。

 家は諦めたけど、服が大分ボロボロになってきた。昔は初めからボロ布を何とか服っぽくしていただけだったから気にならなかったけど、今着ているのは聖女にして王太子妃に与えられる上物の衣服。流石に逃げ出すのにドレスは都合が悪いと一番身軽な奴を選んで持ってきたけど、それもすっかりボロ布の仲間入りをしてしまっている。

 正直、ちょっと罪悪感。


(……世界って幸せにできてるのね。ウフフフフフ……)


 原始人生活三十日目。今日も世界は私以外平和みたいです。

 人間の食事が恋しい。まともな衣服が恋しい。暖かいお風呂が恋しい。

 たった一月野生生活を送っただけで、こんなに憔悴するなんて思わなかった。王宮の贅沢な暮らしは私をどこまで堕落させたのか。

 魔獣も他国の兵隊も現われることなく、人々は平穏な暮らしを満喫しているのに何で私は一人文明を捨てた暮らしをしているのかと何故か最近涙が止まらない。

 一人で文明を求めても、たった一人のマンパワーでは最低限生きる糧を得るだけで一日が終わってしまうし。


(……今日も平和。お猿も平和)


 動物生活60日目。相変わらず何にも起らない。

 最近、私の結界に惹かれたのか野生の獣が周囲に集まってきた。

 いくら聖女でも野生の獣と意思疎通できるような能力はないし、ぶっちゃけ危険なので結界で全員立ち入り禁止にしてる。

 ただ、連中がいるせいで周辺の食料が減るのは困る。ならば貴様らを食ってやると言いたいところだけど……集まってきてるの、ウキーとかウホーとか叫ぶ類人猿ばっかりで食用肉にはならないのよね。

 そんなわけで、最近の私はウキウキウホウホという鳴き声に囲まれながら、細々とキノコ狩りに精を出しています。


(……………………ウホ)


 野生動物生活百日目? 世界はウキーでウホーでウギャー!

 ウホ! ウホッホ! ウキーでキノコオイシイ。


………………………………

…………………………

……………………

………………

…………


「おい! こっちだ! こっちに聖なる結界があるぞ!」

「間違いない! 聖女様だ! ついに発見したと報告を!」

「しかし妙に猿やらゴリラやらが多いな……ほれ、バナナやるからあっち行ってろ」


 ウキ? ニンゲン? バナナ?

 ……はっ!?


(あれ? 私いままで何してたんだっけ?)


 久々に人間の言葉を聞いた私の頭に、突如理性が還ってきた。

 ここ数日……いや、数週間? とにかく記憶がない。何か危ないキノコとか食べてしまっただろうか?

 でも聖女の力で毒なんて効かないはずなのに……。


(って、それどころじゃない! 今の話しぶりからすると私を連れ戻しに来たお城の兵士よね? ついに世界は破滅に向かったのね!)


 人のままでは耐えがたい生活の反動か、いつの間にか破滅を望む魔王みたいな思考になっているなと残された理性の部分でツッコミを入れつつも、ようやく私の必要性を城の人間も理解したのだろう。

 何だかそれが無性に嬉しくて、私の頬を涙の濁流がぬらしていった。


「聖女さ……ま?」

「えーと……」

「……おい。聖女様にお召し物を。大至急。後風呂の用意も」


 結界越しに私を発見した兵士達は、何故か引きつった顔でこちらを見ていた。

 何か変だっただろうか? ちょっと全身泥だらけでかつて服だった残骸が身体にへばりついているだけなのに……?


「我々は何も見ていません」


 私を連れ戻しに来たはずが、何故が一斉に背を向けて直立する兵士達。

 私、見ることもできないくらいに嫌われてるの?


「その……聖女様。背を向けたままで失礼しますが、結界を解いていただけないでしょうか? お迎えに上がりました」

「……断るわ。私は戻る気はないから」

「これは王太子殿下からの勅命なのです。今後どうするかは別にしましても、一度戻ってはいただけませんか?」

「二度は言わないわ」

「……やむを得ません」


 兵士達は困ったような態度を取りつつも、絶対にこちらを見ようとはしない。なんと言えばいいのかわからない空気のまま、それでも結界だけは維持し続ける。

 多分きっと恐らく、聖女である私がいなければ国の滅びである以上彼らは私を攫いに来たも同然なのだ。何故か三ヶ月以上聖女なしでも平穏が保たれていたりしてるけど、きっとそのはずなのだ。

 だから、私は自分の身を守り続ける――


「準備完了しました!」

「聖女様のお召し物も揃えてあります!」

「街の宿にも連絡済みです!」

「よし! 聖力兵器を起動せよ!」


 とか何とか思っていたら、兵士の人達が敬礼する豪華な装備を身につけた戦士が何人か現われた。

 恐らくは騎士。それも、地位や権力ではなく純粋な実力のみを基準に選ばれた王族特務部隊……。

 この国で間違いなく最精鋭の戦士達は、見慣れない光る剣を手にすると私の結界に向けて構えた。


 え? まさか、私の結界を剣で斬るつもり? いやいや、いくら精鋭でもそれは無茶無理無謀よ。

 それができないから、何があっても絶対に破れないから聖女の結界には価値があるのだから――


「――ハッ!」

「え」


 騎士が光る剣を振るうと、私の結界は激しい抵抗を見せながらも……切り裂かれた。

 信じがたいことに、聖女の結界を人間が剣一本で破ったのだ。そんなことされると、本当に立場ないんですけど……。


「よし! 保護するのだ! とりあえず、最低限身体を隠せる衣服を!」

「それと大至急風呂だ。ここでお召し頂くものは破棄することになるぞ!」


 結界がないのならば、私個人の力は極普通の成人女性相当だ。ここ数ヶ月の野生生活で少々逞しくはなったが、多勢に無勢の屈強な兵士に抗えるわけもない。

 もう一度結界を――とも思ったが、あれは結構疲れるし発動に時間が必要なもの。王子を吹っ飛ばしたときみたいにこっそり準備できるのならばともかく、結界を破られた直後というのは無理。

 抵抗虚しく、私は囚われの身となる他ないのであった……。


「馬車を用意してあります。足下にお気を付けて」

「くれぐれも失礼のないように!」


 ……物々しく捕えに来たわりには妙に紳士的なのが気になるけど、まあ聖女の機嫌を損ねたくないからだよね?

 結界が力で負けたせいで、その辺の自信がグラつきまくってるんだけど……。



「……私何やってたんだろ?」


 兵士達に馬車で輸送させ、毎日観察していた街まで連れて行かれた後、暖かいお風呂と美味しい人間の食事を振る舞われた私は徐々に理性が戻ってきて、今は羞恥心からくる後悔と絶望に沈んでいた。


(いやほぼマッパあんな大勢に見られたんだけど。そりゃ皆目を背けるよね! 年頃の異性が泥まみれのままマッパで仁王立ちしてたら誰だって目のやり場に困るよね!)


 もし彼らが野蛮な盗賊の類いだったらまた話は違うだろうが、残念と言うべきか有り難いというべきか、彼らは全員国がその身分と能力、人格を認めた紳士である。

 荒事を専門にする関係上それなりに荒々しいところもあるが、基本的に女性に対して乱雑な振る舞いなどしないよう徹底的に躾けられて育ったエリート達なのだ。ある意味私とは対極にあると言ってもいい存在である。

 そんな彼らがあんな光景見せられれば……もう無言で背を向けるしかないわよね!


「……死にたい」


 私の人生史上、ここまで落ち込んだことはない。いや本当に、どこまで正気を失っていたんだって話。

 孤児時代だったら別に裸見られたくらいなら何とも思わなかっただろうけど……王宮で人並みの感性と教養を与えられてしまった今の私にはそれなりに羞恥心ってものがあるし、仮に孤児時代でも流石に素っ裸で猿と同化している光景を見られたら人として最低限の何か大切な物を失ったと思う。

 はぁ……と自己嫌悪に沈み、気がつけば日も落ちる。兵士の人達もそんな私の心境を理解している……理解されてしまっているのか、部屋に引きこもっていても何も言わない。

 ただ、お世話係として紹介された侍女の人達から温かい目でお世話されてふて寝する日々が延々と流れていった。

 ……お風呂気持ちいいです。御飯美味しいです。


 と、更なる堕落に身を任せていたら、ある日控えめなノックと共に部屋の外から声がかけられた。


「……フィラー嬢。フリードだが、入ってもいいだろうか?」

「え!?」


 ベッドの上で五体投地という脱力の極みに至っていた私にかけられた声は、今はもう懐かしさすら感じる元婚約者の声。

 その声を聞くと同時に蘇るのは、その場の怒りでぶっ飛ばして家出ならぬ城出してきた最後の記憶。


 私、王族ぶっ飛ばして逃げてきた。不敬罪? 斬首刑?


(わ、忘れてたー!)


 嫌な思い出には蓋をしていたというか、それ以上にショッキングな出来事のせいで忘れていたというべきか、私はこの国の後継者を聖女パワーでぶっ飛ばして……つまるところ暴力を振るっていた事実をここで思い出した。

 何だかんだいって三ヶ月以上野生暮らししていたのと、ここ数日の落ち込み期間のおかげもあって、今の私は割と冷静だ。いや平常な精神状態とは言えないかもしれないけど、とりあえず問答無用でぶっ飛ばしたときほど怒りに燃えてはいない。

 だからなのか、今の自分の立場が非常に不味いことをここにきて思い出してしまった。

 流石に聖女を殺すようなことはしないと思うけど、それでもお咎めなしってことはないだろう。本来ならば、王太子の部下に囲まれて暢気に宿暮らしなんてしている立場ではなかっかのだ。


「……? 寝ているのだろうか?」


 ドア一枚隔てた部屋の外では、王太子が困惑した声を漏らしていた。

 何の返事もしないことに訝しみ、睡眠中なのかと思っているらしい。


(どうする? 狸寝入り? それとも窓から脱出……?)


 逃げようと思えば逃げられ……るかは怪しい。ついさっきまで別件のショックで何も考えてなかったけど、よく考えたら私は逃亡聖女。お世話をしてくれていた侍女達も警備をしている兵士達も、私を守ることより私を逃がさないことを念頭に置いて仕事をしているはず。

 となれば、確実に窓から飛び出すくらいのことには何かしらの対策をしていることだろう。それでも聖女の力を持った私ならば……なんて過信は、正気を失っていたとはいえ自慢の結界を叩っ切られた時点で崩壊している。

 下手に逃げれば罪が増すだけ。かといって、寝たふりしても問題の先延ばしにしかならない。となれば、私がすべきなのは――


「……どうぞ」

「む、失礼する」

「……お久しぶりです、王太子様。それで、捨てた女に今更何の用でしょうか?」


 ――私は悪くないと、全力で開き直る。これしかない!

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