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第1話

ひねくれ者が「もう遅い!」系に手を出してみました。

全五話で完結予定の中編になります。

恋愛ジャンルではありませんので予めご了承ください。

「はぁ……」


 私、フィラー・リムルルートは疲れていた。

 日々の仕事と、王太子妃教育の波状攻撃による疲労困憊状態なのだ。

 なにせ、私の肩書きは国を守る大結界の術者たる聖女にして王太子フリード様の婚約者……といういろいろ過剰なものだから。


 聖女である私が張る結界がなくなれば、この国は魔獣の群れにあっという間に滅ぼされてしまうことだろう。

 この世界は人間の国から一歩外に出れば並みの兵士では歯が立たない魔獣がうろうろしており、聖女の結界なしでは生活が成り立たない危険極まりない状態だから。

 それだけでも正直責任重大すぎて頭が痛いのに、聖女の私を国に留めておくためと、現陛下による王命で私の意思を無視して無理矢理自分の息子――王太子様と婚約させてしまったのだから二重に大変。

 聖女といっても身分的には庶民以下の孤児……リムルルート孤児院の捨て子であった私に王の命令に逆らうことなどできるはずもなく、聖女の力に目覚めるまでは今まで何の縁もなかった貴族式の教育を叩き込まれ、身体も心も疲れ切っているのである。


 せめて、お妃様教育が終わるまでは聖女業務を休業したいんだけど……残念ながら、今この国に聖女は私一人しかいないのでそういうわけにもいかない。

 私が聖女の力に目覚めてから少しの間は先代聖女様が結界を張っていたのだが、二年ほどまでに老衰で亡くなられてしまい、今は私一人でこの国を支えているような状態なのである。


(せめて誰かにいたわって欲しいところなんだけど……城の人達は『下賤な産まれの孤児が王宮に出入りするなど』とか思っているのが見ればわかる態度だし、婚約者様は仕事が忙しいとか何とかで中々会う機会もないし……)


 こんな過酷な激務を熟している私は、残念ながら王宮という異世界では歓迎されない身の上である。

 いくら聖女だ、王太子の婚約者だと肩書きを盛ったところで、所詮孤児は孤児。生まれ持った血の格以外何の取り柄もないお貴族様からすれば私の存在は異分子でしかなく、しかし陛下が自ら招待した聖女を公然と排除するわけにもいかないと、悪意と蔑みしか感じられない嫌悪の目に晒されるのが日常になってしまっていた。

 しかも、私の身の回りの世話をするため、という名目で用意されたメイド達まで似たような状態なのである。

 何でも、王宮のメイドともなればその辺の使用人とは格が違う存在であり、一人の例外もなく貴族のお嬢様なのだという。彼女達は『王宮でも通用するマナーの持ち主という箔付け』兼『王宮とのコネ作り』兼『王宮勤めのエリート婚約者捜し』を目的に働いているのであって、私のような産まれの卑しい女に仕えるとか嫌で仕方が無いと全身でアピールしてくる感じなのである。

 それでも流石は王宮勤めを許された淑女というべきか、仕事に一切手抜きはないので生活に不自由してはいないのだが……そもそも元が庶民である私としてはお世話係とかいらないので気苦労が増えるだけである。

 薪集めも水くみもしなくてもお風呂に入れるというのは、ちょっと嬉しいけど。


(それでも、顔も見せない王子様よりはマシかもしれないけどね)


 私の身の回りの人を思い返した後に出て来た顔が、私の婚約者ということになっている男だった。

 流石は未来の王として育てられたというだけのことはあり、生来の美貌と内から溢れ出る自信のオーラは目がチカチカする気がしてくるくらいに凄まじい。

 もし婚約者ではなく、一庶民として下から見上げる立場だったら私もキャーキャー騒いでいたかもしれない。


 が、実際に身内となりますと言われてしまうとその評価もあっさり逆転だった。

 まず、顔はともかく性格が私と合わない。そりゃそうだって話なんだけど、生粋の王族である王太子フリード様の価値観は全く違う。

 詰め込み王太子妃教育によって多少はその思考を教えられていると言っても、基本的にフリード様が何を考えているのか私にはほとんどわからない。そして、私に王子様の心がわからないように、王子様からしても貧民孤児の心なんてわからないのだろう。

 多忙を理由に月に一度のお茶会でしか顔を合わせないところから始め、多分あの王子様は私のことが嫌いなんだと思う。だから、婚約者様の存在は私の心の支えにはなっていないのだ。

 いやまあ、支えてくれようとしても、常識も価値観も異なる相手の慰めの言葉とか多分負担にしかならないからどうでもいいと言えばどうでもいいんだけど。


 ……もっとも、同じ価値観の相手だからって気が休まるかといえばそうでもないけど。

 元いた孤児院は孤児院で、孤児なんて国からの援助金を着服するための言い訳程度にしか思っていない人ばかりでいい思い出ないし。同じ孤児はお互いに自分が生きることだけしか考えていないから、場合によっては殺し合いも辞さないような関係だったし。


 そんなことを思いながらも、『これは必要最低限です』と言われて無理矢理覚えさせられる王太子妃教育を、国一つを覆う結界を維持しながら続ける生活は続いた。

 誰からも感謝されないのに、何なら『結界とかただの大法螺じゃないの?』みたいな目で見られて心をすり減らしながらも、私は全く望まない王宮での煌びやかな生活を続けていた。

 先代聖女様を含め、代々の聖女様が結界を維持し続けて早数百年。その間に『聖女がいない世界』がどれほど危険で怖い物なのかを忘れてしまった貴族と国民達の『卑しい娘が口八丁で王族の婚約者に居座っている』なんて陰口に耐えながらも、私は頑張っていたのだ。






 ――ある日、婚約者であるフリード様の名前で王宮の一室に呼び出されるその日までは。


「フィラー嬢。キミとの婚約の件について相談したいのだろうが、如何だろうか?」

「……相談?」

「うむ。なんと言えばいいのか……落ち着いて聞いて欲しいのだが、結論から言うと……婚約関係を白紙にしないかという相談だ」


 月一のお茶会以外でフリード様が私に会いたいなんて言うとはどんな風の吹き回しかと思ったら、開口一番がそれだった。

 その言葉を聞いたときの私の心境がわかるだろうか? 今まで散々苦しめてきた諸悪の根源――王家が私の苦労を真っ向から否定してきたのだ。

 今の私の胸に宿っている感情は、怒りだけだ。好きな相手に裏切られた怒り――とかそんなのではない。そもそも好きでも何でもない相手にそんな感情を抱くわけもないのだから、これは本当に、純粋に今までのストレスが一気に吹きあがらんばかりに熱を持ったのだ。


「……それは、フリード様が私を嫌っているからでしょうか? 他に好きな女性でもできたんですか?」


 苛立ちのまま、私は王族に向けるには失格としか言いようがない憎悪を込めた目と言葉でフリード様を貫こうとした。

 もしこんな姿を王太子妃教育を担当する先生方に見られれば、眉も顔も顰めて顰めて大忙しになることだろう。

 それでも、言わずにはいられなかったのだ。


「それは誤解だフィラー嬢。繰り返すが落ち着いて私の話を――」

「もう結構です! 最低限の、誠意もないんですね……!」


 聖女の私がいなくなれば国は滅ぶ。結界の外の恐怖を忘れてしまった者達はそのことも忘れているが、流石に王家は忘れていない。だから私をわざわざ次期王であるフリード様の婚約者に据えたのだ。

 それなのに、突然婚約の撤回? 何故そんなことをするのかと考えれば……私が邪魔になったから以外に考えられない。

 聖女は必要でも、私はいらない。きっと、そういうことだ。

 私から見れば王家が聖女の力目当てに無理矢理婚約者にされてしまった形であるが、きっとフリード様から見ても父親である国王陛下に無理矢理私を婚約者ということにされてしまったとしか思っていないんだろう。

 そんな中で、もし彼に相応しい女性と出会ったとなれば……私の存在は邪魔にしかなり得ない。どんなに相思相愛の相手が居ても、私がいる限り表だって一緒にいることはできないのだ。

 私との婚約はなかったことにして、他の女性を正妃に迎える。そして私はそれこそ王宮の貴族達が言うように口八丁で丸め込んで飼い殺しにするのがフリード様にとって最も利益の多い形だから。


 だったら、そう言って欲しかった。

 私は別にフリード様のことなんて好きでも何でもない赤の他人なんだから、素直の他に好きな女ができたんだって正直に言って欲しかった。こんなときまで王子様らしい表情を崩さない、外向けの作り物のような表情で淡々と話すのではなく、王族の相談という事実上の命令で誤魔化すのではなく、仮だろうが無理矢理だろうが婚約者だった私に人としての誠意を見せて欲しかった。


「……出て行きます」

「え?」

「もうフリー……王太子様の婚約者ではないと言うのならば、私がここにいる必要なんてないでしょう? だから、出て行きます」

「待つのだ。一度落ち着いて私の話を――」


 私が出て行こうと立ち上がると、流石に慌てた様子の王太子様。そうよね、私に出ていかれたら困るものね。

 でももう知らない。私に負担ばかりかけて顧みない国なんて、もう知ったことじゃない!


「ま――クッ!?」


 私は国を覆う結界を解除し、その有り余るエネルギーをこの部屋限定で解放した。

 聖女がその力をこうして武力として使えば、人間に抵抗する余地など無い。結界に押され壁際で潰れそうになっている王太子様を尻目に私は一人部屋から――城から出て行くのだ。


「さようなら。もう二度と会うことも無いでしょう」


 それだけ言って、私は王宮から姿を消したのだった。


 結界をなくしたこの国の滅びまで、後幾日残っているだろうか?

 私は……どうしようか? 今まで私を顧みなかった国にもはや未練はない。頂点の王宮はもちろん、最底辺の孤児院まで私からすれば敵の巣でしか無いのだ。

 何が起ころうと知ったことではないと遠くへ旅立ちたいけど……それもなんか味気ない気もする。どうなっても知ったことではない、というのは正直嘘だ。できれば何が起きるかしっかり知った上で旅立ちたい。

 その結果に私が愉悦を覚えるのか後悔を覚えるのかはわからないけど、ただ見て見ぬ振り――というのは何か違う気がする。

 どんな結果になっても、それを見届けるのが聖女だった私の責任だ――


 ――と、思って私は国の外れにある人の手が入っていない森に住み着いた。

 ここからなら国に何かあればすぐにわかるし、野生動物だろうが魔獣だろうが私なら問題ない。

 お風呂や食事の用意は王宮のように勝手に用意されることはないけど……元々そんな生活だったんだから大した問題じゃない。

 これからはここで国の未来を最後まで見届けましょう。……せっかくだし、後世に伝えるという意味も込めて日記でも付けてみようかしら?

 王宮から持ち出した荷物の中に、丁度ペンと紙もあったことだしね……。

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