2.虹色の竜
アルスが一番興味を持っているのは、虹色竜でした。
普通の竜の鱗や翼は、多少の違いはあっても、ほぼ青に近い色をしています。ところが、まれに七色の竜が生まれることがあるのです。
ひとつひとつの鱗が、赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫の七色に輝いているといいます。そうして、大きな翼を広げたときの赤から紫までのグラデーションの色合いは、空にかかる虹を思わせ、虹色竜の名にふさわしい美しさ、とのこと。
アルスたちの住む島付近では、この二百年ほどの間に一度だけそんな竜が生まれたことがあるそうです。
その虹色の竜は、人間の言葉を理解できるだけでなく、話すこともできるのです。
成長した虹色竜は、南で一番大きな島にある〈竜郵便中央局〉に行くことになっています。
そこは〈竜郵便〉の仕事をしている、すべての竜が集まってくるところです。虹色竜は、その竜たちのそばに寄りそい、気持ちを聞いてあげるのです。
竜たちの体の調子、たとえばお腹が空いていないかどうか、疲れていないかどうかなど。あるいは心の調子、何か心配なことがないかどうか、特に感じていることがないかどうかなど。
そうした他の竜が言葉にできないことを、虹色竜は人間たちに話して教えてくれるのです。
海上を見まわって、海と空の様子や仲間たちのことを報告してくれることもあります。
そのおかげで、竜と人間はますます理解しあい、よい関係を築いてきました。
ただ、虹色の竜はここ数十年どこにも生まれていなくて、そういう役目の竜は今二匹しかいません。
自分の世話した卵から虹色竜が生まれて、飼い主として〈竜郵便中央局〉に行くことをアルスは夢見ていました。
それからもうひとつ。
竜たちは生まれて数年は小さいのですが、脱皮をくり返して大きくなっていきます。そのたびに取れる鱗は、加工できるのでお金になります。特に虹色竜の鱗はきれいな七色に輝くので、高く売れます。
アルスはお金持ちになって、遠い北方の島々まで旅することにも憧れているのでした。
「こんな小さな島に住んでいては、なかなか虹色竜は見つからないと思うよ。それに、ここから北の島まで行くのは遠すぎるよ」
周りの人たちは、アルスにいろいろ言い聞かせながらも、ほほえましく思っています。
「もうすぐ七歳になるというのに、まだ大きな夢を見られるなんて。アルスはかわいいものだな」
島民の多くは、近隣のいくつかの島しか行くことはありません。なかには、生まれた島から出ることのない人もいます。
しかし、アルスはいつも遠くの世界や虹色竜との出会いの夢を抱いているのです。
本物は見たことがないけれど、虹色竜の絵なら見たことがあります。
そこに描かれた七色の竜は、島の上空を大きな翼を広げてゆうゆうと舞っていました。その美しく雄大な姿にどきどきしました。
それ以来、アルスの心にはずっと空を翔ける竜の姿が残っています。七色に輝く竜の背に乗って、空を飛んだり海を渡ったりする自分がありありと思い描けるのです。
周りから何を聞いても、いつか虹色の竜に会えるのではないかと、信じているのでした。
ある朝、アルスがいつものように赤い屋根の小屋に入ると、ひとつの卵に米粒くらいの黒いしみのようなものがついているのを見つけました。
泥でもついたのかなと、アルスはふきんを取りに行ってから、その卵の前に戻りました。
すると、黒いところが一瞬きらっと光ります。驚いたアルスがこげ茶色の瞳をぱちくりさせると、光も同じようにぱちくりとするのです。
「くぅ」
かすかに赤ちゃん竜の鳴き声がしました。
やっと、黒く光るものが何か分かりました。それは、卵のなかからのぞいている竜の瞳でした。
「卵に穴が空いたんだ。そこから眺めているんだね。外はどうかい?」
アルスは思わずその卵に話しかけました。
「まぶしい」
「えっ?」
小さな声だったので、空耳かとアルスは疑います。
すると、また同じような幼い声がしました。
「明るいよ」
驚きのあまり、アルスは手にしていたふきんを落としてしまいました。
「ねぇ、しゃべってるよね!」
思わず大きな声を出すと、卵のなかから声が返ってきました。
「しゃべってるよ。きみは誰?」
アルスの胸は高鳴ります。
「ぼくはアルス。きみは虹色竜だね? 話ができるもん、そうだよね。すごいなあ」
アルスは、はしゃぎだしたいほど嬉しくてたまりません。
しゃべるのです。しゃべるとすれば、竜のなかでもひと種類しかいません。
とうとう虹色竜の卵と出会えたのです。
アルスは、卵の小屋を出てさとうきび畑を抜け、青い屋根の小屋まで駆けていきました。そこは幼竜のすむ小屋で、カイが入り口で藁を集めていました。
「お兄ちゃん、虹色竜だよ!」
よく通る声でアルスは知らせます。
「どこに?」
お兄さんのカイは空を見上げます。虹色の竜が、この島を訪れたのかと思ったようです。
アルスは息を整えます。
「違うってば。ぼくがお世話している卵のなかにいるんだよ」
「えっ、本当に?」
カイはまだ信じられない様子です。
アルスはカイを連れて、卵のところへ走って戻りました。
卵には、黒い穴がそのままあります。
のぞこうとすると、小さな黒い目がこちらを見つめました。
「赤ちゃん竜がのぞいているんだ」
面白がって、カイも声をかけます。
「こんにちは。外はよく見えるのかい?」
小さな声が届きました。
「こんにちは。また誰か来たの?」
「うわ、しゃべった。本当に虹色竜だ。本物だ」
カイもびっくりして目を丸くします。
「ねっ、嘘じゃないでしょ。ぼく、やっと虹色竜の卵を見つけたんだよ」
アルスが自慢げに話します。
「よかったなあ、アルス」
カイはアルスの頭をなでて一緒に喜んでくれました。お兄さんはアルスより六つ年上で、ずっと背が高いのです。
「ぼくはカイ。アルスの兄ちゃんだよ。よろしくな」
「よろしく」
卵のなかの声が答えます。
「ねぇねぇ、きみはいつ出てくるの? もう殻を破れるくらいだよね?」
アルスが聞いてみますが、卵の竜は「うーん」とはっきり返事をしません。
「今日じゃなさそうだね。もう何日か、かかるのかも」
カイも小さなころから卵のお世話をしていたので、よく知っています。
「それなら、たくさん話しながら待つよ」
アルスの言葉に、カイはうなずきました。
「出てくるの楽しみだね。きっとすてきな虹の色をしているんだろうな」
「ぼくも早く見たいなあ。七色に光りながら空を飛ぶって聞いてるんだ」
憧れるように想像してから、アルスは卵を見つめます。そこに空いた小さな穴から、小さな瞳がぱちぱちとまばたきをくり返していました。
アルスの両親も「こんにちは」という声に、卵のなかからきちんとあいさつが返ってきたことに驚きました。
「虹色竜の卵を見つけたなんて、すごいぞ」
「よかったね、アルス」
お父さんもお母さんも大喜びでした。
アルスもとても誇らしく、晴れやかな気分です。それで、自分で思いついたことを尋ねてみることにしました。
「ぼく、もっと話しかけたい。この卵だけぼくの部屋に持っていってもいい? だって、ぼくが最初に話ができたんだから、ずっとぼくと一緒だよね?」
虹色竜は一番に話ができた人が飼い主として認められる、とアルスは以前から聞いていました。
大きくなった竜を飼うのは、食べ物や場所などたくさんの費用がかかります。だから、大人の竜は〈竜郵便局〉などの公のところで、みんなで飼っています。
でも、虹色竜なら鱗がお金になるので、ひとりの人が飼い主になることができるのです。