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 私が机の上に裁ちばさみを置くと、窓の外からキンキンと高い声が響いた。


「見ましたよね、今の見ましたよね!」


 ミモザちゃんは柱の陰から飛び出すと、勢いのままに教室へと乗り込んできた。そこ、窓なんだけど。


「確かに見ました。ミリアリア嬢、いったい何をしているのです?」


 ミモザちゃんに続いて姿を現したのは、公爵令息のリゲル。険しい顔でこちらを睨んでいたが、ミモザちゃんが窓を乗り越えて教室に入るのを見て、若干怯んだ。自分も窓を通るべきか暫し悩み、迂回することを選んだらしく、視界から消える。しばらくしてドアから教室に入ってきたが、息が上がっていた。


「確かに見ました。ミリアリア嬢、いったい何をしているのです?」


 そこからやり直すのか。この人も、何というか、ちょっと残念な人だ。


 リゲルは記憶力が良く成績も良いのだが、応用が極端に苦手なタイプだ。日常生活でも同様で、想定外のことや自分の常識から外れた出来事があると一旦フリーズし、再起動に時間が掛かる。貴族社会なんて足の引っ張りあいだ、機転を利かせ、臨機応変な対応が出来なくては渡っていけない。その一点だけでも公爵家を継ぐのは無理だと言われている、可哀想な人だ。


 今の場面も、私を糾弾したいなら、ミモザちゃんと一緒に窓から乗り込んでこなくては駄目だ。目を離したスキに証拠隠滅だって出来るのに。私は特に恥じることもないから、何も隠さないけどね。


「あら、私はお裁縫をしているだけですわ」


 右手で針と糸を取り、左手の布地に刺繍を施してゆく。

 チクチクチクチク。


「誤魔化したってダメです!それアタシの制服でしょ?今ハサミで切るとこ見ましたよね、リゲル様!」

「ええ。嫌がらせの現行犯です。おとなしく観念したらどうです、ミリアリア嬢」


 リゲルが私が持っていた布地を取り上げる。ミモザちゃんの言う通り、それはミモザちゃんの制服ではあるけれど。

 証拠を突き付けようと制服を広げたリゲルだが、何処にも穴は開いておらず、切り裂かれてもいない。何度もミモザちゃんの制服をひっくり返し、ハサミの切り跡を探すリゲルだが、何もみつからず焦っている。そろそろフリーズしそうだ。


「あ、あれ?確かにハサミで切るところを見たのに‥‥‥」

「切れませんわよ」


 私はミモザちゃんの制服の端に裁ちばさみを当て、ジャキンと力一杯切りつけた。しかし刃は通らず、傷一つつかない。

 ミモザちゃんがハッとして叫んだ。


「コイツもかあぁぁぁーーー!」


 リゲルの前で地が出ちゃってるよ、ミモザちゃん。リゲルがフリーズしたのはたぶん私のせいではない。


「ええそうです。制服にもその運動着と同じ付与を付けたのです。先程はきちんと付与が入ったか確認のために、刃を当てていただけですわ」

「勝手に人の制服改造しないで!」

「あら、大丈夫ですわ。制服はピンクにならないよう、付与素材を変えましたから」

「そういう問題じゃない!」

「そ、そうです。人の物を勝手に持ち出しているのが問題なのです」


 リゲルが復活した。


「きちんと許可を取っていますわよ」


 私は1枚の用紙を取り出して、2人の前でヒラヒラ振ってみせた。用紙には、ミモザちゃんの成績を上げるためのカリキュラムに私が協力する旨、その為にあらゆる手段を取ることを承諾する旨を、学園長の名入りで記してある。教本の時の反省を活かし、ミモザちゃんの署名捺印もバッチリ入っているのだが、ミモザちゃんは署名捺印したのも忘れたのだろうか。

 せっかく復活したリゲルが敢え無く撃沈した。


 私はミモザちゃんの制服を取り返すと、途中になっていた刺繍を再開する。

 チクチクチクチク。


「だいたい見てお分かりになりませんの?ここにある刺繍は魔法防御付与の術式、こちらは物理防御、リゲル様の学年なら授業で習っていらっしゃるはずですが」


 攻略対象の4人は学園の最終学年、これらの術式は第二学年で習うものだから、とっくに習得済みのはずだ。私と同じ第二学年のミモザちゃんも最近習ったはずなのだが、私とミモザちゃんはクラスが違うから、授業の進み具合が違うとまだかもしれない。


「ちなみに今刺繍しているのは防汚の術式です。これでもう、リゲル様がミモザ嬢の制服を汚すようなことはありませんわね」

「な、ななな何を言って‥‥‥あれは違うのです、ワタシは、そんな‥‥‥」


 おや、ずいぶん慌ててらっしゃるけど、ミモザちゃんの制服を汚したことがあるの? 私としては軽ーく釘を刺しておこうか、ぐらいのつもりだったのに。


 一気に冷えた私の視線から逃れるように、リゲルはアワアワ言いながら後退り、更に鋭さを増した私の視線に耐えられなくなり、身を翻して逃げ出した。

 私は溜息を一つ落とし、ミモザちゃんを諌めた。


「ご自分を大切になさった方がよろしいですわ」

「最後まではしてません!」


 途中まではしちゃったのか。王子が本命だとは言ってたけど、ハーレムルート狙いなのかなぁ。


 考えながらも手を動かし、刺繍で術式を組み上げてゆく。出来ればミモザちゃんが剣技の授業を受けている間に済ませたかったのだが、刺繍はあまり得意ではなく、思ったよりも時間が掛かってしまった。急がないと昼の休憩時間が終わってしまう。


 チクチクチクチク。

 暫く2人、無言の時間が流れる。時折遠くから微かに、笑い声が届く。


 よし、出来た!


「お待たせしました」


 性能テストはまた今度にさせてもらおう。術式を組むのには魔力も体力も使うので、私は今かなり消耗している。そして何よりエネルギー不足でお腹が鳴りそうだ。

 ミモザちゃんは制服を受け取ると、私をじっと見つめた。


「ねぇ、どうしてこんな事するの?何が目的?」


 私は裁縫道具を片付けながら、答えにならない応えを返した。


「早くしないと昼食を食べ損ねますわよ」


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