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嫌がるミモザちゃんを公爵家の馬車に押し込んで、王都を出て西へ小一時間。
馬車から出たミモザちゃんは、目の前に広がる景色に息を呑んだ。
「‥‥‥すごい‥‥‥」
「でしょう。私のお気に入りの場所ですの」
遥か彼方に連なる山脈の、稜線に掛かる太陽。眼下の森の木々が西日に照らされている。足下は切り立った崖で、遮るものは何もなく、見渡す限りに広がる深い森。この森に多い広葉樹は葉の表面に細かい毛が生えていて、光を受けると銀色に反射する。それがこの夕暮れ時だけは金色に煌めいて、一面黄金の海原のように見えるのだ。
この美しさも私のお気に入りの理由だが、この場所の素晴らしさはそれだけではない。
「本当にキレイ‥‥‥ってゆうか、ここ、アークルートの告白ポイントじゃん!」
ミモザちゃん、やっぱり乙女ゲームを知っているようだ。
「え、何で?脳筋好きじゃないからアークルートは全然攻略してなかったのに、何で?」
「リア、ミモザ嬢は何を言ってるんだ?」
「さぁ?わかりませんわ」
本当にわからない。何でミモザちゃんにはアーク兄様の良さがわからないんだ!
確かにゲームのアークは脳筋と呼ばれても仕方がないくらい、身体を鍛えることにしか興味がなかった。だが実際のアーク兄様は、真面目で勤勉で努力家で、座学の成績だって上位に入っているし、魔術も苦手だけど頑張っている。性格だって、基本無表情だからわかりにくいだけで、優しくて気遣いができて善良だ。
ミモザちゃんを殺そうとしている他の奴らより、よっぽど魅力的じゃないか!
だいたい私は、ゲームでもアーク以外の攻略対象達が好きではなかった。3人共婚約者がいるのに、主人公と恋人になるのが受け入れられなかったのだ。
その点アークは良かった。なかなか打ち解けてくれなくても、仲良くなりさえすれば主人公しか目に入らない、その一途さが大好きだった。
因みに『聖なる乙女と薔薇の封印』には逆ハーレムルートは存在しない。他の攻略対象の好感度を上げるとアークの好感度が下がるから、アーク以外の3人を侍らせるのが限界だった。
「───キャアアどうしよう、アタシ王子が本命なのに、でもこれってアークも含めて夢の逆ハー?」
ミモザちゃん、アーク兄様は眼中にないようなことを言っておきながら、満更でもなさそう。
どうしよう、思い切り蹴り飛ばしたい。
私は心から思った。そして私は、思ったことは直ぐに実行してしまう質だ。
「‥‥‥あ」
気づいた時には、私はミモザちゃんに回し蹴りをかましていた。崖から押し出され、遥か下の森に向かって自由落下中のミモザちゃん。
「兄様!」
私が叫んだ時には、アーク兄様は既に飛び出していた。さすが兄様!
アーク兄様は空中でミモザちゃんをキャッチすると、小脇に抱え、姿勢を制御した。
残念、兄様!そこはお姫様抱っこにしないと!
私は安堵と落胆に、深く息を吐き出した。
まあ、アーク兄様だから仕方ない。元々今日はこの下に用事があってきたのだ、兄様の良さは追々わかってもらうことにしよう。
私は準備をして崖下を確認、エイッと空中に身を踊らせた。
地面に着地した時、アーク兄様達は既にモンスターに囲まれていた。今日はワイルドボア───猪が巨大化したモンスターが多い。
崖下のこの場所には薬効の高い草花が自生していて、傷付いた動物やモンスターが集まってくるのだ。絶好の狩りポイント兼採集ポイントなのだが、ここまで辿り着くのがなかなか大変なので、穴場である。
ちなみに私と兄様はいつも崖から飛び降りて、面倒な道程をショートカットしている。本来なら王都から丸一日かかるところを小一時間に短縮できるので、私はこの崖が大好きだ。ありがとう、告白の崖。
「ちょっと、ボケッとしてないで回復してよ!アンタ得意でしょ!」
確かに回復は得意だが、ミモザちゃんは特に怪我している様子はない。
「必要ないと思います」
「ここ!怪我してるでしょ!」
左手の甲をちょびっと擦りむいているのを、私の目の前に突き出してくる。
「うん、必要ありませんね。それよりも、そんなに大声で喚いているとモンスターの興味を引きますわよ」
目を剥いて両手で口を塞ぐミモザちゃん。でももう遅い、さっきからワイルドボアが前脚で地面を削っている。興奮して走り出す前の闘牛のようだ。
「アーク兄様、わかってるよね。手を出したらダメだからね」
「ああ、死にそうな時以外は手出ししない」
「はあ!?何言って───」
ワイルドボアが突進してきた。狙いは一番煩い人、つまりミモザちゃん。
「キャアアアア!」
ミモザちゃんって本当に人の話を聞かないよね、叫んだら余計にワイルドボアの気を引くのにね。
地面を転がるように這ってギリギリで回避したミモザちゃんは、アーク兄様の後に回ろうとして逃げられた。
「何で!?騎士のくせに助けてくれないの!?」
「兄様に護られてたら訓練にならないでしょう」
「アタシは支援特化なのよ!」
うん、知ってる。
だが大聖女ルートに進むためには、他の能力値も限界近くまで上げないといけないのだ。ゲームの主人公に出来たのだ、ミモザちゃんもやれば出来る子だと信じて、私は心を鬼にする。
「大丈夫、その運動着なら多少の衝撃は緩和されますから。ワイルドボアは動きが直線的で予測しやすいですし、初心者にもお勧めの獲物ですわ」
ニッコリ笑って兄様と一緒に跳躍する。崖の途中にある岩棚まで跳んで高見の見物を決め込むと、ミモザちゃんの顔が引き攣った。
「イヤアァァーーー!」
学習しないミモザちゃんの叫びが辺りに木霊した。