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『聖なる乙女と薔薇の封印』でやたらと死ぬ主人公。数ある攻略ルートのなかで確実に主人公が生き残るのは、『大聖女エンド』と呼ばれていた攻略ルートだけだ。
『大聖女エンド』はアーク兄様の攻略ルートで、アークルートのグッドエンドのなかでも格段に条件が厳しい。しかし、これ以外のエンディングは主人公が死ぬ、または死んだと思われるものばかりなのだ。
他の3人の攻略ルートでは、一見主人公と攻略対象が幸せになったように見えるものもあるのだが、ちょっと深読みすると主人公死んでるんじゃない?って思える描写やイラストが含まれていたりする。
その点『大聖女エンド』は、主人公が大聖女となって神殿に入り、その後50年国のために祈りを捧げたとハッキリと書かれていたし、アーク兄様も聖騎士として大聖女を支え続けたとあった。あまり恋愛的な甘さのないエンディングで人気はなかったが、他のルートだと主人公は死ぬのだから、『大聖女エンド』を目指すしかミモザちゃんを救う道はない。
という訳で。
「アーク兄様、ちゃんとミモザ嬢と約束してきてくれたよね」
放課後、待ち合わせ場所のティールームでお菓子を摘みながら、私は兄に確認した。ツイッと視線を逸らす兄。
「あー、この菓子美味いな。幾つか貰って帰ろうか」
「それで誤魔化してるつもりなら3歳児以下ね」
「俺は3歳児に戻りたいよ」
我が兄は往生際が悪い。あれだけ説得したのに、まだ私に協力するのを渋って、無駄な抵抗を続けている。
ミモザちゃんを救うと決意した私は、兄にミモザちゃんと仲良くなるよう頼み込んだ。まずは主人公をアーク攻略ルートに乗せないことには、『大聖女エンド』に辿り着けない。
ゲームのアークは、主人公にかなりの塩対応だったから、アークルートはルートに入るのさえ難易度が高かった。でもアーク兄様本人が、ミモザちゃんに好意を持ってくれれば、難易度は格段に下がるだろう。
私に前世の記憶があることは誰にも話していないので、兄は、どうして俺が聖女と仲良くしなきゃならないんだと文句を言っていた。ゲームの話をするわけにもいかないので、ミモザちゃんを助けたい、他の3人が聖剣の遣い手に選ばれれば確実にミモザちゃんは殺される、そうならないためにアーク兄様に聖剣の遣い手に選ばれて欲しいと頼み込んだ。私もミモザちゃんを殺さないですむよう手段を考えるし手助けもする、アーク兄様が協力してくれなくても一人でもやる、女の子を見殺しにするような男は大嫌いだとまで言ったら、渋々頷いてくれたのだが。
「あー、本気で3歳の頃に戻りたい。毎日赤ちゃんのリアをお世話して、一緒に遊んで、一緒に風呂に入って、一緒の寝室で寝て。幸せだったなあ‥‥‥」
現実逃避するほどミモザちゃんと仲良くなるのが嫌か。
「兄様、そんなに赤ちゃんが好きなら、ミモザ嬢と仲良くなって結婚して、可愛い赤ちゃんを産んでもらえばいいじゃない」
「止めてくれ。好きでもない子と結婚とか子作りとか、想像もしたくない」
アーク兄様は生真面目だなあ。浮いた噂の一つもないし、今だに婚約者さえいない。だから攻略対象者のなかで唯一、妹の私が悪役令嬢なのだ。
「‥‥‥リアなら‥‥‥」
「何か言った?」
「いや、何でもない。それよりもう帰らないか?約束の時間は過ぎただろ」
とりあえず約束はしてくれたらしい。
「まだ1分しか過ぎてないけど。お菓子も美味しいし、ゆっくりお茶していきましょ」
「リアと2人でお茶するだけなら、ゆっくり楽しみたいところだけど。今日は今すぐ帰りたい」
後半アーク兄様の声が沈んだ。憂鬱そうに溜め息をつく兄の目線の先には、悪目立ちするピンクの頭。それ以上に目立っている、改造された学校指定の運動着。
「ちょっと、これ何なのよ!」
ミモザちゃんは兄には目もくれず、私に詰め寄るとテーブルをドンと叩いた。
兄がカップから溢れた紅茶を拭こうと手を延ばす。それを片手で制して、私はミモザちゃんにニッコリ笑いかけた。
「ご機嫌よう、ミモザ嬢。思った以上にお似合いですわね」
「やっぱりアンタの仕業なのね!アタシの運動着に何してくれてんのよ!嫌がらせ!?」
またミモザちゃんがテーブルを叩く。兄が黙って紅茶のカップを片付けるのを、今度は止めなかった。
「人聞きの悪いことを仰らないで。少し改造して差し上げただけですわ」
「因みに何したんだ」
「物理防御と魔法防御の付与。着用者の身体強化と自動回復、防汚、防破、その他諸々」
「伝説の鎧かよ」
「それに近い物を目指しました」
ゲームでの主人公最強装備、大聖女の法衣のスペックに近づけるよう頑張ったけど、今の私では到底及ばなかった。
「私としては満足のいく出来ではありませんので、いずれリベンジしますわ」
「今サラッと嫌がらせ予告したわね?」
「だから嫌がらせではございません」
「だったらこの色は何なのよ!」
元々の運動着は水色なのだが、ミモザちゃんの運動着はショッキングピンクに染まっている。所々金色のラメも入っていて、凄く目立つ。
「魔術付与に使った素材の色が付いただけですわ。ちょうど貴女の髪と目の色ですわね」
「この名前は!?」
ミモザちゃんの運動着には、胸の部分に大きく名前を書いておいた。前世の小学生の体操服みたいだ。
「見た目はともかく高価な運動着になったので、盗難防止のためです」
「これだけの付与が付いたものなら、欲しがる人がいるかもしれないな。見た目はともかく」
「そうでしょう。機能だけ見れば一級品ですもの。見た目はともかく」
「いっそ格好悪いってハッキリ言えー!絶対売っぱらってやるわ!」
「それを防ぐためにも名前を書きました」
ミモザちゃんがガックリと項垂れた。さっきから叫びっぱなしだったから疲れたのだろう。私は紅茶を注いでミモザちゃんに渡してあげた。
「もうヤダこの兄妹、趣味も性格も悪過ぎ」
「その運動着は趣味じゃありません。貴女こそ、文句を言いつつ着ているじゃありませんか」
「しょうがないじゃない、制服が汚れちゃったんだから」
他から嫌がらせでもされているのだろうか。今度は制服にも改造が必要かな。
「アンタ今、碌でもないこと考えたでしょ」
「いいえ、貴女のためになることを考えていました」
制服の付与には何が必要だろう。運動着と違って見た目の改造は許されていないから、魔術付与に使う素材は違う物にしないといけないな。
私は使えそうな素材を幾つかピックアップして、お菓子を片手に立ち上がった。
「決めました。ミモザ嬢、これからデートに参りましょう!」