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「あら皆様、ご機嫌よう」
精一杯の笑顔を顔に貼りつけて、私は攻略対象達に会釈した。4人の会話の大半が愚痴を占めるようになり、そろそろ解散かなとの雰囲気を感じ取って階段を駆け下りてきたのだが、そんなことお首にも出さない。いかにも偶然通りかかりました、という風を装いつつ、視線で兄に逃さないよと伝える。
「アーク兄様、ちょうど良かったですわ。お買い物に付き合ってほしいと思っていたのです」
さっきまでの会話、ばっちり聞いてたからね。どういうことか説明してもらうからね。
そんな副音声が聞こえたのだろう、兄は苦笑しつつ私の手を取った。
「わかった。好きなものを買ってやる。すまない皆、俺はこれで失礼する」
「はいはい、相変わらず仲がいいですね。ミリアリア嬢、今度はワタシとご一緒させてください」
「リゲルやめておけ、アークの顔を見ろ」
「ミリアリアちゃん、またね」
皆様先程テラスから見ていた時とは打って変わって、キラキラしいお姿に戻っていらっしゃる。バイバーイと手を振る、その仕草までが優雅だった。
「殿下、リゲル様、シリウス様。失礼致しますわ」
私はカーテシーをきめると、兄と腕を組んで歩き出した。逃げられないように兄の腕を掴む手に力を込めると、背後からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
兄がレグルス王子と同い年のうえに家の爵位が高いおかげで、私は幼い頃から王子達と交流がある。いくつになっても兄離れができないと思われているのだろう。だがそれは間違いだ。
「リア、何を買ってやればいい?」
探るような兄の問いに、私はにっこり笑って答えた。
「私が欲しいのは情報よ、アーク兄様」
こうして無理矢理吐かせ‥‥‥聞き出した情報に、私は震えた。
この国の王族や高位貴族は、身勝手な連中の集まりらしい。しかもその中に、ウチのアルカディア公爵家も含まれているのだから最悪だ。
どうやらミモザちゃんは、聖女という名の生贄らしい。
勝手に異世界から召喚し、魔を封印するための器として育てられ、封印が成功したら魔もろとも殺される、それがこの世界の聖女なのだそうだ。もちろん聖女本人には知らされていない。何も知らぬまま、聖女は封印に耐えられるよう、器として成長するための試練を課される。
攻略対象達、聖女を補佐するという名目の4人は聖女が試練から逃げ出さないよう、励まし、煽て、見張るのが役目だという。そして、聖女からの信頼を最も得た者が、聖剣を与えられ、魔を封じた聖女を殺し、国を救った英雄としての名声を手にするのだそうだ。
なんだそれ。
女の子を誘拐して騙して使い捨てとか最低だ、ふざけんな。
どうりでゲームの主人公、やたらと死ぬはずだよ。死ぬのが基本、生き残れればラッキーとか最早乙女ゲームじゃないよ。特に攻略対象の男ども、主人公を殺すために仲良くなったり恋人のふりするとか、女の子をなんだと思ってるんだ。
「リアには知られたくなかった‥‥‥」
どんどん不機嫌になってゆく私にビビりながら、兄が呟いた。ギロリと横目に睨んでやると、涙目になって訴える。
「俺だって断れるものなら断ったさ。でも、ウチは召喚に関わってるし」
だろうね、ウチは代々神殿と関係が深い。聖女なんて呼んでいるのだ、神殿が一枚噛んでいるのは明白だ。
「王命だし」
国王自ら関与してるんだろうか。だとしても、聖女の真実が明らかになったところで、知らぬ存ぜぬを決め込むのだろう。そのための第四王子だろうし。何か不都合が起きたら、全て第四王子が勝手にやったことで片付けるのだろう。
王太子辺りだとそうはいかない。他の攻略対象者が次男三男ばかりなのも、同じ理由なんだろうな。
「せめてミモザ嬢と必要以上に親しくならないくらいしか、出来ることがなかったんだ」
兄が女の子を殺してのし上がろうなんてクズじゃなかったのが、せめてもの救いだ。
他の3人、特にシリウスはミモザちゃんを踏み台にする気満々だった。彼は侯爵家の次男だが、妾腹だから家を継ぐのは難しい。身を立てるためには、多少の後ろ暗いこともする気でいるのだろう。
残る2人も同様で、レグルス王子は上の2人──王太子と第二王子が優秀過ぎて王位を継承するのは無理だろうし、リゲルは本人の能力不足で公爵家を継げないと言われている。名声を得るには自分の手を汚すのも厭わないと、そんな考えを持ちそうな立ち位置の3人が聖女の補佐役なのには悪意さえ感じる。
どうしよう。
知るほどに、考えるほどに腹が立つ。なんとかミモザちゃんを救う手立てはないものか。
「なぁリア、俺のこと嫌いになったか?お前に嫌われるのは耐えられない。お前の信頼と親愛を回復するためなら何だってする。だから俺を嫌いにならないでくれ」
そうだ、ひとつだけ知ってるじゃないか、ミモザちゃんを救う方法。
「リア、こっちを向いてくれ。俺を見るのも嫌か?」
レグルス王子達は間違っている。私が兄離れできないのではない、兄が妹離れできないのだ。
「私がアーク兄様を嫌いになるわけないわ。いつも私のお願いをきいてくれる、優しい優しいお兄様だもの」
だから、どんなお願いでも快くきいてくれるよね、アーク兄様。