並べて渋谷に溶けて往く
現在時刻は23時。
僕は1人、渋谷区を歩いていた。
自分が何故1人で居るのか、なぜ自宅から離れた渋谷区に居るのか、なぜ虚無感に苛まれているのか、何も知らない。考える気にならない。
こんな時間だというのに街は賑やかで、まっすぐ前を向いて歩けない。
前を向いて?そんなの前からそうだった。
キャバ嬢も、居酒屋のキャッチも、ネズミすら僕を無視する。
誰に、何に対してかは分からないけど、いたたまれない気持ちになる。
下でも向こうか。いや、地面は見飽きた。
かといって正面は眩しい。
あとは、見上げるしかなかった。
都会の空は眩しくて、今夜はお月様さえ見えない。
「どこの空でも星は見えるよ」
君はそう言っていた。気がする。
嘘つき。見えないじゃん。
「満天の星空が瞼の裏に浮かんだ」
イヤホンからそう聞こえた。気がする。
嘘つき。浮かばないじゃん。
考えてみれば空を見上げるのが癖になっている気がする。楽しい時も、悲しい時も、喜怒哀楽の全てを抱きしめてくれてるいような、そんな気がしていた。
……気がしていただけだった。
全部、『気がしていた』だけだった。
君は空がどうのこうのなんて言った事はないし、イヤホンからは何も流れていない。
僕を抱きしめてくれるのは空ではないし、そもそもそんな存在はいない。
暗い事ばかり考えているけど、別に嫌な気分って訳じゃない。きっと誰の中にも、こういう気分になる瞬間ってのはあると思う。
楽しくはないけど悲しくもない。なのに、そっと夜の中に溶けていく。決して優しい気持ちではない。あくまで虚無。ぼー……っと消えていく感覚。
この感覚に名前をつけられるほど僕は詩的な男ではないので、思考を止める。
思考の停止は論理の敗北だと聞いた事があるが、今日のところは負けでいい。
それでいい。