9.アカネ、迷路に苦戦する
仲間外れが示すって、何のことだろう。
私たちがそろって首を傾げていると、遅れて紙を見たアヤトキが肩をすくめた。
「アタシじゃないわよ」
仲間外れと言われたら、確かにそうだけど。
別に今は何とも思ってない。
「どうでもいいけど、カドはどうなったの」
言われるまで気づかなかったし、本当にどうでもいい。
ていうか、オネエなのに男枠でいいのか。アヤトキ。
それとも年齢的なところなのかな。
確かにひとりだけ、明らかに学生ではないけど。
そこだって、どうでいもいい。
「ちょっと! 今のはフォローするとこでしょっ!? ひどいわッ」
「いいから、カド」
「んもうっ、アカネちゃんのドライ! 冷血ッ! ボーイッシュ!」
「ボーイッシュやめろ」
何の悪口だよ。
ぶつくさと文句を言うアヤトキは、その場にかがんだ。
そして、日記帳を床に置いて表紙を開いて、片手で中身を掴む。
何をするつもりかと思ったら、本当に一枚ずつページを開いて四隅を確認し始めた。
普通にめくらないのは、中身を見たくないせいだと思う。
地道ー。
「おふたりって何だか似てますよね」
その間にアオイから爆弾をぶっ込まれた。
「似てないよッ」
「あ、いえ、その、楽しそうだな、と思って……」
「でも似てないよッ」
仮に楽しそうだとしても、似てるって感想はどうなのそれ。
ていうか、似てたまるか。
「似てないわよォー、アカネちゃんってけっこー男前よ?」
「いや、それもほめてないよね」
「やーねっ、ほめてるわよ! 全力で! 愛っていつも超特急なのよッ!」
「意味わかんない」
あと誤解されそうだから、やめてほしい。
「終着駅にしか止まらないってことよ! 寄り道はしないのッ」
「わかったから、カド」
「んもーっ!」
アヤトキはうるさい。
そして、アオイは静かすぎる。
ちらりと見ると、アオイも膝をついて日記帳を眺めていた。
仕方ないから、私もアヤトキの隣に屈み込んだ。
ちょうど、私たちふたりでアヤトキを挟む形になる。
両手にJK達成じゃん。
「で、何か見つかったの?」
「んー、ちょっとわかんないのよねェ……」
収穫なしだった。
手が止まっているアヤトキの隣から、アオイが遠慮がちに手を伸ばす。
そして、明け渡された日記帳をおずおずと開きながら、1ページずつ進めていく。
「最小限しか開かないからじゃないの」
「だって、変なの出てきたら怖いじゃないッ!」
「ここから出られない方が怖いよね!」
うぐ、と声を漏らしてアヤトキが止まった。
共通の目的は、ここから出ること。
待ってるだけじゃどうにもならないから、動くしかない。
「あの……」
ちょっと気まずい沈黙を、アオイが破ってくれた。
「逆さ文字があります」
「さかさ?」
「はい。鏡文字です。左右が反転されていて……後ろのページから、順にありますよ」
アヤトキを超えてアオイの隣に行くと、ページを差し出された。
そこにもペンで、いろんな字が書かれている。
首をかしげていると、アオイは指先で一部をそっと指差した。
一見すると、ただの空白に見える場所。
少し紙の角度を変えると、わずかにきらりと光った。
読みにくいけど、確かに文字があるみたい。
「読み上げます。メモを取ってもらってもいいですか?」
「わかった」
うなづいてから、スマホを取り出した。
メモ機能が活用できるときが来たってわけ。
よかった。持ってて。
「読みますね。……"壁はまっすぐ"──」
"選択は通路"
"舵取りは手"
"壁は行き止まり"
"行き止まりは背中"
"分かれ道は角"
スマホの画面を覗き込んできたアヤトキは、困ったように眉を寄せた。
「迷路の攻略法、みたいだけどォ……」
これだけじゃどうしようもない。
ヒントがあっても、ぶち切りじゃどうしようもないな。
「アオイ、それで全部?」
「そのようです」
「じゃあ、さっきの紙は?」
指示が書いてあった古い紙。
差し出されたそれを受け取って、改めて表面を見る。
薄暗い照明だけだと時間が掛かるから、スマホのライトをつけた。
バッテリーが気になるから、あんまり使いたくない。
いざってときに灯りがないとか、シャレにもならないし。
「……こっちも何かあるよ」
紙の真ん中に書かれた"ナカマハズレが示す方向をタドレ"の文字以外にも、何か書いてある。
ライトを真裏から当てると、文字が浮かんできた。
「……何だろ」
「読みにくいわね、にじんでるの?」
「上下と左右、ですね……」
三人そろっても何も浮かんでこない。
誰だよモンジュのチエとか言ったやつ。
アオイが日記帳を広げ直して、迷路を出してくれた。
うん。わからない。
白状しよう。わかんないです。
「さっきのは、やっぱり迷路の進め方だと思うんだよね」
スマホを操作して、メモ用のアプリを開いた。
照らしたままだと写真を撮れないのが、割と痛い。
「選択は通路、舵取りは手、壁は行き止まり、行き止まりは背中、分かれ道は角、それで壁はまっすぐ、ねェ……」
アヤトキが読み上げてくれるけど、だからって何かがわかった様子もない。
それはアオイも同じようで、首をかしげている。
「通路っていうのは、アルファベットが振ってあるとこだよね?」
迷路の表面を指で叩く。
すると、アオイがアヤトキを見た。
「そーねェ、そーだと思うけど……それじゃ黒と、このうっすい灰色っぽいのが壁ね?」
「壁に当たったら行き止まり、ですね」
「当たり前ではあるけどォ……どーお? アカネちゃん」
急に話を振られた。
「どうって言われても」
もう一度、スマホのメモを見る。
書かれていることは、絵画のプレートよりずっと簡単でシンプルではあるけど。
「壁に当たるまでは進めるってことじゃないの? で、分かれ道になったら角に背中じゃん」
だから、"はじめ"のコマだと斜め左上の角に背を当てるってことだと思う。
そうすれば、あとは右か左か、だけど。
「番号順に進んでいけばいいんじゃないの?」
もうシンプルにめんどっちい。
番号がかぶってるし、並びがおかしいし、何なら空白もあるけど。
「そーねェ。この手順で進めば、正しいアルファベットが拾えるってコトかも」
「では、いったん進めてみますか?」
「うん。やってみようよ」
うだうだしてても、どうにもならないし。
ヒントが出尽くしたのかは微妙だけど、一回チャレンジするのもいいだろうし。
「いったん、上とか下っていうのは無視するねー」
右と左だけで進んでみる。
最初は右。だから、紙でいうと下か。でも、壁に当たるから止まって。
「んん?」
指示の順番通りに進むと、行ったり来たりで戻される。
ていうか、スタート地点に戻るってありなのかな。迷路として。
「戻っちゃうし、何かおかしいよ」
「そーお? なら、やっぱり上下もあるのね?」
「上下っていうのもなー」
どうだろう。
アオイの意見を求めようと視線を向けると、すごく真剣に考え込んでいるところだった。
びっくりした。
「……舵取りは手、ですよね」
「え?」
「取るべき舵がありません。つまり、手そのものではないでしょうか?」
ちらりとアヤトキを見る。
アヤトキもお手上げだったみたいで、私を見てきた。
やめてよ。また顔を見合わせた状態じゃん。仲良しか。
「手だとして、上とか下って?」
「うーん……そう、ですね……」
「やだ、待って。仲間外れが示すのよね? それも忘れちゃダメよ」
「そうだった……」
"壁はまっすぐ"、"選択は通路"、"舵取りは手"、"壁は行き止まり"、"行き止まりは背中"、"分かれ道は角"か。
それと、"ナカマハズレが示す方向をタドレ"ね。
屈んでいる姿勢がつらくなってきて、床に腰を下ろしちゃった。
「ちょっとー、はしたないわよ」
アヤトキが注意してくる。
けど、疲れてきたのはいっしょだったみたい。
同じように腰を下ろしちゃった。
アオイはきちんと両膝をつく姿勢でいるけど。
そのまま崩しても、正座にしかならない。お嬢様め。
「アヤトキだって座ったじゃん」
「あら、アタシはいいのよ」
「どうして?」
「オネエだからよ」
謎理論が飛び出した。無視だ、無視。
ひとまず自分の手をまじまじと見てみる。
手で、右と左。上と下。
すると、アヤトキも同じように見てきた。
いや待てお前にだってあるだろ。
「アオイちゃん。舵取りは手、だったわね?」
「はい」
「やだ、アカネちゃん。アタシ、わかったかもしれないわ」
そう言いながら、アヤトキは私の両手を持ち上げた。
ちょうど下からすくい上げるような感じ。
持ち上げられた手を揺らしながら、首をかしげる。
「手で方向を決めるなら、親指が向く方だわっ」
「どうして?」
「親指だけ、他の指と構造が違うのよ。握ったとき、わかるでしょ?」
確かにグーで拳を作ると、親指だけ違う方向になるけど。
関節だって親指だけが少ないけど。
アヤトキに持ち上げられた手はそのままにして、反対側に首をかしげ直した。
長い爪は、脚と同じくきちんと手入れされているみたい。
さすがオネエ。
「仲間外れは親指よ。右手と左手が正しいなら……そーねェ、手を表にするか裏にするか、とか……?」
突然、自信をなくしたオネエ。
「上向きか下向きかってこと?」
「そーそー。それよ」
表向き裏向きだったら、どっちに向けてだよって話だ。
それに、手を伏せているのか、それとも持ち上げているのかもわからない。
下と上なら、掌を基準として考えれば、まだわからないでもないな。
「右手が上の場合と左手が下の場合は、進行方向が右ということですか?」
私の手を持ったまま、アヤトキがうなづく。
すると、アオイが迷路のスタート地点に指先を置いた。
「そーねっ、あとは指示通りに動けばイイんじゃない? 背中を向けていない方が進行可能な方向よっ」
「わかりました」
「アカネちゃん、行くわよ!」
待って。何これ、私の手を使う流れかよ。
「準備はイイわねッ?」
何の準備だよ。