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7.アカネ、鍵探しをする







「ちょっとー、アカネちゃん。どこ? 何してるのよォー?」


 文字を読んでいると、アヤトキの声が近づいて来た。

 ビビって固まってるかと思ったけど、復活したっぽい。

 アヤトキのタイミングって、全然わからないな。

 書架の向こうから顔を出したアヤトキが「いたわよー」と背後に手招きをする。

 見ると、アオイもいっしょに来ていた。


「これ。日記が落ちてたよ」


 私からも歩み寄って距離を詰める。

 そして、裏表紙を見せながらアヤトキに渡す。

 というか、押し付けた。

 意外とナチュラルに受け取ってくれるから面白い。


「なァに? "魔法の花を捧げ、石の娘の声を聞け"? ……なによ、魔法って」


 裏表紙の文字を読んだアヤトキは、怪訝そうに眉を寄せた。

 その手元を隣から覗き込んでいたアオイは、不思議そうにしている。


「さあ……とりあえず、それが次の問題文じゃない?」


 "魔法の花"に、"石の娘"。

 "声"は、そのまま声だと思っていいのかな。

 アオイと同じように首を傾げると、アヤトキは表紙の表側を見た。


「あー、もー、いちいちまどろっこしいわねェ……読んでいいの?」

「いいんじゃないの」


 私の日記じゃないし。

 ブログすら長続きしない私が、日記なんか書くわけがない。

 ちなみにSNSの類は、絶対全滅するマン。


「でも、プライベートなものなのでは……」


 アオイが、やんわりと反対した。

 誰のものかもわからないのに、気遣いがすごい。

 バレなきゃどうってことないと思う。

 図書館に置いてあるくらいだし。

 意外と、日記ってタイトルの本かもしれない。


「ヒントに使った時点で、プライベートも何もないのよ。大丈夫!」


 何が大丈夫なのかはあれだけど、アヤトキの言うとおりだとは思う。

 むしろ、これでヒントでも何でもないのなら、まったく意味がわからない。

 本を正しい位置に戻したから落ちてきた、という解釈で正しいはずだし。

 ここって、正解がわかりにくいんだよね。

 もっとわかりやすく、音楽とか鳴ったらいいのに。いや、うるさいな。


「あら、栞紐があるのね。意外だわ」


 真ん中から少し前のページあたりで挟まれたヒモ。

 それをつまんだアヤトキの一言で、そのヒモの名前を知った。

 確かにシオリ代わりだな、とか思ってたけど。


「ま、ここから見なさいっていうなら見てあげても──」


 無造作に日記帳を開いたアヤトキが、言葉ごと動きも止めた。

 そして、開いたままの日記帳をずいっと差し出してくる。

 というか、押し付けてきた。


「え、ちょ、なに……うっわ」


 開かれたページには、乱雑な文字が書かれていた。


  挿絵(By みてみん)


 思わず、日記帳を閉じた。

 まるで呪いの言葉みたい。

 挟まれているヒモを無視して、別のページを開いてみる。

 すると、そこにはまた、別の人が書いたらしい文字が並ぶ。


「個人のものでは、なさそうですね」


 アオイが冷静に言うけど、そういうことじゃない。

 ページをめくってみる。

 すると、そこには"とても静かになった。もう誰もいないのかもしれない"と書かれていた。

 ひとまず、日記帳を閉じる。

 アヤトキは完全に屈み込んで、頭を抱えちゃっていた。

 何だろう。

 不意打ちに弱いのかも。


「やめてよー、もー、心臓に悪い。夢に出ちゃうわよ、そんなの……」


 確かに一瞬ゾッとしたけど、そこまでじゃない。

 これを書いたのは、誰なんだろう。

 ここに迷った人たち、ということか。

 それか、そういう設定の小細工か。

 演出としての小道具だったら、いいな。そのほうが、ずっとマシ。


「はー、もうやだ。読むのはやめときましょ。ヒントなんかないわよ」


 そう思いたいのは確かだけど、まったくゼロだとはいえない。

 でも、私だって読みたいわけではないから、行き詰ったときでいいとは思う。


「それじゃ、これ。"魔法の花を捧げ、石の娘の声を聞け"を解かなきゃね」


 とにかく、最優先はこの一文のはず。

 日記帳を裏返して、光る文字をなぞる。

 だからといって、ヒントも何も出てきてくれない。


「石の娘ってウマズメのことじゃ、ないわよねェ? 悪趣味だわ」


 アヤトキの唐突な一言に、私とアオイは顔を見合わせた。


「うまづめ?」

「馬の爪ですか?」

「知らないならいいのよ……」


 ジャネギャって叫ばれなかった。

 何だよ。どういうこと。

 溜め息をついたアヤトキは、気を取り直した様子で顔を上げた。


「単語を英語にするってワケではないの?」

「今まではそうだったけどね」

「Magic flowerと、Stone girlですね」


 アオイの口から、ナチュラルに英語が飛び出た。

 それくらいなら私でもわかるけど、すごくなめらかな発音だったから。


「英語にしたところで、意味は変わんないよ」


 ピアノのときみたいに、並べ替える文字があるなら話は別だけど。

 ひとまずは、そうでもなさそうなんだから、この一文から考えるしかない。

 ノーヒントなのが、いちいち面倒くさいな。


「今まで生花なんて、なかったわよねェ?」

「私は、見ていませんね……」

「うーん……あっ」


 生花はなかった。

 どこにも花なんて、飾られていなかったし。

 だけど。


「ねえ、展示室に戻ってみようよ」


 あそこには、花の絵があった。

 彫刻もあった気がする。

 それが正解ではなかったとしても、どこよりもたっぷりヒントはありそうな気がする。

 私の提案に、アヤトキは納得した様子でうなづいた。


「そーね。それがいいわ」

「展示室って、どこにあるんですか?」

「下だよ。一階……えー、またあそこまで行くの?」

「やァね、自分で言い出したんでしょー?」

「そうだけどさぁ」


 また一階まで降りて廊下に出てピアノのある二階まで行ってまた一階に戻って、か。

 それが猛烈に面倒くさく感じられた。

 だけど、どう考えても最短ルートがない。

 面倒くさいけど、しようがない。

 歩き出すと、アヤトキが手を差し出してきた。


「日記帳よ。アタシが持ってるわ。重たいでしょ?」

「手でも繋ぐのかと思ったよ」


 しかも、そんな紳士的な理由だとは思わなかった。

 オネエで紳士って何だよ。もう属性が渋滞してる。


「あら、繋ぎたいのならいいわよ。アオイちゃんも、ほらおいでェー」


 渡した日記帳を脇に挟んだアヤトキは、問答無用でアオイの手を取った。

 そして、脇が固定された方の腕を私に出してくる。


「私はいいです」


 思わず敬語になった。


「何よッ、両手に花がしたいのよ! 両脇にJKがやりたいのよ!」

「そんな言葉ないだろ」


 どんな夢だよ、やめろよ。

 大人しく手を繋がれているアオイは、逃げるタイミングを失ったのかもしれない。

 とりあえず、一足先に通路を抜けて図書館を出る。

 後ろからふたりがついて来るのを見て、階段に向かおうとした。


「……え?」


 階段なんてなかった。

 いや、あったけど、なくなっている。

 私たちが上がってきた階段の部分には、真っ直ぐに別の廊下が伸びていた。

 今回は何の音もしなかった。

 音どころか、振動さえもなかったのに。

 立ち止まっている私の後ろから出てきたふたりも、「え」「あれ」と固まった。


「……ここ、どうなってるの」


 奇妙なのは今に始まったことじゃない。

 だけど、通路が組み変わるのはやめてほしい。

 これじゃ、館内地図があったとしても意味がないことは確かだな。

 未だに手を繋いでいるふたりを振り返る。


「戻れなくなったから進むしかないね」


 そう言うと、ふたりは顔を見合わせた。


「アカネちゃんって、男前よねェ……」

「何それ、どういう意味?」

「この状況で、よく進もうと思うわねってコトよ」


 そんなこと言われても。


「だって、進むしかないじゃん」


 待ってるだけで助けが来るとも思えないし。

 来るにしても、それまでに何かあったら嫌だし。


「やだわ、もう。アタシ、アカネちゃんのそーゆーとこ見習うわ」

「えっ、やめてよ、何かやだ」

「やだって何よッ」


 オネエに見習われるってなに、どういう体験。

 何の参考にされちゃうの。

 アヤトキは軽く肩を竦めてから、隣のアオイに同意を求めるように首を傾げた。

 やめろやめろ。困ってるだろ。


「──ま、何はともあれ。進むしかないコトは確かね。さっ、ここは年長者が先に行くわ。ついて来なさい!」


 アヤトキは、いきなり謎のオネエもといお姉さんキャラになった。

 さっきからアオイがちっとも展開についていけてないけど、大丈夫かな。

 手を離されたアオイを手招きして、隣に並んでからアヤトキを追う。

 廊下はなんとなく、見たことがあるような気がした。


「……っあ」


 壁を見ていたとき、前方からアヤトキの声が聞こえた。

 真っ直ぐに伸びている廊下を進んでいくと、十字路に突き当たる。

 廊下の交差している場所に立ったアヤトキが、何かを指差した。

 すぐ前に、ドアが見えている。

 左右を見ると、そっちもドア。見覚えがあると思ったら。


「音楽室じゃん」

「そーみたいね……」


 ピアノ部屋と楽器部屋がある場所だ。

 それが証拠に、正面にあるドアの上には"ホニトイハロヘ"が書かれている。

 戻ってきた、みたい。


「音楽室ですか?」

「そーよ。アオイちゃん、音楽は得意? あっちにね──」


 アヤトキが言葉を言い終わるよりも早く、廊下いっぱいに音が響き渡った。

 ピアノの音──だろうということしか、わからない。

 鼓膜が痛くなるほどの音量。耳どころか、頭にまで響く激しい音に包まれた。

 あわてて両手で耳を塞いだけど、その程度の防御じゃ全く緩和されない。

 デタラメに鍵盤を叩いている音は、明らかな不協和音。

 あらん限りの力で、鍵盤に何かを叩きつけているようにも思える。

 狭い廊下の壁さえ震えているように見えるほどの、荒々しい大音量。


「──ッ!」


 耐え切れないと思って顔を上げると、アヤトキが目の前のドアを乱暴に開いたところだった。

 そして、猛烈な勢いで下っていく。

 待て待て待て。そっちは真っ暗だぞ、大丈夫かオネエ。

 鳥肌が立ち始め、指の先までじりじりとしびれ始めると、私だってもう我慢できない。

 アオイに身体をぶつけて促してから、階段に飛び込んだ。

 うっかりすると踏み外してしまいそうだけど、今はそんなこと気にしていられない。

 頭が痛い。耳の奥が痛い。目の裏まで痛い。何だこれ。

 音というより、物理的な痛みに思えてこわい。

 数段飛ばしで降りた先で、薄暗い展示室の床に転がった。


「──あぁあーっ、なにッ、何なの今のはっ!?」


 伏せる形でうずくまってから顔を上げると、音は聞こえてこなかった。

 一瞬、もう耳が聞こえなくなったのかと思って声を上げる。普通にうるさい。

 すると、近くで仰向けになっていたアヤトキがこっちを見た。


「アタシが知りたいくらいよッ! 何よッ、死ぬかと思ったわッ!」


 未だに耳の奥でぐわんぐわんと音が響いている気がする。

 こんな余韻いらない。

 見ると、階段を降りてすぐ、ドアをくぐる一歩手前あたりでアオイが座り込んでいた。

 正座を崩したような、座り方。

 うん。あれだよね。性格出るよね。


「……っはー……すごかったですね」


 階段の上を窺いながら耳から手を離したアオイは、胸に手を当てて長い息を吐き出した。

 どうでもいいけど、アヤトキが仰向けになってるせいでスリットがめっちゃ危うい。

 とっとと起きろ。見たくないぞ、そんなもの。


「あー、心臓バックバクよ、もー。寿命縮まったわァ……」


 むくりと起き上がったアヤトキは、脚を投げ出したまま溜め息をついた。脚を閉じろ。


「まるで警告音でしたね」


 立ち上がったアオイが、こっちに近づきながら耳を撫でた。

 警告音なんて、生易しいものではないような気がするけどな。


 いつまでも転がっていたって何もできない。

 立ち上がって、膝のあたりを軽く払った。

 別にジャージだから汚れてもいいけど、気になるから。

 それにしても、アヤトキのタイミングは本当にわからない。

 基本的に何かと重なる気がしてきた。

 肖像画のときだってそうだったし。犯人はお前だな。


「アヤトキが発動させてる気がする」

「ちょっと思ったけど、アタシのせいにしないでちょうだい!」


 ちょっとは自覚してたのか。すごいな。

 改めてアヤトキを見ると、そのすぐ傍に日記帳が置かれていた。

 逃げるときに落としてなかったのか。すごいなオネエ。


「……ま、特急でここまで来られたけどね」


 ルートが変わったおかげでもある。

 周囲は静まり返った展示室。

 騒いでいるのは、私たちだけ。

 少し薄暗い照明も黒い床や壁も、これといって変化はない。


 日記帳を持ったアヤトキが立ち上がるまで待って、それぞれの展示コーナーへと向かった。

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