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6.アカネ、仲間をゲットする






 きっちり確認したはずなのに、廊下の途中に階段が出現していた。

 そこからアオイが降りて来たのだから、階段であることには間違いない。

 私もアヤトキも気づかなかったけど、もしかしたら音がしていたのかもしれない。

 ドアの向こうに階段ができるパターンは、展示室のアレで一回経験している。

 だからといって、納得はできない。どうなってんだ。


「館内地図が必要」

「わかるわァ……」


 私の愚痴に反応したアヤトキは、妙にしみじみしている。

 地図があったところで、階段の場所やドアの先が変わるなら意味ないけど。

 それは、アヤトキもわかっているところだと思う。

 移動先をわかりやすくしろって意味だよ。

 階段を上がり始めると、妙に長いことがわかった。

 後ろからついて来ているアオイには、ちょっと悪いことをした気がする。

 さっき降りてきたばっかりなのに、また上がらせちゃっている。

 私のせいではないけど。


「アオイは、展示室は見た?」

「展示室ですか? いえ……」

「あれ。じゃあ、どこから始まったわけ?」


 てっきりスタート地点は、全員同じだと思ったのに。

 違うと言われてしまって振り返った。

 隣にいたアヤトキも、同じように後ろを見る。

 ふたり分の視線を受け取めたアオイは、少したじろいだみたい。


「ええっと、光が追いかけてくる廊下です」


 あれ。それなら同じだ。

 私とアヤトキは、またまた顔を見合わせてしまった。

 やめてよ。仲良しか。


「だったら、突き当たりにドアがあったんじゃないのォ?」


 続いて、アヤトキが問いかけた。

 私もアヤトキも、そのドアから展示室に入ったわけだし。


「いえ……」


 だけど、アオイは否定した。

 ますますわからない。

 でも、同じ構造の廊下だからといって、場所として同じとは限らないかも。


「あら、ドアよ? なかったの?」

「はい」


 ということは、だ。

 仮に同じ廊下からスタートしたとして、だよ。

 私たちが階段にしちゃったから、入れなくなったのでは。

 もしそうなら、この建物は物理的にどうなってるんだよ。


「曲がり角に階段があったので、そちらから二階に上がりました」


 別パターンが存在した。

 アオイは、私たちより遅れてここに来たのかもしれない。

 ルートが違うってことは、私たちが弄ったあとの可能性がある。

 いや、待てよ。


「ん? 二階?」


 また振り返ってしまった。

 どの階段なのか知らないけど、私たちだって二階にいた。

 左右の突き当たりに部屋があった廊下が、どこかに繋がっているとは思えない。

 けど、まったく有り得ない話でもない。

 特にこの建物は、構造が変わっちゃうわけだし。


「二階って、ピアノとかあったとこ?」

「え?」

「楽器が置いてあったよね?」

「いえ……私が見たのは図書館だけで……あぁ、もうすぐです。この先です」


 アオイに言われたとおり階段を上がり切ると、板張りの廊下に出た。

 見ると、木製の窓枠に囲まれた窓がずらりと並んでいる。

 でも、その向こうには景色がない。

 なんというか、ちょっと古い学校の校舎みたい。

 怪談系のマンガで見たことある。


「なァんにも、なさそうね……」

「廊下だけ、だね」

「はい。何もなくて……」


 逆にどういうことなのか。

 本当にただ、廊下が広がっているだけみたい。

 アオイが言う二階がここなら、ピアノなんて置く余地もないな。

 そして階段は、まだ上に続いている。


「この上に図書館がありました」

「今もあるといいね」


 これだけ色々変化されると、いきなり部屋が変わっていてもびっくりしない。

 びっくりはするか。びっくりはするけど、だろうねって気がする。

 いや、納得もできないけど。


「んもう、いいから。行かなきゃ始まらないでしょ」


 今度はアヤトキが先に階段を上り始めた。

 そして、私とアオイが揃って後ろをついていく形。

 こっちの階段は、幅も広いし、手すりもあるし、照明もあるからいい。

 あっちの階段が暗すぎたんだ。何だこの待遇の差。

 建物としては、こっちの方がかなり古い印象だけど。


「そういえば、みんな名前が"ア"から始まるのね」


 踊り場に差し掛かったとき、アヤトキがそんなことを言い出した。


「偶然ですね」

「こういう偶然っていいわよねェ」

「いや、お前源氏名だろ」


 言うまいと思ったけど、ツッコミを入れてしまった。

 源氏名と聞いて、アオイが首を傾げた。

 当たり前かもしれないけど、意味がわからないわけではなさそう。


「アヤトキさん、お店をしてらっしゃるんですか?」


 アオイは、きれいな聞き方をした。

 なるほどな、そういう聞き方もあるんだな。

 別に今後、何の参考にもならないだろうけど。


「やぁねェーッ、雇ってもらってるだけよ。美しいだけじゃママにはなれないのよォー」

「何の話だよ」


 誰もそこまで言ってない。

 美しいとすら言ってない。


「キレイめオネエで売ってるって話よォ?」


 すごいな、このオネエ。自信満々なのか。

 そうじゃなかったら、チャイナドレスなんて着れないかも。

 すごくスリット深めだし。


「アオイちゃんも、あやねえって呼んでいいのよォ?」

「それって鉄板ネタなの?」

「やぁねっ、ネタって言わないでちょうだい!」


 アヤトキは、もう存在がネタだと思うけどな。


「あやねえさんですね」

「呼ばなくていいよ」


 アオイは素直なのかボケてるのか。

 即座に否定を入れちゃった。


「やだもうっ、呼べるなら呼んじゃってッ!」


 アヤトキがうるさい。

 このテンションで毎度やられると、聞いているほうがつらいパターンになる。

 ハイハイ、と適当に流して、階段を上がる。

 三階に上がっても、やっぱりさっきと同じような廊下だ。

 ただ、正面にガラスの窓みたいなのがついた引き戸が二枚ある。

 でかい。古そう。動くのかな。


「これなのォ?」


 アヤトキがこれでもかと怪訝そうに聞くと、アオイはこくんと頷いた。


「はい。さっきは確かに……」


 そして、戸に手をかけて、ゆっくりとスライドさせる。

 ガタガタとガラスがうるさく騒ぐ。割れないかと不安になるくらいだけど、意外と平気そう。

 戸を開けば、確かに中は図書館だ。

 広々とした室内に整然と書架が並んでいる。

 足を踏み入れると、床板がキュッ、と音を立てた。一瞬びっくりするから、やめてほしい。


「確かに図書館ねェ……古そうだけど」

「その割りに天井高いね」

「廊下と比べると、比較的新しいように思えます」


 図書館の天井は、まるで吹き抜けのようになっている。

 例えるなら体育館かな。二階部分、といっていいのか微妙だけど、細い通路と柵がある。

 あそこに上るには、どこから入るのか。軽く見回してみたけど、階段らしきものは見つからない。

 だけど、この建物内だと、階段は見つけるものではなくて勝手にできるもの。

 それに見た目がどうだったとしても、図書館には変わりない。

 アヤトキが、本の表紙を上にして軽く掲げた。


「とりあえず、コレを"あるべき場所"に戻すのよ」

「場所かぁ……カ行じゃない?」


 この図書館は、タイトル順になっているみたい。

 ひとつの書架ごとに、"ア"とか"イ"とか書かれた紙が貼ってある。

 タイトルが"獣の皮を被ったほらふき"だから、"ケ"と書かれた書架でいい。はず。

 これをひねられたら、ヒントがなさすぎるけど。


「……やっぱり、タイトル違うのかな……?」


 三人揃って"ケ"の書架まで来たところで、確信した。


「どーゆーこと?」

「だって、中身は英語じゃん。タイトルだけ正式っておかしくない?」

「そーねェ……」


 何より、"ケ"から始まる本が並んでいるところには、まったく空きがない。

 捻じ込める隙間もない。棚には、ぴったりきっちり本が収まっている。

 これ逆に、今ある本すら出せないのでは、と不安になるレベル。


「ねェ、アオイちゃん。英語は得意?」

「いえ……」


 三人揃えば何とやら。

 読めるかもしれないと期待したけど、アオイは首を横に振った。

 帰国子女説はなくなったけど、お嬢様説はまだ濃厚かな。


「リスニングくらいしかできなくて」

「聞けるだけすごいと思うよ、それ」


 謙遜なのか自慢なのか、微妙なラインだと思う。

 私の英語力なんて絶望的だぞと言いたいのは、ぐっと我慢した。

 こんなところで、いじられキャラになるつもりはない。


「物は試しよ、読んでみなさいなっ」


 自分は秒で諦めたくせに、一ページ目を開いたアヤトキは強引に本を差し出した。

 アオイは明らかな困惑顔だけど、一応とばかりに本を覗き込んだ。

 知っている単語を拾っているのか、指先で文字をたどっている。

 オネエの自由な無茶振りなのに律儀だな。


「これは、狼少年のお話ではないでしょうか?」

「あァーっ、うそつきの羊飼いねェ?」


 アオイが顔を上げて放った言葉に、アヤトキは大げさにうなづいた。

 羊飼いだったかどうか、ちょっと記憶にないな。

 だけど、そこは重要じゃない。


「オオカミ少年ってことは、ア行だね」


 とにかく逆戻りになっちゃう。

 入り口近くまで戻って改めて書架をまじまじと見る。

 すると、少しだけ不自然に傾いている本があった。


「……オオカミ少年だ」


 その本のタイトルがオオカミ少年。

 こっちは日本語で書かれている。何も日本語なのかどうかは、この際どうだっていい。

 並びとしてこれで正解どうかは、わからないけど。

 試してみないと、どうにもならない。

 アヤトキを見ると、少し嫌そうに首を振られた。


「ここだよ、ここ」

「見ればわかるわよっ、仕方ないわねェッ」


 オネエの怖がるポイントがわからない。

 大またで書架に近づいたアヤトキは、少し背を屈めて不自然に開いた場所へ本を差し入れた。

 少し突っかかってしまったから、無理に捻じ込んだといったほうが正しい。


「ハードカバーだからいいけど、こんなの文庫本だったら歪んじゃうじゃないの。ホントに──」


 アヤトキがぶつくさ言いながら姿勢を戻したその瞬間、バンッと何か落ちた音がした。

 そこまで重たいものではなさそうな音。

 だけど、反射的にビクッと跳ねてしまった。

 アオイを見ると、驚いた様子で口元に両手を当てている。

 お嬢様め。

 アヤトキは、その場に屈んで両手で頭を覆っていた。

 地震でも来たのかよ。


「……」


 耳を澄ませてみるけど、特に動きはない。

 引き戸のほうだって、人の出入りなんてなかった。音がしてない。

 アオイに「ここにいて」とジェスチャーをすると、ふたりともうなづいた。

 いやいや、アヤトキは来いよ。

 ああ、でも、来られても困るかも。

 ふたりから離れて、真後ろにあった書架を覗く。

 何もない。

 変に引っ張るのは、やめてほしい。


「……あれ?」


 ひとつずつ書架の間の通路を巡っていくと、一冊の本が落ちていた。

 赤い表紙が、異様に目立ってる。

 近づいてみると、表紙にDiaryと書かれていた。ダイアリーくらいならわかる。日記帳だ。

 持ち上げると結構重たいし分厚いし、何だこれ。

 両手で持ち直して裏返すと、太めの白線。そこに、へこんだ文字を見つけた。

 キラキラと銀色に光っていて、ちょっと読みにくい。


 そこには、こう書かれている。





 "魔法の花を捧げ、石の娘の声を聞け"


 

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