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3.アカネ、オネエと協力する






 ドアを開いたら、廊下がなくなって階段になっていた。

 何それ。どんなギミック。無理。怖い。


「……」

「……」


 ふたり揃って完全に無言だ。沈黙。


 アヤトキは、ドアノブを握ったまま固まっている。

 階段を覗き込んでみると、上までずっと続いているっぽい。

 ライトはなくて、暗がりといっしょに階段が伸びている。

 ドアノブから手を離したアヤトキは、顔を引きつらせながら笑みを浮かべた。


「……ま、まぁ、道ができたってコトじゃない? さっきので正解だったみたいね!」


 正解なのか、やらかしたのか。ちょっと微妙なところだけど。

 ていうか、むしろこれって退路を絶たれた感じがする。

 アヤトキも私と同じように、階段を覗き込んだ。

 見上げた先は暗くて、どうなっているのかわからない。


「ねェ、懐中電灯とか持ってるゥ?」

「持ってない」


 急な質問に私が首を振ると、アヤトキはごそごそと何か探り始めた。


「やだ、ホント? アタシ、お店のマッチくらいしか……」

「やめて営業しないで」

「未成年は誘わないわ」

「誘われてもやだよ」


 しかも、本当にマッチが出てきた。

 マッチなんて、使い方もわかんないけどなぁ。

 ついでのような手つきで、白い紙を差し出された。


「何これ」

「名刺よ。何かあったら、来てちょうだいね」

「営業すんな」


 しかも、未成年相手に。

 受け取った名刺には、アヤトキの名前と電話番号、あとメッセージアプリのIDが記載されている。

 ノルマとかあるのかな。システムとか、全然知らないけど。

 ジャージのポケットに捻じ込んで、代わりにスマホを取り出した。


「やだっ、いいもの持ってるじゃない! 電話した?」

「電波なんて飛んでないよ」

「ええー、そーなの? 役に立たないわね」

「そんなこと言ってると、照らしてあげないからね」


 通信機能が完全になくなっているスマホの使い道は、カメラとライトとメモくらいだ。

 ライトをつけて階段を照らし出す。

 階段はそれなりに長いようで、光が届かないくらい伸びている。

 嫌な感じしかしないけど、戻れなくなった以上は、進むしかないかも。

 隣を見ると、アヤトキはまだ何か漁っている。


「アタシ、もっと何か……あ、香水の瓶はあったわ。空っぽだけど」

「それもうゴミじゃん」

「部屋の芳香剤代わりにはなるのよ!!」

「貧乏クサッ!」

「生活の知恵と言ってちょうだい!」


 知りたくなかった。そんな生活感。

 アヤトキの手を見ると、小さな瓶がある。

 香水の瓶ってもっと大きいイメージだけど、本当に小さい。

 小指サイズという感じ。


「ていうか、どうして香水の瓶なんか持ち歩いてるの?」

「普段は部屋にあるのよ。どうしてだか、ポケットにあって」

「ドレスにポケットなんてあるの?」

「ないわよ。だから、貴重品は内側の……」

「いやいやいや、いいいい。見せなくていい」


 ちらりとスリットから手を差し入れられて、思わず全力で制止した。

 内側のポケットなのか。それとも、スパッツ的なものかな。

 ポケットがあるんだから、もっと分厚いのかな。

 いや、どうでもいい。どうでもいい。知りたくない。


「とにかく上がろ。行くとこないしさ」


 手すりがないから壁に片手をついて階段を踏む。

 階段は、しっかりしている。ハリボテじゃない。

 さっきまで、ここに廊下があったなんてうそみたいだ。


「それもそーよねェ……」


 数段上ると、アヤトキが後ろからついて来た。

 振り返ってみると、ドアは開いたままになっている。

 さっきは勝手に閉じたのにな。


「結構、急な階段ねェ……」

「段も狭いし、ギシギシいってる」

「落ちないよーにね。アタシじゃ受け止めてあげられないわ」

「この角度で落ちたら、もう事故死だよ」


 いや、アヤトキなら、私くらい受け止められるだろうとは思うけど。

 とにかく、今は上を目指す。

 階段には電灯だとか、そういうものは全くない。その痕跡もない。

 そもそも電気が通っているのかどうかすら、怪しいくらい。

 下の展示室の雰囲気とは全然違って、古臭い木製で日本家屋感がある。ちょっと怖い。


「ん?」

「何よ? どうしたの?」


 ある程度まで上ってくると、何か音が聞こえた。

 止まって耳を澄ませる。

 後ろで、アヤトキも静かになった。

 じっと音を待っていると、また聞こえて来た。


「……ピアノ、かな?」

「そうねェ、そんなカンジだけど……」


 ということは、誰かいるのか。

 いや、いなかったら完全にホラーなんだけど。

 ホラーはいらない。全くいらない。怖いのはキライなんだよね。


「これ、だよね?」


 見えてきたのはドアだ。

 他には何もなくて、階段の頂点にドアだけがある。

 構造として不自然極まりないけど、そもそも不自然さだったら既にいっぱい転がってた。

 ドアの前に上がり、そっと耳をつける。

 やっぱり、ピアノの音はこの向こうからっぽい。


「他に何もなさそうだしねェ」


 スマホのライトで周辺を照らし出してみるけど、壁があるだけ。

 壁。天井。階段。ドア。

 窓もないから、結局はこのドアしか選ぶものがない。


「ちょっと、ごめんなさいねェ」


 アヤトキが私と立ち位置を少し入れ替えた。

 率先してドアを開いてくれるのは助かるけど、階段も先に行って欲しい。

 ゆっくりとドアノブを回す。

 鍵は掛かっていないようで、ドアはすぐに開いた。

 そーっと慎重にドアを押していくと、ピアノの音はだんだん強くなってきた。


「……あら、廊下ね」


 ドアを大きく開いてしまえば、白い壁と天井、そして床が見えた。

 一階の廊下とは違うな、ということくらいしかわからない。


「あっちから聞こえてるね」

「そうねェ……」


 ドアをくぐると、左右に廊下が伸びている。

 ここがちょうど中間なのかもしれない。

 どっちを見ても、ドアが見えている。

 ピアノの音は右側から。

 廊下は広くて、ドアを大きく開いても余裕があるくらい。


「ひとまず、ピアノの方から行ってみましょーか」


 自動演奏でなかったら、誰かがいる、はずだけど。

 それはそれで怖い。

 私たちみたいに迷ってる人かもしれないけど。

 だとしたら、なんでピアノなんか弾いてんだよって言いたい。

 アヤトキがゆっくりとドアを閉じた。


「じゃあ、あっちね」


 ドアを背にして右側。

 広い廊下を真っ直ぐに歩いていく。

 窓があるけど、外は真っ暗だ。暗いというより、塗り潰されているように見える。

 廊下の天井にはきちんと灯りがついていて、さっきまで暗いところにいたからすごく明るく感じた。


「開くわよ。いい?」

「うん」


 廊下の突き当たりにあるドア以外には、何もなさそう。

 ピアノの音は、まだ続いている。

 私には、これが何の曲なのかはわからない。アヤトキは知ってるのかな。

 ゆっくりとドアノブを回したとき、ぴたりと音は止まった。


「……」

「……」


 一気に緊張感が走った。

 ぴたりと動きを止めたアヤトキが息も止めている。


「……あ、あけてよ……」

「う、うう、だってェ……」


 誰か、いるのかもしれない。

 住人とか、かな。でも、ここが普通の家だなんて、もう全然思えない。

 洋風のカラクリ屋敷だって言われても、ちっとも納得できないもん。


「い、いい? 開くわよ」

「うん」

「おじゃましまーすっ!」


 気合の入ったあいさつと同時に、アヤトキはこれでもかと勢いをつけてドアを開いた。

 もしも人が立っていたら、ぶっ飛ばしていそうな勢い。


「……い、いない?」


 部屋の中には、誰もいない。

 待ってよむしろ怖いんだけど。

 じゃあ、誰が音を出してたの。


「やぁだぁっ、いないの?」

「ちょっ、目! 開けててよっ、怖いなっ!」


 アヤトキを見ると、ドアを開いた姿勢のまま完全に目を閉じていた。がんばれオネエ。

 音楽室みたいな床と壁。すごく広いけど、中央にグランドピアノがあるだけ。

 壁には、音楽家の肖像画が何枚か掛けられている。

 窓はあるけど、やっぱり外は真っ黒。

 どこかに抜け出せるような出入り口は、パッと見た感じだと、なさそうだけど。


「……やだもう、お化け屋敷なのっ? そーゆーの嫌よ、怖いわァ」

「どっちかっていうと、退治しそうなキャラだけどね」


 キャラの濃さ的に。

 幽霊だって、スキンヘッドのチャイナドレスおねにいさんとは会いたくないだろ。

 体格的にはゴツくないけど、背が高い分だけ威圧感はあるな。

 ゆっくりと、なるべく静かに部屋の中に入ってみる。

 本当に、ピアノ以外にはこれといったものがない。

 ライトを切ったスマホをポケットに捻じ込んで、ピアノに近寄ってみる。


「……ん?」


 黒鍵の上に、何かある。

 小さく折りたたまれた紙が、隙間に捻じ込まれていた。

 引っ張り出してみると、文字が書かれている。


「ちょっとー、どうしたの?」

「何か書いてあるよ」


 アヤトキがやっと部屋に入ってきた。

 きょろきょろと周囲を見回して警戒しているけど、どっちかといえば不審者側っぽい。

 広げた紙を見せると、アヤトキは口許に手を当てて首を傾げた。


「"正しく並び替えよ"……って何よ。何の話?」

「さあ、わかんない」

「んー……正しくない並びになっているものを、見つけないといけないってコト?」


 問題を見つけて来いってことなのかな。

 めんどうくさい。

 アヤトキは私の手から紙を取って、裏返したり光に透かしたりしている。

 特に、これといって意味はなかったようだけど。


「じゃあ、あっちの部屋じゃない?」

「ひとまず、見て回るしかないわね……」


 アヤトキは、明らかに乗り気ではなくなって来た。

 ピアノが急に静かになって、人がいなかったダメージが強いみたい。

 でも、そのあたりの条件は私も同じだから、ここはサクサクと進行したいかな。


「反対の部屋に行こ。それ持ってて」

「アタシがっ!?」

「えっ、そんなにビビる?」


 紙切れ一枚でそんな。

 ひらひらと手を振って、適当になだめてから廊下に出る。

 真っ直ぐに進んで辿り着いたドアを開くと、こっちも広い教室のような部屋だった。

 さっきとは違って、あっちこっちに楽器が並んでる。

 ほとんど、知らない楽器だけど。

 ヴァイオリンに、ギター。鉄琴木琴。ハープ。トランペット。サックス。

 オカリナ、フルート。リコーダー。チェロ。ドラム。オルガンに、シンバル。

 それくらいかな。あ、カスタネットもある。

 

「ちょっとォッ! もうっ、ノックもしないで開けちゃだめでしょ!?」


 後ろから叱られた。

 自分だってさっきはノックしてないクセに。

 アヤトキは、割とビビりらしい。


「誰かいたら謝るからいいよ」

「よくないわよっ、次から気をつけてねっ! 相手は変質者かもしれないでしょっ」

「なんで、そんないきなり警戒レベル上がってるの……」


 ていうか、もう全然おばけじゃないけどいいのか。

 アヤトキは、入り口でドアをつかんだまま固まっている。

 入る気なさそう。


「ねえ、楽器に順番ってあるの?」

「えぇっ? えー、そんなの知らないわよォ……うーん。もっとヒント、ないの?」

「ヒントって」


 自分は探索する気ゼロの割りに、注文が多いな。

 部屋を歩き回ってみるけど、特に何もなさそうだ。

 さっきみたいに紙が落ちているわけでもない。

 並び直すにしても、動かすのは厳しい気もする。

 何かよくわからない、おっきいのもあるし。何だこれ。

 ギターは何本もあるし。見分けがつかない。


「他に探すところとかないよね」

「アカネちゃん。気をつけてッ、楽器を壊さないようにねッ」

「心配するとこ間違ってるから!」


 しかも、いちいちうるさい。


「もー、いいからっ、アヤトキは廊下でも見てて!」


 見られていると落ち着かない。

 部屋に入る気がないなら、別のところを探して欲しい。

 振り返ると、アヤトキはもういなくなっていた。早っ。


「……」


 一瞬逃げたのかと思ったけど。

 廊下で足音が止まったり動いたりを繰り返している。

 本当に、廊下の方で探しているみたい。ま、それならそれでいいかな。

 とりあえず、ひとつずつ楽器の写真を撮ってみる。

 スマホがあって良かった。変にマッチだけとかだったら、めっちゃつらい。


「……んー、こんなもんかな……」


 壁には何も貼られていない。もちろん、掛けられてもいない。

 窓を開こうとしたけど、完全に固まっていてビクともしなかった。

 ドアの裏も確認した。何もない。

 そろそろ出ようかと思ったとき、廊下から猛烈に走る音が聞こえて来た。


「──アカネちゃんっ、見つけたわっ! きっとあれよっ」

「うわっ、びっくりしたっ」

「来てちょうだいっ、早く!」


 ずんずんと近づいて来たアヤトキに手を引っ張られて、強引に廊下へ出された。


「え、ちょ、ちょっと、何? そんなに急ぎ?」

「急いではないけど、怖いんだものっ! ひとりにしないで欲しいわっ」

「ひとりにはなってないだろ……」


 おばけ説が怖すぎたのかもしれない。

 そんな、勝手にビビり続けないで欲しい。


「おばけなんていないし」

「いないわよっ!? いたとしても変質者よっ!」

「やめて、全力で人間にしないで」


 人間がいた方が怖い。

 絶対に怖い。

 アヤトキに引っ張られてやって来たのは、階段に繋がるドアの前。

 まさか帰りたいとか言い出すのではないかと思ったら、唐突に天井を指で示しされた。


「何もないけど……」

「ちゃんと見なさいってば、こっちよ!」

「えぇ?」


 天井から少し視線を下げる。

 ドアの上あたり、天井までのスペース。その壁に、何か書いてあった。




「"ホニトイハロヘ"?」


 何だそれ。

 どういうことだろう。

 アヤトキを見ると、「いろは歌かと思ったのよ」と唇を尖らせた。


 やめろスキンヘッド。かわいこぶるんじゃない。

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