2.アカネ、オネエと遭遇する
スキンヘッドのおにい、え、何だろ。おねにいさん?
シャドウもリップもばりばりで、メイクが完成され尽くしてて、逆に目のやり場に困る。
ドレスから出てる脚も、エステ直後ですかってくらいぴかってる。全身脱毛済みっぽい。
生オネエ、初めて見た。
「ちょっとー、ボーイッシュちゃん。アタシがキレイだからって、そんなに見ないでくれるぅ?」
両手を頬に当てながら、腰をくねってポーズを取られた。
ヤバい。殴りたい。
ていうか、ボーイッシュちゃんってやめてほしい。
確かに私は髪が短いけど、ベリーショートってわけじゃない。
そもそも、スキンヘッドに言われたくない。
ぴかってるのは脚だけじゃないじゃんお前。
「ま、そうねェ。いきなり声を掛けられたら、ビックリしちゃうわよねェ」
いろんな意味でびっくりだよ。
ビジュアルにびっくりしてんだよ。
スキンヘッドオネエは、片手を腰に当てて立ち直した。
いちいちモデルみたいな動きすんなし。
「や、すみません。入る気なかったんで。とにかく、ここから出たいんだけど」
「あら、奇遇ねェ。アタシもそーよ」
思わず本音を出したら、迷子仲間だったことだけが発覚した。
そういえば、"アナタも"とか言ってた気がする。
見た目のインパクト強すぎるんだよ。
話が入ってこないんだよ。
「それじゃあ、まずは自己紹介ねェ?」
オネエが近付いて来た。
スキンヘッドに気を取られてたけど、よくよく見ると、めっちゃ顔ちいさい。
八頭身か、七頭身くらいありそう。え、やば、顔ちいさっ。
いやいや待って。めっちゃ背がデカい。
近づけば近づくほどデカい。オネエって身長制限ないんだ。
いや、もう、オネエなのか女装家なのかわかんないけど。どう違うの。
「アタシ、あやときって言うのよ。ボーイッシュちゃん」
「うそだ!」
勢いで叫んでしまった。
「失礼しちゃうわ。嘘じゃないわ、源氏名よ」
でも、オネエ動じない。
オネエ強い。いや、待って源氏名って何だっけ。聞いたことあるな。
「つまりうそじゃん!」
「あやねえって呼んでね」
「呼ぶか!」
一気に体温上がった気がする。
ひとしきり叫んだあと、はーっと息を吐いて一歩下がった。
うん。デカい。180くらいは余裕でありそう。
「さぁて、アタシが名乗ったんだから、今度はボーイッシュちゃんよ?」
何か勝手に名乗られて、ちょっと理不尽な気持ちになった。
怪しさ爆発だけど、その呼び方もムカつくな。
「ボーイッシュちゃんっていうのやめて」
「お名前は?」
「アカネ」
「アカネちゃん? うふふ、アカネとあやねえで似てるわねェ」
「似てない!」
寄せてきてるわけではないけど、なんとなく嫌だ。
オネエ改めアヤトキは頬に手を当てて、ふう、とため息をついた。
何か、海外ドラマとかに出てきそうな仕草──ああもう、なまめかしい感じやめろ。
「それにしても、ここって薄暗くってやな感じよね。照明加減、お店みたいでキライではないんだけど」
何だろ。オネエバーみたいな感じかな。歌舞伎町ってやつかな。一丁目なのかな。
いらない情報が目立って、必要な話が入って来そうにない。
「もっとぎらついて欲しいわ」
何の話だ。
頬から手を離したアヤトキは、軽く肩を竦めた。
「アタシもね、アンタみたいに覗いて回ったんだけど、特に何もないのよねェ」
「あっちの廊下から来たの?」
「そーよ。ドアだって、あそこにしかなかったわ」
「廊下の向こう側は?」
「行ったけど、ダメだったわ。一周させられるだけよ。やぁねえ、こんなトコ。早く出たいわァ」
私もさっさと出たい。
スタート地点が同じ場所で、ここで合流しちゃったなら、行動もほとんど同じだったのかも。
ここから先にもヒントがないなら、探索するだけムダってことかな。
「ここは全部見たの?」
「このフロアはぜーんぶ見たと思うけれど、見落としがないとは言い切れないわねェ」
「じゃあ、もっかい見て回る? 私も一応見たいし」
「そーねェ、ふたり分の目で確認したら、何かわかるかもしれないしね」
ウインクされた。
うっぜえ。
でも、悪いやつでもなさそうかな。
ひとまず、次の区画へと移る。
「うぉわ……」
少し広めのスペースには、あっちこっちに石像が立っている。
壁にも彫刻が掛けられていて、彫刻展示スペースっぽい。
どれもこれも、妙にリアルでちょっと気持ち悪い。
「彫刻ってすごいわよねェ。肌の質感とか、布の肌触りまで感じられそうで」
アヤトキは、こういうものが好きらしい。
じっくりと石像を眺めながら、ゆったりと歩いていく。
スペースに入らずに覗いているだけだった私よりも、しっかり見ている感じがする。
「こわくない?」
今にも動き出しそうで、ちょっとそわそわしてしまう。
真ん中の石像は二体。どちらも女の子で、前後に並んでいる。意味があるのかな。
「あら、そーお? 何だか技術の結晶みたいでイイじゃない。好きよ」
「男の子って職人動画とか好きだもんね……」
「待って、やだ。男の子ってカテゴリーに入れないでちょうだい!」
細かいオネエだ。
「アタシは大人よ!」
そっちかよ。
そんなの見たらわかるわい。
「いつまでたっても少年とか言うじゃん」
「それ、若く見えるってこと?」
「ポジティブが爆発しそう」
オネエは放置して、壁際に飾られている彫刻を見る。
どれも本物そっくりというか、精巧すぎてぞわぞわしてしまう。
手だけの彫刻とか、動き出しそうな気がするくらいにリアル。
他にも花とか鳥とか、顔だけとか、胸像ってやつとか。いろいろある。
首がないやつとか、腕がないのとか。何だろ、意味があるのかな。
布を顔にかぶった女の人とか、ぞっとするくらいホンモノっぽい。
アヤトキの言うとおり、触ったらやわらかそうだと思ってしまうくらい。
「あっちは……」
あんまり囲まれていると、ぞわぞわが強くなっちゃう。ここで終わろう。
太い柱と壁で仕切られている次の区画へ向かう。
「ああ、そっちは風景画でねェ。あっちが人物画で、その向こうは雑多な絵が集めてあったわ」
ひょいっとスペースを覗くと、確かに風景画が並んでいる。
見たことがあるような絵もあったけど、画家の名前なんてほとんど知らない。
すぐにやめて、アヤトキを振り返った。
「ざったな絵って?」
「植物がメインだけど、他にも色々あったから……見れば、すぐにわかるわ」
「ふうん?」
百聞は一見にしかず、みたいなものかな。
アヤトキの後ろを追いかけて、ざったな絵のコーナーに向かう。
途中で横切った人物画のコーナーも、私はちょっと苦手。
絵の目が全部こっちを見てるみたいで、気持ち悪い。
「ほら、ここよ」
アヤトキの隣に並んでスペースに入る。
大小さまざまな絵が壁に掛けられていて、よく見ると、額縁のデザインも違う。
絵のサイズにすら、合っていないものもある。何だこれ。
いろんな意味で、ふぞろいだ。
花の絵画で占められた一角もあるけど、他にも動物、子ども、小物、いろんなテーマの絵が並ぶ。
「それと、あっちには置き物があったわ。骨董品みたいな感じね」
「ふーん?」
骨董品とか言われても、ぴんと来ない。
キンピカなのは美術品で、古くて和風なのが骨董品、みたいなイメージかな。
ひととおり絵を眺めてから、次の区画へ行く。
途中で手形や足形みたいなものが、真ん中の通路にあった。
何だ、あれ。今までの通路には、あんなのなかったけど。
手は全部で四つ、足は六つ。
「ああ、アレ? あのね、アタシも気になったのよ」
「よくあるよね、乗ったら動くみたいな」
「そうそう。気になったから乗ったみたけど、ぜーんぜん。何ともなかったわ」
「だろうね」
それで動くのなら、こんなところに留まっているはずがない。
気になるのは、手形の大きさも高さも違うところ、くらいか。
足跡の方は、どうだろ。そこまでちゃんと見てない。
置き物の展示コーナーに入ると、たくさんの動物が出迎えてくれた。
リスやキリン、カバやゾウ、ネコにオオカミ、ヒツジ、ライオン。
ずらりと並んだ木製の置き物たちは、確かに古そうな感じがした。
でも、並び方に意図的なものがあるようにも感じられない。
強いて言うのなら、ひとつかな。
カエルがあるのが気になる。
「なんでいきなり両生類……」
他の置き物はすべて哺乳類なのに、どうしてカエルだけ。
不思議に思って触ってみたけど、ビクともしない。
気になって、他の置き物をつついてみるけど、台に固定されているのはカエルだけっぽい。
意味深。
「アタシもそれが気になったんだけど、どうにもなんないのよね」
「まあ、明らかに怪しいもんね」
気にならない方がおかしいレベル。
カエルの顔を覗き込むと、目がないことに気がついた。
他の動物とは違って、目の部分がくりぬかれている。怖い。
「たぶん、意味があるとは思うのよ。でも、どう使うのか、さっぱり……」
「うーん……」
ヒントもないのに、謎の解きようがない。
というか、問題文とかあれば、せめて謎解きかな、くらいには思うのに。
置き物たちを眺めてみたけど、やっぱり気になるのはカエルだ。
カエルの横に立って、視線がどこに向いているのかを見る。
「目がないから、視線の先にー、とか。目に何かハメる、とか」
「そうねェ、セオリーよねェ。アンタ、結構そーゆーゲームとか好き?」
「全然」
謎解きどころか、なぞなぞもあんまり好きじゃない。
引っかけ問題とかあったら、すぐに投げ出すタイプ。
クイズ番組も好きじゃない。あんなの、特別に頭がいい人の娯楽だと思う。
「苦手っぽいわよね」
あ、ちょっとバカにされた。
くやしいから、このカエルだけはどうにかしたい。
あー、でも、どうにかっていうか、そもそもこのカエルがヒントだってワケでもないか。
いかにも、な感じではあるんだけど。
「アカネちゃんは運動とかしてたの?」
「なんで?」
「だって、ジャージでしょ」
それを言うなら、お前のチャイナドレスは何なんだという話だけどな。
唐突な質問に顔を上げると、アヤトキは笑って手を揺らした。
「気合入れてダイエットしてたの?」
「してないっていうか、これ学校指定のジャージだから普段使ってないよ」
「えっ、そうなの!? ゼッケンもないのにっ!?」
「ゼッケ……えー、いまどき名札もつけたまんまにはしないよ」
ゼッサンを縫い付ける、なんて昔の話だ。
今は防犯上の理由だとかで、基本的に名前の書かれたものは服や鞄につけない。
だけど、アヤトキは驚き顔だ。
そのことに私が驚きだけど。
「やだもう、ゼッケンを縫う授業とかないの? 家庭科でするでしょ?」
「しないよ」
「え、えぇっ、じゃあ、レタリングでゼッケン書いたりとかも? 美術でやるわよね?」
「やらない」
「なんてことなの、ジャネギャッ!!」
「え、何それ。悲鳴?」
バグってるアヤトキは無視して、もう一度カエルに挑戦しよう。
「……ん?」
カエルの後ろに回って、同じくらいの高さまで身を屈めてみる。
すると、カエルが、柱の方を向いているのがわかった。
手前の柱の角と、ひとつ前の区画の入り口にあたる柱。
その、ちょうど真ん中あたりを見つめている形になる。
何だろう。これで意味がないとしたら、固定したヤツ、ウザすぎる。
「何か見えた?」
「このカエル、足形を見てるっぽいんだけど」
「あら、そーなの? こっち?」
アヤトキがゆっくりと動いて、通路に立ってくれる。
なるほど。確かに、ふたりいた方がやりやすい。
今やっと、アヤトキがいて良かったと思った。
「もうちょっと左に寄って、あ、あっ、逆! 私から見て左!」
「アンタねぇっ、指示するんならアタシから見た側で言いなさいよっ!」
「うっさいなぁもう! わかったわかった!」
前言撤回。全然よくない。
口で言うのはやめて、手で示すことにした。
カエルから見えている範囲にある足跡は、ふたつ。
それぞれ、少し位置がずれているけど、同じ方向を向いている。
「何だろ……意味があるのかも」
「じゃあ、アンタも乗ってみたら? ふたりだったら、動くかもしれないでしょ?」
「まあ、試してみてもいいけど」
カエルから離れて通路に出る。
足形の上に立つと、正面の壁に手形が来る位置関係だ。
ずいぶんと高い位置にある。低かったとしても、壁が遠くて触れないけど。
アヤトキも私も乗ってみたけど、別に何ともない。
「ね、何もないでしょ?」
「うーん……じゃあ、あの手形は?」
「乗ったまま手形に触るのは、ちょっと無理じゃない?」
「だよねー」
それだと、もっと人数が必要になりそうな気がする。
だけど、現時点で誰か他に人がいるとも思えない。
ここにいるのなら、もう見つけられているはずだし。
置き物コーナーが最後っぽいから、余計にそのはず。
隠れる場所だって、特にはないし。
「アタシが乗ってるから、手形に触ってみてくれる?」
「いいけど」
正面の壁にある手形に触れてみた。
こっちの位置は、私の身長でも楽に届く範囲だ。手もぴったり。
アヤトキが、さっきまで私が立っていた位置に立つ。
「……」
「……」
「何ともないわねェ」
「だよね」
「逆にしてみない?」
「いいけどさー」
現時点で何のヒントもないわけで、他にやることもない。
仕方ないから、試しておこうかなという感じ。
アヤトキと場所を変わって、私が足形に立つ。
こっちの足形は、すごくしっくり来る。
何だろう。サイズ感ぴったりだ。
「……何ともないわね」
逆に壁の手形は、アヤトキには小さすぎたみたい。
重ねるというよりも、覆い隠しているっていう感じになってる。
「うーん。でも、コレを使うのは使うような気がする」
「アタシもそれは思うけどー、でも、他に何かやりようがある?」
「わかんないけど」
だけど、他にそれらしいものも見つからない。
やっぱり、この足形と手形が怪しい。怪しいのは怪しいけど、何に使うんだよ。
「あ、そうだ」
「なぁに?」
「あのさ、あっちの手形って届く?」
「こっちぃ? 届くけど……」
高い位置にある手形は、アヤトキの手のサイズとほぼ同じみたい。
低い位置にある手形は、私のサイズとほとんど同じ。
そもそも、高い位置の方は、私じゃ届かないんだけど。
「……もしかして、サイズだったりする?」
私のつぶやきに、アヤトキはきょとんと目を丸くした。
気がついていなかったのか、改めて壁と床を見比べたアヤトキは「ああっ」と声を出した。
「アタシはこっちってことね!」
そんな楽観的に喜ばれても困るけど。
いそいそと、もうひとつの足形に乗るアヤトキは、ムダに嬉しそうだ。
「アンタ、冴えてるわねェッ!」
「や、でも、何にも起こってな──」
絶賛ぬか喜び中のアヤトキに言葉を返していた途中、何か大きなものが倒れる音が響き渡った。
反射的にビクッと肩が震えて、全身が強張る。
「……や、やだ。何なの」
「え、知らない……」
アヤトキを見ると、両手で頭を抱えて屈み込んでいた。地震かな。
ていうか、屈まないで欲しい。ドレスの際どいスリットが怖い。
見えそうで怖い。見たくなくて怖い。
スリットから全然ちらりともしてないけど、何履いてんだろオネエ。
いや、知りたくないけど。
「あっちから、よね?」
「そうっぽいけど……」
ゆっくりと立ち上がったアヤトキは、ナチュラルに私の後ろに立った。
先頭にされた。何だこいつ。
来た道を戻っていくけど、何かが倒れている様子はない。
石像や彫刻だって無事だ。
「えー、ちょっと、やだァー、何なの、何が起きてるのッ」
パニックになるオネエ。
嫌なのは私だよ。
「戻ってきたけど、何にもないね」
とうとう、入ってきたドアの前まで来てしまった。
別に絵画も置き物も標本も模型も、ついでに宝石や人形も無事。
「嫌だわ。暗いから余計に怖くなるのよ。一旦、明るいところに出ましょーよー」
怖がるポイントがちょっとよくわからない。
前に進み出たアヤトキがドアを開いた。
けれど、その向こうには廊下なんてない。
「……え?」
「……は?」
ドアの向こう側には階段が、上へ上へと伸びていた。