15.アカネ、地下を探索する
床の下に伸びた階段には、灯りがついていた。
どこから照らされているのかはわからないけど、白い階段がぼんやりと浮かんでいる。
足元が見えにくいわけでもないから、ひとまず今のところライトはいらないかな。
最初の廊下みたいに、こっちの動きに光がついて来る感じでもない。
白い石の中から光が出ているみたいな、石自体が光っているみたいな。
階段を下りていくと、広い通路に出た。
古そうなレンガが敷き詰められていて、海外チックな雰囲気。
行ったことないけど。
「……うーん?」
通路は、まっすぐに続いている。
両脇の壁は石の壁。ザラザラしてる。
ドアや窓っぽいものは、今のところなさそう。
ちらりと時間を確認してから、歩き出した。
今度は、階段がなくなりませんように。
「あっ」
しばらく歩いていると、通路が二手に分かれた。
やだな、これ。こういうの苦手なんだけどな。
右か、左か。
少し迷ったけど、ひとまず右にしよう。
単純な迷路だったら、右手で壁にさわってたら大丈夫とか聞いたことある。
あまり遠くまで行くと、帰るのに時間がかかっちゃう。
とりあえず、区切りのいいところまで進もうかな。
そう決めて歩いていると、また通路が分かれていた。
壁から手を離したくないから、右に曲がる。
これで二回、曲がった。
帰り道が変わっていないようにと、祈りながら進む。
マジックペンとか持ってたら、しるしをつけて歩くのにな。
さらに歩き続けていると、今度は音が聞こえた。
「ん? なに?」
音。音だ。
私が止まっても、音は続いている。
硬いものが、当たっているような。
靴音かな。
コツン。
カツン。
反響してわかりにくいけど、歩いているっぽい間隔で音が聞こえる。
私たち以外に迷っている人がいるのかも。
アオイも私たちと会う前は、違うところをうろうろしていたみたいだし。
「誰かいるのーっ?」
思い切って声を出してみた。
すると、音がぴたりと止まる。
やめてよ。ホラーじゃん。
「……」
壁に肩を押し付けて、じっと待つ。
このまま私が動いたら、場所を知らせるようなものだと思う。
しまった。声なんて出さなかったらよかった。
相手がどんな人かもわからないのに、ちょっと軽率だったかも。
「……!」
コツン、と音が響いた。
それは少しずつ速くなってきて、走っているような。
「やばっ」
こっちに来る。
音は少しずつ大きくなっていた。
あきらかに、近付いている。
右手の法則だか何だか、知ったことじゃない。
壁から手を離して、一目散に駆け出した。
音はだんだんと大きくなって、響き方も尋常じゃない。
何の音かもわからないけど、誰かが走っている。
さっき曲がった角まで戻ったあたりで、足がもつれて転んでしまった。
思い切り体重をかけてぶつけた膝が痛い。
じーんとした痛みと震えが、膝からふくらはぎまで駆け抜けていく。
走る音が、どんどん近づいて来た。
「──ちょっとォ! 何してるのよ、だいじょうぶ!?」
聞き慣れた声に顔を上げて振り返ると、アヤトキがいた。
「は?」
ちょっと目を疑ったけど、間違いない。
スキンヘッドでチャイナドレスなオネエなんて、そうそうキャラ被りするものじゃない。
転んだ姿勢のまま固まっている私の前に回ったアヤトキは、すぐに屈み込んだ。
「……はー、びっくりしたぁ」
「びっくりしたのはコッチよォ! いきなり逃げて転んで、誰かと思ったわァッ!」
「だれかと思ったのも、こっちだよ」
ていうか返事しろよ。
そう思っている間に、引っ張り起こされた。
力が強い。
「すりむいてない? こんなところで、転ぶなんて……アンタ、意外とトロいのねっ」
「穴に落ちた人に言われたくないよね」
「あんなの不意打ちッ! ドッキリですらないわよッ!!」
アヤトキの声が、めっちゃ響き渡る。
この人、本当に声量がやばいんだな。
アオイが静かだったから、余計にそんな気がしちゃう。
「……って、アオイちゃんはどうしたの? ケンカ? 仲良くしなさいってあやねえ言ったわよねェッ?」
「してないよ!」
あと、あやねえ呼びは認めてない。
「階段がふたつ出てきたから、上と下で分かれたの」
「あら、そーだったの? ゴメンナサイね。でも、ひとりきりにしちゃって大丈夫?」
「私だって、さっきまでひとりだったんだけど」
「アカネちゃんは、どうにでもなりそーだし……」
どういう意味だよ。
地味にじんじんと痛む膝を軽く払って、ぐっと腰を伸ばした。
ジャージでよかった。
これで制服だったら、膝にダイレクトアタックじゃん。
ジャージの生地だけで、防御力マックスな気はしないけど。
「ま、いいけど……アヤトキ、無事だったんだね」
「無事じゃないわよォッ! 腰が痛いのよ。ガツンと打っちゃったんだからァッ!」
「それで済んでる時点で頑丈だよ」
階段を下りた感想でいうと、なかなか深くまで落ちている気がする。
あと、上から聞いた声の遠さと響きっぷりでいうと、やっぱり穴は深かったとしか思えない。
「やーねェッ、柔なオネエなんていないわよォッ! オネエ舐めないで!」
「ん、はい。すごいすごい。……でさ。1時間後に集合する約束してて、それまでは探索する気だけど」
「あら、先に帰れなんて言わないでね? アタシ、すごい発見をしたのよ」
「出口?」
だったら世紀の大発見レベル。
「……やだ。訂正するわ。ちょっぴりすごい発見したの」
出口ではなかった。
胸を張って言うから、何かと思ったのにな。
本当に出口かと思ったわけではないけど。
「あっちよ」
アヤトキは、角まで戻って奥を指差した。
さっきまでアヤトキがいた方向で、つまり私が進もうとしていた道。
正解だったじゃん。
「何か部屋とかあるの?」
角を曲がって、さっき走った道を進みながら聞くとアヤトキは首を振った。
「部屋なんてないわ、行き止まりよ」
「おい」
「やだっ、ただの行き止まりじゃないのッ! 落ち着いてよ、もうッ!」
いやだわァ、だとか何とか言いながら、頬に手を当てるアヤトキ。
私はそのポーズがイヤだよ。
わざとらしい溜め息をついたあと、アヤトキは手を唇に当てた。
「壁に文字があったのよ。でも、意味がわからなくってねェ……」
「どういう文字?」
「たくさんあったから、見た方が早いわよ」
「ふぅん?」
石の壁に文字。
さっきは、石像と岩だったけど。
ここに下りる階段が元々は石像だったことを考えると、それぞれ繋がりがあるかも。
「すぐそこよ」
アヤトキはあっさり言うけど、結構走っていたような気がするな。
壁の様子も床の様子も、特に変わりはない。
しばらく歩くと、行き止まりが見えた。
だけど、ただの行き止まりじゃない。
通路の先に、四角いスペースがある感じ。
アヤトキの言う通り、部屋ってほどでもないけど。
「ここよ、ここ。見てみなさいよ」
十畳くらいかな。
スペースの壁には、右にも左にも文字が書かれている。
そして正面には、さっき上で見たものと似た文言が並ぶ。
" ウラギリノ イロ ニ マドワサレル ナ "
裏切りに、仲間外れ。
上でも、同じ言葉が浮かび上がっていたけど。
やっぱり関係しているのかも。
「ね? 意味わかんないでしょ?」
アヤトキは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
確かに、さっきのやり取りがなかったら、私だって同じ気持ちになっていたと思う。
だけど。
「アヤトキ。実はさ、その、上でさ……裏切った仲間外れは誰って、問題が出たんだよね」
「え? そーだったの? じゃあ、同じような答えってコト?」
「や、それがさ……」
何と言って説明すればいいのか。
ちょっと、言葉に迷う。
「やだっ、アカネちゃんが言いにくいコトってなによ? 下ネタ?」
「やめろ」
私ってどういうイメージなんだよ。
ふざけんなと言いたいところだよ、そんなの。
不名誉にもほどがある。
「仲間外れの答えが、"アオイ"だったの」
そう言うと、アヤトキはぎょっとした。
汚いものでも踏んだような顔だな。
「やだっ、何それ! ブルーってこと?」
あ、そういう感じか。
そうなっちゃう感じなのか。
なるほどね。あー、うん。なるほどね。
アヤトキは両手を腰に当てて、大げさな動きで肩を上下に揺らした。
「違うの? まさか、アオイちゃんじゃないでしょ?」
アヤトキは、ちらりとも疑わなかったみたい。
あの場にアヤトキがいたら、流れも空気も変わったのかな。
そんなこと、今さら思ってもどうしようもないけど。
「……そうじゃない、って、私も思いたいけど」
だけど、そうだっていう証拠もないけど、そうじゃないって証明もない。
すると、アヤトキが腕を伸ばしてきた。
そしてぺちぺちと頬に触れる。
「シャキッとしなさい! シャキッと! 信じたいなら信じるでイイのよ! 何かあったら、そっから考えればイイの!」
「ちょ、ぺちぺちしないで」
「だってェッ! アカネちゃんらしくないじゃないの!」
ぺちぺちぺちぺち。
痛くはないけど、こんなに人から頬をぺちぺちされることなんてない。
手を離したアヤトキは、両手を軽く上げた。
降参ポーズみたいな。
それから、両方の肩に手を置いてくる。
「イイ? アカネちゃん。疑う方も疑われる方だって苦しいのよ。苦しい方に行かなくてイイの」
グッと一気に顔が近づいた。
まつ毛、なっが。エクステかな。
アヤトキの表情は、真剣そのもの。
「不安になるのは、信じたいからよ。だったら、信じるのよ! アンタがアオイちゃんを裏切ってどーするの!」
「……う、うん」
勢いに押されてうなづくと、アヤトキは少し顔を離してから笑みを浮かべた。
「アタシね、肝がすわってて素直で猪突猛進っぽい男前なアカネちゃんが好きよ!」
「男前言うな」
「ほめてるのよッ! ほめられておきなさいよっ、素直じゃないわねェッ!」
「さっき自分で素直って言ったのにッ!?」
言い合いをしていると、ガリリッと削る音が届いた。
アヤトキと、ほとんど同時に壁を見る。
" ナカマハズレ ノ イロ ヲ サガセ "
壁の文言が、増えていた。





