10.アカネ、文字拾いをする
私の手を使って、ふたりが迷路を解き始めた。
それだけ言うとなかなか謎な状態だと思う。
「同じ数字同士で当てはめるわよ。アカネちゃんがライト持ってて良かったわァー」
「スマホな」
「マッチだったらこうはいかないわ。さすがよ、アカネちゃん」
謎のほめ方をされた。
別に、ほめればいいって話でもない。
嫌な気はしないけど。
「いくわよー……最初は、右を上だから、"右"ね」
「はい」
「次は、左が下。だから、"右"ね」
「はい」
アオイが迷路の上で、ゆっくりと指を動かしていく。
ひとずつタイルをなぞって、壁に当たったところで止まる。
止まったら、壁に背を向ける。そこまで再現はしないけど。
それにしても、アヤトキすごいな。
私の手を見てて、左右どっちだっけってならないのかな。
絶対に自分の手を見たほうが早いだろ。
ともかく、私の手で方向を決めてはアオイの指が迷路を進む。
それを四回繰り返す。
すると、アヤトキがハッと目を見開いて私を見た。
「やだ、待って! 5番目って抜けてるじゃない……」
「ここで止まると、三方が壁になってしまいますね」
「え、ちょっとォ、これー……どの角に背よ?」
迷路で延々つまづいちゃう。
私の手はアヤトキに任せて、アオイの手元を見た。
アオイは、指を迷路に乗せたままで止まっている。
その親指は、下を向いている。これは他の指と、そんなに大差はない。
「角じゃなくて壁だよ。あと、指示がないところって、まっすぐだと思うな」
「どーゆーコト?」
「手を下ろしたら、親指は前になるからだよ。下は向いてるけど」
正確には、前を示してはいないけど。
でも、それを言い出すなら指をきれいにそろえた状態だったら、親指は左右をささない。
同じ条件で考えるしかないはずだもの。
「では、ルートはこちらになりますね」
ある程度まで進むと、アオイがおもむろにペンを取り出した。
ペン、っていうか、万年筆か。
高そうだ。たぶん実際にとても高いんだろうな。
持ち物からして、お嬢様だよ。ベリショでもお嬢様なんだよ。
通った場所に線を引きながら、途中のアルファベットにも丸をつける。
書きやすそうなペン先だな。
紙の上を通るときの音が、軽くてやわらかい。
「最後の空白もアカネさんの言う通りに進むと、ゴールになります」
「やァだもーっ、アカネちゃん冴えてるわねッ!」
「もっとほめていいよ」
アヤトキは、とにかくいつでもうるさい。
にぎやかっていうのかな、これ。
「さぁーっ、これでわかるわね! アオイちゃんっ、何か出たッ?」
そんなレベルじゃないっぽいな。
顔を伏せて迷路を見つめるアオイは、ものすごく物静か。
丸で囲んだアルファベットを迷路の外に書き出している。
「c、o、w、s、l、i、p……カウスリップだと思います」
「そんなお花があるのねェ?」
「あります。でも……」
アオイが絵画を見る。
並んでいる絵画に描かれている花が何なのか。
私も、アヤトキも、見たってわからない。
もちろん。花言葉だって知らないから、紹介文からも読み取れない。
ていうか、紹介文で花言葉がわかって花がわかるなら、最初から絵画見てわかるじゃん。
「ここには、ないみたいで……」
だったら意味がない。
申し訳なさそうだけど、アオイが悪いわけでもないし。
絵画を振り返ったタイミングが、アヤトキとかぶってしまった。
もう気にしないことにする。
アヤトキは、すぐにアオイを見た。
「カウスリップって、別名とかないのォー?」
「あります。黄色い花の見た目が鍵の束に見えるので、鍵、特に天国の鍵と呼ばれています」
どんな花だよ。想像つかない。
鍵と言われると、まだポケットに入ってる鍵が気になるけど。
こっちはクローバーみたいな感じだし、使えそうな場所はまだ見つかってない。
ドアはハズレだったしなぁ。
「──あッ」
そうだ。
鍵といえば、ドア。
ドアは、扉だ。確か、さっきアヤトキが読み上げた中にあった、はず。
「あらっ、何かわかったの?」
「アヤトキ。さっきさぁ、扉とか鍵がどうのって読まなかった?」
「え? あー、ええ、読んだわ。待ってね。えっとー……ああ、アレと、アレよ」
立ち上がったアヤトキが示した絵画は、ふたつ。
私もアオイも立ち上がる。
「こっちが……"偽りを持たざる者にこそ、天上の扉は開かれる"。それと、こっちが"天国の鍵を隠した子羊を抱く手は真実を告げる声のもと"ね」
天国の鍵。
ぴったり一致したけど、子羊を抱いていたのは後ろの女の子だった。
あの子は、両手がふさがっちゃっている。
真実を告げる声っていうのが、わかんないけど。
「ま、いいや。鍵で開くのは扉だよ。アオイ、あれってなんて名前の花?」
「天上の方ですか? あれは、スイセンです」
「……そっか、ありがと。えっと、わかんないけど。何か意味があるかも」
スイセンって言ってもな。
だから何だよって感じしかない。
特にこれといったイメージもないし。
アオイも、首をかしげて困っている。
"偽りを持たざる者にこそ、天上の扉は開かれる"ということは、正解したらドアが開くでいいんじゃないの。
絵画が仕掛けになってるのかもしれない。
「アヤトキ、その絵画って外したりできる?」
「はずすのッ!?」
絵画を眺めていたアヤトキが、勢いよく振り返った。
しかも、目が取れるかと思うくらいに見開いている。
びっくりするからやめてほしい。あと、怖い。
「えぇぇええー、やだァ……絶対、何かあるわァ……」
「何もなかったら、逆に困るじゃん」
「うぅうう、そうだけどォー……」
オネエの決心がつかない。
私が外してもいいけど、そもそも届かないんだよね。
絵画の下にあるプレートに、辛うじて手が当たるかどうかだもん。
それは、アヤトキもわかっているみたい。
自分で外せとは、言って来なかった。
「んんー……もう、仕方ないわねェ。何かあったら守ってよねッ!」
「どうやって」
その図体を。
そこまでは言わなかった。私にもやさしさとか、手加減っていうものがある。
「近くにいてよね?」
「わかったよ」
「アオイちゃんもよ?」
「はい」
これでもかと渋々な態度のアヤトキが、絵画に手を伸ばした。
しっかりと両手で額縁を持つ。
「ちゃんと近くにいてよねッ?」
「わかってるってば」
「急に逃げたりしないでねッ?」
「うん」
「いきなり隠れたりもダメよ!」
「早くして」
いきなり隠れるのも、一番最初にダッシュするのもアヤトキだしな。
アオイを見ると、少し緊張したような顔でアヤトキを見守っている。
絵画ひとつで壁が崩れるわけでもないんだから、そんなに警戒しなくても。
「イヤよッ、何かイヤな予感がするのよッ! もっとやさしく応援してちょーだいッ!」
うっわ、めんどくせえ。
額縁に触ったまま、ぶんぶんと勢いよく首を振るアヤトキ。
その状態の方が、落としたり壊したりしそうで怖いだろ。
思わず、溜め息が出た。
「はいはい、がんばれー」
「心がこもってないでしょッ!?」
くっそめんどくせえ。
だけど、アヤトキにやってもらわないと、どうにもならない。
何も起こらないかもしれないんだし、そこまでビビらなくてもいいのに。
いったい、何が起こる予感がしているんだよ。
アオイと顔を合わせて、こくんとうなづき合った。
「がんばってー、ふぁいとぉー、アヤトキにしかできないよ!」
「アヤトキさん、がんばってくださいっ」
「がんばれー、アヤトキならできるよー、がんばれー」
「集中っ! 集中ですよっ、アヤトキさんっ」
「落ち着いてー、できるできるー、アヤトキならできるよー」
「素敵ですっ、アヤトキさんはさすがですっ」
「頼りにしてるよー、アヤトキじゃないとできないよー」
連携して応援炸裂させたけど、アオイがエールを送り慣れてなさすぎる。
がんばっているのは、アオイの方だよ。これ。
「ふ、ふふふ」
アヤトキが笑い始めた。
壊れたのか。
「そーよねェッ、アタシがいないとダメよねェッ!? アンタ達じゃ届かないものねッ、しっかたないわねェエッ!!」
謎のオネエ風が吹き始めた。
アオイが完全に怯えてるから、そのスイッチはやめてほしい。
早くオフにしてほしい。
「おらァアッ!!」
やばい。オネエスイッチがオフになった。
アヤトキが、むんずと掴んだ額縁を強引に引っ張り上げる。
引っ掛けていたピンか何かが弾け飛んだそのとき、激しい振動と轟音が響き渡った。
「──はッ!?」
「きゃっ」
「ぎゃあぁああああっ!?」
三者三様の声を上げながら、ぐらつく床に伏せる。
後ろの方で何か、バラバラと落ちる音がするけど気にしていられない。
頭を抱えたアオイの傍で膝をつくと、上から何かが覆いかぶさった。
それも、気にしている場合じゃない。
激しい揺れは真下から。地震なのかどうなのかさえ、わからない。
真っ白い煙が流れて細かい破片が転がっていく様子が視界の端に入る。
けど、すぐに怖くなって目を閉じてしまった。
「……?」
揺れがなくなった。
床にすーっと風が通ってる気がする。
お腹を下にしてうずくまった姿勢のまま、そっと目を開いてみた。
「……」
後ろから差し込む光が見える。
少しだけ頭を持ち上げると、青色が見えた。
「──はー……死ぬかと思ったわァアアーッ! もうっ!」
そして、声といっしょにゆっくりと離れていく。
何かと思ったら、アヤトキのチャイナドレスだった。
ということは。覆いかぶさってきたのは、アヤトキだったのか。
音を立てて床に座り込んだアヤトキは、頭に手を当てて壁にもたれかかった。
「アカネちゃんも、アオイちゃんもへーきね?」
「平気だよ。ありがと」
一瞬びっくりしたけど、アヤトキもケガはなさそう。
身体を起こすと、アオイも起き上がった。
「はい、だいじょうぶです……」
アオイは少しめまいでもしているみたい。
こめかみを軽く押さえて、ちょっと辛そう。
アヤトキは、はーっと深い息を吐きながら、私たちの向こう側を見ている。
つられて視線を向けると、そこにはたくさんの絵画が散乱していた。
それどころではない。
落ちてしまった絵画が掛けられていた壁が、なくなっている。
ぽっかりと、ドア一枚分程度の穴が開いていた。
「……」
壁、崩れてた。
さっき、思ったままに言わなくてよかった。
「やっぱり何か起きたじゃないっ、怖かったのよッ!」
「うん、あー、うん。ごめんごめん」
庇ってくれたし、隠れるところもないし、怖かったのはガチだったし。
素直に謝ると、アヤトキはまた目を見開いた。
「やだッ、アカネちゃん! そこは冷たくしてイイところよッ、アカネちゃんの本領発揮じゃないッ!」
「私を何だと思ってんの」
何キャラなの、私は。
立ち上がって壊れた壁へと向かうと、アヤトキもあわてた様子で立ち上がった。
続いてアオイも、「待ってくださいっ」と声を出してついて来る。
「もォーっ、ちょっと! ひとりで行かないで。危ないでしょッ!」
「あー、うん、はーい」
アヤトキの言い分はごもっともだけど、素直に従うのもちょっとあれな気分。
ふたりが来るのを待ってからから、散乱している絵画を踏まないように避けて乗り越える。
崩れたように見えるけど、壁はくり貫かれたようにきれいでもあった。
トンネルの入り口みたい。
「……だいじょうぶかな」
また崩れたりしないよね。
壁の向こうを覗き込んでみる。
一瞬外かと思ったけど。
「……天井たっか」
「すごいわねェ……」
あっちは、別の部屋になっていた。
何階分くらいあるのかわからないけど、すごく高いところまで天井が伸びてる。
天井の三分の二くらいは、ガラスになっていて、だから明るいみたい。
そよそよと、どこからか風が入っている。
「……植物園のようですね」
アオイの言う通りかな。
キレイに区画ごとに分けられて、たくさんの花が植えられている。
壁に沿って立っている木々も一定間隔で、作られた庭って感じ。
ところどころに置かれた木製の立て看板には、文字が書かれていた。
"ないしょにしないで"
"うそをつかないで"
"ここは、A Y L A T T E C"
"偽りを持たざる者にこそ、天上の扉は開かれる"って、このことかも。





