5.昼食会
ヒロインの寮の部屋、ローズは当然知っていた。
夕食後に部屋を訪ねてきたローズを、快く迎え入れる。
クッションを抱えた貴族らしからぬ格好で(こっちの方が落ち着くんだもん)、私の現状を報告してから、ローズの情報を聞く。
「なるほど、それでひとつ分かったわ。あの虹色ペン、本当に校門に落ちていたらしいの。つまり、あなたが拾えなかっただけ」
「え? もしかして、私が出遅れたってこと?」
「簡単に言うとそういうことになるわ。あなたの話と彼が拾った時の話を総合して考えると、あなたが記憶を取り戻してクラクラしていた間に拾っていたようね」
「なんと」
あの、しゃがみ込んでいた時か!
「記憶が戻るタイミングが悪かった、としか言いようがないわね」
まったくだよ。そこから大きく崩れてるんだし。
かといって記憶が戻らなかった方がいいかといえば……うーん、何ともいえないな。Aを好きになっちゃって、ローズとこんな風に仲良くお喋りできなかった可能性もあったし。
うん、過ぎたことはしょうがない。
さて、じゃあ、これからどうしようか。
「やっぱり手っ取り早いのはブライアンのストーカーかしら」
「……かえって警戒されるのでは……」
「学年同じだし、生徒会でも一緒だし、基本的にはわたくしが見ていてあげるけど。あなたが虹色アイテムを手にしなければならないのよ?
それにね、ペンはゲームと同じく校門にあった。ということは、他のアイテムもほぼ確実にゲームと同じ場所に出現するはずよ」
あ、そっか。
「それなら、普通にストーリーを進めればいいの。ということは、必然的にブライアンとも頻繁に出会うようになるわ」
「それもそうだね」
今まで通りストーリーを追いつつ、ただし虹色アイテムにはより慎重に目を光らせる。
こんなトコかな。
イベントなかなか起きないけど。これでストーリー追ってることになるのか不安だけど。
「エディに構いつつ虹色アイテムを手に入れていくのが理想なんだけどねえ」
「え、結局Eルート決定なの? Bルートじゃなくて?」
「Eがイチオシだもの」
まだ言うか。
「Eルートねぇ……」
エドワルド、確かにカッコいいし、優しくしてもらって嬉しかったけど。
ただ……。
冴えない顔になった私を見て、ローズが頷く。
「ああ、特にE推しではなかったのよね」
う、ん。それは別にいいんだ。
「ま、ゲームでは皆それなりに好きだったから。あ、何度も言うけど、Aはそもそも選択肢にないからね。Eのためだけの攻略だからね?」
「ええ、信じているわ」
「だからまぁ、別に誰ルートでもいいんだけどさ。一番の問題は、ゲームよりハイスペックという点でね」
ハイスペックもハイスペック、普通は知り合えない身分だよ。隣にいるライバルも王太子殿下。超ハイスペック。
あとね、問題はそれだけじゃなくて。
「それに……」
「大丈夫。わたくしというサポートキャラがいますもの! 任せなさい、ゼヴィアとは違うサポートをしてあげるから!」
言いかけた言葉を飲み込む。
ローズは知っているのかな。彼が私を訪ねてきたのは、単に珍しい魔法使いを国に引き抜くためなんだ、って。
これでホントにEルートに乗るのかなぁ?
って、ううん、今はもうその話じゃない。ゼヴといえば!
「ゼヴに連絡するの、どうしよう? もし連絡取るならディーン先生経由かな、って考えてたけど」
そうねぇ、とローズが腕を組む。
「わたくしの方からアルたちを通して連絡するのも可能よ。ただ、虹色アイテムについてどうやって説明するか、よね」
「そもそも虹色アイテムって何物なんだろうね?」
「考察サイトでは色々意見が出ていたけれど、一番説得力があって支持を集めていたのは『ゼヴが興味本位で作り出しちゃったものを、ドジっ子スキル【うっかり落としちゃった☆】を発動させてばらまいてしまった結果じゃないか』ってものかしら。
あの人、ちょいちょい学園に来ているもの。その時にポロポロ落としたんじゃないか、っていう説」
マジで本当にありそうな説だな……。
「でも本当にゼヴィアが作ったものかどうか、確証はないのよね。どうやって話をすればいいかしら」
「ブライアンが魔力上がったのは確かなんだから、『これこれこういう不思議なことが起こった、原因として考えられるものはなんだろう』でいけるかな?
ドラゴン戦とか、今後の対応までは難しいだろうけど、現状を報告しておくだけでも」
ゼヴが作った物なら、何かしら対応してくれるだろうし。
彼が作ったものじゃなくても、これで嬉々として学園に入り浸ってくれたり……したら、万が一暴走が起こっても対処できるんじゃない?
「よし、分かったわ。それなら、わたくしの方から連絡してみるわね。ブライアンについても話しやすいし」
うん、よしよし。
これで、しばらくどうするか、決まりだね!
******
ところがここで、予想外の展開が起きたのよ。
ローズと友達になった翌日。
つまり、ブライアンに吹っ飛ばされた翌日。
昼休みの始まりと共に、クラスがざわついた。
廊下には、王太子コンビ。
最高学年の、最高権力者二人が、一年の教室へ来るんだよ。ビビるよね。
で、まあ、私は嫌な予感がしたわけだ。一番関わりがありそうなの、クリスか私だもんね。
「よっ、ソフィア。昼、一緒に食べよう?」
予感的中。
手を挙げてニコニコ笑うエドワルドの横で、眉を下げたウィリアムが溜息を零している。
そんなイベント、Eルートはおろか、どこにも存在しませんよ?
******
特に何のイベントも起こらなかった、5月上旬の新入生親睦会(本当はCやDとのイベントが起こるはずだったんだよ!)を跨いで、エドワルドによる昼食のお誘いが週一から週二のペースで続いている。
これがなかなか面倒でね。
最初はクラスメイト達に遠巻きにされて。次に権力のおこぼれに預かりたい人たちに付きまとわれて。
結局クリスの取りなしと、ウィリアムの鶴の一声で周囲は落ち着いたけど。
それならそもそも先輩方が教室に来るな、って話でして。
……そんなこと当人たちに言えるわけないじゃん!?
なので今日も、二人を苦笑いしながら迎え入れるしかないのです。
親睦会を経て友人と呼べる程度には仲良くなった人たちも、お昼時だけは逃げちゃう。大丈夫、恨まない。私だってきっと同じ行動取るよ。
彼女たちに手を振って、二人の元へ歩み寄った。
だだっ広い食堂の一角に、私と王太子コンビが向かい合って座る。
この学園、そもそも食堂がいくつもある上にそれぞれが広く作られているから、グループ同士は割と離れて点在しているんだけど。心なしか、私たちの周りは更に人がいない気がする。
近寄りたくないよね。うん、分かる分かる。
昼食をテーブルに置きつつ、二人を見る。
「で、そろそろ教えてください。どうしてわざわざ私を誘うんですか?」
最初は、吹っ飛んだ私を心配してくれたのかと思ったの。実際、そう言われた。
だけどそんなの、二回目以降は当てはまらないでしょ?
となるとまあ、登校初日に言われた台詞――「誘いを諦めないからまた来る」なんだろうな、と思うよね。
でもね、あれ以来、国への引き抜きに関する話題はこれっぽっちも出ないの。
隣にいるウィリアムも、エドワルドを胡散臭げに見ている。彼も知らないみたい。事情は分からなくてもお目付役なんですね。付き合わせてごめんなさい。付き合わせてるのは私じゃないんですがね。
至極真っ当な私の質問に、飲み物を飲んで口を湿らせたエドワルドが一つ頷いて。
「話をしたいから?」
なぜ疑問形で返すんだ。
「お前の気まぐれにソフィア嬢を巻き込むな」
「俺が話したいのはソフィア。つーか、俺はお前を呼んでない。お前は来るな」
「そういう訳にはいかないだろう」
「お前がいるから大事になるんだろ」
「エディだけでも充分大事だ」
相変わらず二人で言い合いをしている。最近は慣れた。
「だからさ、俺はソフィアと話がしたいだけなの。お前がいると邪魔なんだっつの」
「何の話をするのか、気が気じゃないからだ」
「次の学園行事の話とか」
「それは前回話しただろう」
「効率いい勉強方法とか」
「それはその前に」
「最近読んだ本」
終わらない言い合いを待っていると、身振りで先に食べるように伝えられる。
少し躊躇したけど、まあいっか。サンドイッチを囓る。あ、今日はベーコンがいい具合にカリカリ。早く食べないと湿気ってシナシナになっちゃうよ?
「ああもう、正直に言え、何を企んでるんだ」
「ソフィアと話すこと」
「最初に戻ったか。さっきの話を聞くと、たいした話などしていないじゃないか」
「ま、そうだな」
あっけらかんと返された言葉に、スープに取りかかろうとスプーンを操っていた手を止める。
お? どういうこと??
「ウィルが気にするような話題なんて選ばない、ってことだよ」
私とウィリアムが揃って首を傾げる。
全属性の適性者を引き抜く話じゃないの?
私たちに構わず、エドワルドはようやくサンドイッチを頬張る。私のものよりボリューミー。大口でかぶりついてるのに上品ってどういうことよ。
彼が口の中の物を飲み込むのを待って、私から再度質問する。
「他愛ない話をするために、毎週私とお昼を食べている、ってことですか?」
「おう」
おう、じゃないよ。というか、なんでそうなる? あれか、懐柔しようって魂胆か?
「エディ、まさかと思うが、お前の夢にソフィア嬢を巻き込んでいるのではないよな?」
夢? 何かゲームで描写あったっけ……?
「さあなあ。そうとも言えるだろうし、違うとも言える、かな」
「自重しろ。今度こそ自重しろ」
「さ、ソフィア。ウィルはほっといて話しようぜ。そうだな、さっき言った、本の話でも」
う、うん。ウィリアム、本当に放っておいていいのかな。いや、さすがにそれはマズいよね。
「え、と。ウィリアム先輩は、最近読ん」
「こーらー。ウィルはほっとけっつの。俺と話をするの、俺と」
私の言葉を被せ気味に遮り、ウィリアムの顔を手で遮るエドワルド。
それをパシンとはたき落とすウィリアム。
……もうさ、私抜きで二人で漫才しててもいいよ? それはそれで面白いし。
これを面白いと思えるようになってきたんだから、私も随分図太くなったもんだねぇ。
そう、面白いんだよね。二人と食べる食事、実は結構楽しいんだよね。
慣れてしまえば、王太子二人がこんなに気さくでいいのか、って逆に心配になるくらい。
何も弊害がなければ、喜んでお付き合いするよ。
で、なぜ毎回苦笑いをしちゃうのかって、そりゃ、周囲の目が言っているからですよ。
お前は何者だ。王太子殿下と気安く接することが出来る人間なのか。何の取り柄もないのだろう。取り入っているだけなんだろう。
――言ってやりたい。
私が近付いているんじゃないよ! この人たちは、単に私を取り込みたいだけなんだからね!?
ごく『普通』である私の取り柄は、全部の魔法が使える、それだけ。
だから皆、私の近くへ寄ってくる。私が黙っていても、周囲は私を放っておいてくれない。
魔力が少なかろうが、適性を持ってしまった時点で、平穏さとは無縁。
この力、そもそも、ヒロインの武器だったんだけどね。
恋愛が絡まないと、こうもドロドロになるものなのかぁ。力があって良かったのか、悪かったのか。
今日もキラキラと輝くエドワルドの瞳から目を逸らすように、サンドイッチに口を付ける。
食事が美味しく感じられるから、きっとまだ、大丈夫、平気。周囲の声は撥ね除けられる。
そう、大丈夫。今日のスープは具が大きくてゴロゴロしてるよ! めっちゃ美味しい!!
スープに目を輝かせていたら、二人が少し笑った。
ああっ、目が幸せ!
どういう思惑で来られようが、周囲がどう思おうが、美人な王太子二人と面と向かっているなんてやっぱり貴重な時間なんだよね!
******
昼食後に教室へ戻ってきた私は、自分の机の前で動きを止める。
王太子コンビとの昼食が微妙なのは、二人に難があるわけではなく、周囲の目が問題なの。
そしてそれは食堂だけの話じゃない。
教室でも、こういうことがちょいちょい起こるんですよねー。
机の上に、カエル。
綺麗な緑色の、爪の先くらいの大きさの、ちっちゃなカエル。
なんだ、このかわいい嫌がらせ。私、カエルは別に苦手じゃない。手に乗せるくらいはできる。
貴族の娘としては珍しいのかもしれないね。でも私は、前世の記憶があるからってだけじゃなく、元々平気。小さい頃、庭で写生がてら生き物観察をしてたからかも。
これがガマガエルとかだったら、さすがに私も「うへぇ」って思うけどさ。
カエルちゃんをそっと手に乗せて、一旦教室を出て外に帰してあげる。
これをやった人は、きっとカエルが苦手なんだと見た。これだけのためによく頑張ったね。うんうん。
あ、生き物に触った後は、ちゃんと手を洗っておかないとダメだよー?
こういう微妙な嫌がらせが最近チマチマ見られるようになってきた。
クリスとウィリアムが牽制してくれたとはいえ、やっぱり面白く思わない人もいるんだよね。
一応、希少種なんですけどね、私。私の魔力が増したら、場合によっては権力側に回るかもって、想像付かないんだろうなー。
実際、まだ魔力は低いし。確実に侮られてる。
だからといって、これをそのまま王太子二人に話すわけにはいかない。
こういうのって、チクられたと知ったら、隠れた場所でどんどんエスカレートしてくんだよ。たぶん。
ちなみに、隣席のクリスは、こういう嫌がらせに憤慨してくれるタイプの子だった。だよね。
大仰にしないよう彼を止めるのも、少し面倒だったりする。うん、大袈裟にすればするほど拗れるからね。勘弁して。
もっと酷くなったら泣きつくから、その時にはぜひ助けてね!
まったく、見てろよクラスメイト(の一部)! そのうちぐうの音も出ないくらい強くなってやるから!
それでドラゴン退治してやるから!
その時にはちゃんと面と向かって「お疲れ様」と言うように!!




