4.転生者
身を乗り出すようにして私を見つめるローズ。
どんな言葉が出てくるのかと思いきや。
「率直に聞くわ。あなたの推しは誰」
え、開口一番、それ?
いやまあ、聞かれたから答えるけど……。
「難しい問いだね。推しっていう推しは……うーん。
そうだなあ、敢えて言うなら、取っ付きやすそうで最初にクリアしたのはC。顔はB。声はD。ストーリーとしてはE。でも全員、顔も声もいいよね」
「何よ、浮気性ね」
「いやいや、ゲームってそんなもんでしょ!?」
箱推し、ってやつ? 私は肯定派。逆ハーもののゲームだって存在するくらいなんだから、全員好きでも良くない? あ、うん、その辺は趣味趣向だから深追いは避ける方向で。
とりあえず、お互い意気投合できそうなノリなのは判明した。彼女の方もあからさまな敵意はないし、会話は成立しそうな雰囲気。良かった。
「Aはどうだったのよ? メインヒーローよ?」
「うーん……確かに、CVは一番有名な声優さんだったし、ビジュアルも良かったんだけど……他は……」
煮え切らない私の返答に業を煮やしたのか、
「いい? 前世の推しが誰であろうと、絶対に、ぜーったいに、Aルートに来ないでよ!?」
と身を乗り出してくる。
おお、ようやくAルートを避ける話ができるね。
「あ、うん、大丈夫。一応クリアしたけど、私、俺様キャラってそんなに好きじゃないし、それに」
「そっ、そんな……もう、アルは俺様じゃないのよ……!? 何てこと、自分で自分の首を絞めただなんて」
「はい?」
よよよ、とショックを受けてよろめくローズ。
「万が一ヒロインがAルートを選んだ時に話がおかしくなるよう、小さい頃にアルの性格を矯正したのよ! 真面目な部分だけを残して、俺様を徹底的に直したの!」
「え、真面目? 残す?」
真面目? あの俺様キャラが? 真面目??
「何よ、ゲームでも真面目なところがあったじゃない! 考察サイト何も見てなかったの!?」
「いや、Aに限らず考察なんて一つも見たことなかったよ」
考察サイトの存在なんて今初めて知りましたが?
「何で見ていないのよ! アルの素敵なところを全然知らないなんて!!」
「Aを好きでいてほしいのか、ほしくないのか、難儀な性格だなぁ」
「とにかく! アルが俺様じゃなくなったからって、Aルートはやめてちょうだい! お願いだから!! 何でもするから!!」
こらこら。何でもする、とか、軽く言っちゃいけません。
とにかくローズがA推し……いや、アルバート推しなのはよーーーく分かった。
「いや、あのね、聞いて。大丈夫。俺様キャラが好きじゃない以外にも、私は略奪愛が好きじゃないの」
さっきからの話からすると、ローズは幼い頃に前世の記憶を思い出したんだね。
良かったね、ゲーム通り無事に婚約者になれて。祝福するよ! 私は別にAとかどうでもいいし!
「だから、Rが単にパラメーターライバルになるだけのBCDルートはともかく、彼女の座を奪うようなAルートは、正直、隠しのためにクリアしたようなもので」
「それ、それじゃあ……!」
「Aにだけは行かないから安心して? むしろ、さっさと学生結婚でもしてルート潰して?」
ようやく言えた。これだけ伝えるのに何でこんなに苦労するんだ。
「ああ、良かった……!」
私の宣言にローズはパアッと顔を明るくさせる。うん、美人だね。守りたい、この笑顔。
「あ、でも」
「でも?」
「BCDに来ちゃうと、何かの拍子にアルの好感度が上がるイベントが起きるかもしれない……」
「どれだけ心配性なの!?」
またもや曇った顔。ほっぺた引っ張ってぐにぐにしてやりたい。
「だから、わたくしの一押しはEルートよ! それなら一本道だもの!」
「あー、確かにそうだけど……ABCDクリア後だよね」
「だからこそ、前々からエディにあなたのことを伝えてたのよ!」
「は?」
何だかさっきから予想外の言葉がポロポロと。
もしや、ゲーム開始前にめっちゃ暗躍してたんですかライバル女子……!
「何事も準備は重要よ。エンディングフラグなんて知ったものですか。
初回から出会いイベント起こすためには、あらかじめエディがあなたに興味を持てばいいだけの話よね。それなら出会えるもの」
「え、まさか、初日からエドワルドが教室に来たのって」
「あら、もう会ったの? やったじゃない、きっとEルート開いたわよ?」
あんたのせいかーーー!!
「いやいや……あのね、ゲームでEがどうだったとか、そういうのは置いといてね。現実を見よう、現実を。あの人、王太子でしょう?」
「そうね?」
「軽っ! 分かってる? ゲームのトゥルーエンドは、隣国に戻るEにくっついていく、旅装のスチルで終わりだったでしょ?」
「ええ、そうね」
明るい青空をバックに、にっこりと笑ったEがこちらに手を差し伸べている。明るい未来を感じさせるエンディングスチルだね。
「実際は、王太子の彼女として隣国に行かなきゃダメってことでしょ? 私、あなたみたいに王室に入るための勉強なんて、何一つしてないよ?」
「……あー……」
思い至ってくれましたか。
「それとも、彼の愛妾って立場で隣国に渡るってことなのかな。それはそれで少し微妙なんだけど」
「あ、それだけはないわ。エディ、恋愛至上主義だもの」
「え、そんな描写あった?」
「だから考察サイトで……あ、読んでないんだっけ。とにかく、彼があなたに惚れて連れ帰るなら、王太子妃の未来が待っているわ」
「やっぱり無理ゲーだ。『普通の』家庭の伯爵家令嬢が、いきなり王太子妃、しかも隣国、って、現実的じゃないよ。どこのシンデレラよ」
私の苦笑に、ローズは真顔で首を横に振る。
「人間、やればできるわ」
難しさに思い至っても諦めないのか。なんでそんなにE推しなの。間違ってもAに来ないルートだからか。どう考えてもそうだね。
でもね、身分の他にも障害があるんだよ。
「Eルート、隣にはお兄さんがいるでしょ」
「ウィル兄様のこと?」
「そうだよ、あなたの未来のお義兄さん。これ以上ないほどの鉄壁ガードでしょう」
王太子のガードなんて、くぐり抜けられる気がしない。
「……わかったわ、ウィル兄様はわたくしが何とかします」
いやいやちょっと、ゲーム始まってからも暗躍する気ですか。
「ああ、でも。Bルート……ブライアンを完全に避けるわけには、いかないんだったわ」
あ、ようやくEルートの話から逸れてくれた。
「虹色ペン、だね」
私と話をしに来た要因だろう、虹色ペン。
「そう。彼が一つ目のアイテムを持って、しかも実際にゲーム以上の風魔法の力を手に入れている。これ以上ブライアンに虹色アイテムが集まるのは危険だわ」
そうそう、そうだよね。大きく頷く。ローズも私と同じことに思い至ったみたい。
大事なのは、以降の虹色アイテムをブライアンよりも早く手に入れること。
「ペンの時みたいに、何かの拍子で私以外の人が拾う可能性があるんだよね。そして一番危険なのが、ブライアンの手に渡ること」
つまりね。
「ブライアンの動きに気を付けるってことは、ブライアンと遭遇する率も上がるってことで。やっぱりBルートからは完全に抜け出せない気がするんだよなぁ」
「Aには来ないでよ? 絶対よ!?」
自分で話を振っておきながら、ローズの顔がまたもや悲壮なものになる。
「それじゃあ、このまま仲良くなって、百合ップルエンドを目指す?」
「だから、わたくしは、アルとわたくしとのエンドしか認めないのよぉ!!」
友情エンドもダメなのか! ホントに難儀だな!!
「他にはまだサポキャラとのノーマルルートもあるけど……あ、でもそういえば、まだゼヴに会ってない」
そうだった。サポキャラに助けてもらうには、そもそもゼヴと会話をしなきゃダメじゃん。
「は?」
「本当は校門でペンを拾う時に会って、それからの訪問を許されるでしょ? でもペンを拾ってないから……」
「何てこと。サポートするキャラがいないってこと!?」
そうなんですよー。
会ったのは6年前。私はゲームのビジュアルを知っているからいいけど、彼の方は私を覚えているのかすら危うい。
「……いいわ。わたくしがあなたをサポートします」
「え? ライバル……」
「アルに手を出さないならライバルでも何でもないわ。別にドラゴン退治をしたいわけでもなし。むしろあなたのパラメーターアップに積極的に協力するわよ!」
マジか。いや、暗躍している時点で単なるライバルから外れていた気はするけど、え、本格的にサポートに回るってこと?
助かるというか、心強いというか、でもそれでいいのかって気もするけれど。
ま、いっか。本人がやるって言ってるんだし。
******
こうして、晴れてサポキャラに転向したローズ。ブライアンに近しい人が仲間になった。
うん、とりあえずは大きく前進したんじゃない? 遠慮なく助けてもらおう。
虹色アイテムはパラメーター調整でフラグ立てるための物と割り切ってたけど、ちょっと真面目に集めなきゃならなくなったもんね。
まずは今後について相談。お知恵をお貸しくださいませ、先輩!
「これから、具体的に何をすればいいかな?」
「そうねぇ……」
ローズが頬に手を当てて悩み出した、その時。
「ローズ、ここにいたのかい。そろそろ会議の時間だよ」
「アル!?」
教室に入ってきたのは、アルバート。
会議。そうか、生徒会の会議か。
「ああ、君はさっきの。もう大丈夫なの?」
「はい、お騒がせしました」
「それはこちらの台詞だよ。ブライアンが迷惑かけたね」
そんな、恐縮です!
確かに一騒動あったけれど、アルバートに謝られることでもないし。
「で、ローズが一緒にいるのは何で?」
「先程の騒動に関して話をしていたら、わたくしたち、意気投合したのよ」
色々端折ってるけど間違いじゃない。一緒に頷いておく。
いや、ホント良かったよね、他の転生者と意気投合できて。下手すると命を狙われるパターンもあるよね。
「彼女とはお友達になったのよ! アルも覚えておいてね。ソフィア・クラークさんよ」
「そうか。ローズをよろしくね、ソフィア嬢。ローズは少し変なところもあるけれど、いい子だよ」
変なところ……前世の記憶に引っ張られた部分ですかね? その辺りの話もいつか聞き出そう。
スッと綺麗な所作で立ち上がり、私に向かい合ったローズ。私に何かを渡す振りをしながら、
「今夜、そっちの部屋に行くわ」
と、小声で囁く。
私も小さく頷いて、
「じゃ、Bにペンの探り、お願い」
と、さっそくのサポートをお願いする。
生徒会の会議なら、ブライアンも一緒にいるはずだもん。遠慮なく動いてもらうよ!
「じゃ、行くわね。またね、ソフィー」
「はい、また。ローズさん」
ローズ先輩じゃなくてローズさん、で、大丈夫だよね?
アルバートがニコニコ笑ってるから、どうやらローズと友達になったことは歓迎されてるのかな。良かった。
そしてその笑みを見る限り、本当に俺様キャラじゃなくなってるみたい。ローズ、一体何をどうしたんだ。




