3.初イベント(?)
4月の入学時にペン。
5月にシーリングスタンプ。
6月にシーリングワックス。パラメーターチェック。
7月はなし。期末テストと夏休み。
8月もなし。夏休み。パラメーターチェック。
9月にレターセット。
10月にペーパーウエイト。パラメーターチェック。ルート確定。
11月にインク。魔力暴走。
12月はなし。期末テストと冬休み。パラメーターチェック。キャラエンド確定。
1月にドラゴン戦。
2月に卒業式&修了式。
一年の流れはこんな感じ。
で、ところどころでイベントが起こる。共通イベントとしては、5月の親睦会、10月の体育大会、11月の文化祭。
欧風なのに9月始まりじゃないんだね、って思ったけど、ま、ヌルゲーだから。親しみやすさ・分かりやすさ重視なんだろうな。
10月のパラメーターチェックでルート確定。キャラ別になるか、ノーマルになるか、仲良しになるか、友情or好敵手になるか、バッドエンドになるか。
12月のパラメーターチェックでキャラ別のエンド確定。トゥルーエンドになるか、グッドエンドになるか。
ってことで、5月のスタンプ入手までは、パラメーター上げと各キャラとのイベントを中心にこなすことになるね。
出会いイベント、起きなかったんだけど。他のイベントは起きるかなぁ。
******
うん、イベント起きない。ペンか! ペンがないからか!
それでも諦めきれなくて、何とか起こらないかなーと淡い期待を胸に、今日も校内あちこちを彷徨う。
各領域はキャラに対応してる。
Aの職員室近辺で教師雑用(人柄)
Bの中庭で自主練習(魔法精度)
Cの運動場で運動(体力)
Dの図書館で勉強(学力)
Eの技術棟で感性向上(基礎魔力)
ライバルの街中ショッピング(魅力)
自室で休養(変動なし。パラメーター調整)
と、あちこちでパラメーターが上がることになっているんだけど。
やっぱりその場に赴くだけじゃダメだった。ちゃんと行動を起こさないと力は付かない。そりゃそうだよね。
でもそのお陰で、イベントは起きないけれど、実力はちょびっとずつ上がってきているのが分かる。それはちょっと嬉しい。
各パラメーターそれぞれの基準値で分岐が決定するから、どの項目も手が抜けないの。
何も起こらないまま、既に4月も下旬。
今日は中庭で魔法の自主練。
何にしようかな、土かな。
中庭はBの領域。それぞれの領域で鍛える魔法を選ぶと、それに応じてイベントが起こる。Bとの最初のイベントは、風属性を選ぶと発生する。
最初に風を選んでも何もなかったから、一通り全部の種類をまんべんなく育てることにしたんだよね。
今日は土の練習日。
選択肢としてはこれが最後なんだけど。イベント、来ないかな。
地面をポコッと小さく凹ませたり、逆に少しだけ盛り上げたり、と、魔法精度を上げる訓練をしていく。
こういう地味な訓練って案外楽しいんだよね。変化させたところを元通り平らにするのって、結構難しくて集中しちゃう。
だから、地面に向かって夢中になっていて、気付かなかったの。
近くの校舎にいたうっかりさんが、三階の窓から大きな花瓶を放り出してしまったこと。
イベントとしてはベタだよねー。
中庭でBを見かけたヒロイン。花瓶が落ちてきたのに気付かないBを助けようと、ヒロインは拙い風魔法で花瓶の軌道を逸らす。Bの横に落下する花瓶。
無事で良かったです、と言うヒロインに、ツンデレBは礼を言った後「もっと強く風を出さなければ安全な場所に落としたとは言えない」「コントロールも学んだ方がいい」と余計なことまで言ってくれる。なんだよ助けてやったのに。正直腹が立つ。そのうちデレるんだけどさ。
でね。待望のイベント、起きた。
でも私とBの役割、逆。
花瓶に気付かなかった私は、
「危ない!」
という声に顔を上げ、自分に向かって落ちてくる花瓶を見つけて目を見開き、それと同時に吹き飛ばされた。
花瓶と私が宙に舞う。その向こうに、B――ブライアンの姿。
何故……。
******
ドン、と地面に打ち付けられた後、衝撃で一瞬気を失っていたらしい。
「きゃあああ!」
という聞き覚えのある女性の悲鳴と、
「何があった、どうしたブライアン!」
という聞き覚えのある男性の叫びと、
「とにかく治療するぞ!」
という、これは、エドワルド?
何人もの声と足音で、意識が戻ってきた。
痛みを堪えながらうっすらと目を開けると、私を覗き込んでエドワルドとローズ嬢が光魔法を使い、その後ろに気遣わしげなアルバートと、愕然とした表情のブライアン。
えーと、何が起こった?
「もう大丈夫かしら」
「念のため、俺が保健室まで連れて行こう。運ぶぞ、ソフィア」
苦もなく私を姫抱っこに抱き上げて、エドワルドが歩き出す。
思ったより安定しているけれど、手の行き場がない。視界を彷徨わせていたら捲り上がりそうになっているスカートに気付いて、慌てて裾を押さえておいた。よし、手の位置はここ。
「僕も行く」
「では、私たちも行こう。いいね、ローズ」
「ええ、勿論」
もう一度問いたい。何が起こってるの? ねえ?
後ろで話す二年生三人組の話に聞き耳を立てる。
「何をしたんだ、ブライアン」
「いや、花瓶が彼女の上に落ちてくるのを見かけて……」
「で?」
「花瓶の軌道を逸らそうと、風魔法を使った。はずだったんだが」
「彼女を巻き込んでしまったということ?」
「どうしたんだ、君らしくないな」
「いや、それが……」
「うん?」
「今年度に入ってから、なぜか急に魔力が上がったんだ。それで咄嗟に使ったら、コントロールしきれなくて」
「は?」
ローズ嬢の素っ頓狂な声が響く。
「ブライアン、ちょっと失礼。その胸ポケットのペン、貸してもらえる? ……えーと、今回のことに関してメモを取りたくて」
「ああ、この変なペンか。インクがないから書けないぞ。インクを吸わせようと思っても、なぜか弾いてしまって」
「……そう。綺麗な虹色なのに使えないなんて残念ね。それじゃ、アルに借りるわ」
ちょっと待て待て。
それ、虹色ペンですよね? どう考えても虹色ペンですよね?
え、ブライアンが持ってるの? 何で?
疑問ばかりが増えていく。
私の顔色が変わったのに気付いたのだろう、エドワルドが「もう少しだからな、大丈夫か?」と小さく声をかけてくれる。
うん、ありがとう。カッコいい上に優しいとか素晴らしいよね。
でもね、今は後方の会話が気になって気になって、それどころじゃないんだ。ごめんね。
******
虹色アイテムは、魔力を増やすアイテム。普段の育成より大きい上昇率でガツンと上がる。で、最後のアイテム入手で魔力暴走事故に繋がる。限界値を越えちゃうわけだ。
私は全属性に適性を持っているけれど、最初は低いパラメーター。
一方の攻略キャラ達は、皆、得意魔法の能力が元々高い。
これを踏まえて考えると。
虹色アイテムを手に入れてしまったブライアンは、魔力暴走を起こしてしまうかもしれない。それも、ストーリーよりももっと早く。
既に彼は、急に上がった魔力をまだ完全に制御しきれていない。
色んな意味でヤバい。
私の魔力暴走は、好感度の高いキャラか、サポートキャラが助けてくれる。
だけど、もしブライアンが暴走させたら? 誰が助ける? 彼は今の学園で一二を争う風魔法の使い手。誰が助けられる?
可能性があるのはサポートキャラ、魔法局長のゼヴィア。だけど彼は常に学園にいるわけじゃない。彼の職場じゃないもの。ストーリーとは違う時期に暴走が起こってしまったら……。
と、とにかく!
これは何とかゼヴに連絡を取って対応を考えてもらって……あ、でも、ゲームの話はできないし、どうやってこの危機を伝えればいいんだろ?
でもでも、とにかくゼヴには連絡だよね! ……って、そもそも、どうやって連絡取ればいいの!?
本当は、入学式の校門でペンを拾った時に出会っていたはずなんだ。そこで連絡先を聞いて、定期的に訪問できるようになる。
今はまだ出会っていないんだよ。最後に会ったのは6年前だよ!
誰もいなくなった保健室のベッドで、一人静かに唸る。
落ち着こう。うん、深呼吸。すーーーはーーー。
とにもかくにもゼヴに連絡。たぶんディーン先生に言えば何とかなると思う。担任だから話しやすいし、守護魔法の専門家だっていうならゼヴとも面識があるでしょ。
で、大事なのは、ブライアンの魔力をこれ以上危険な状態にしないこと。すなわち、他の虹色アイテムの先制奪取。
うん、よし、方針は決まった。保健の先生に退室許可をもらったら、すぐに職員室へ向かおう。
もういいよ、と先生に言われ、保健室を出た。早速職員室に向かおうと思ったんだけど。
廊下でローズ嬢が待っていた。
「突然ごめんなさいね。あなたに聞きたいことがあるの。ええと、お名前は?」
「あ、ソフィア・クラークと言います。先程は助けてくださってありがとうございます、ローズ先輩」
「あら、わたくしのことをご存知?」
「はい、王子殿下の婚約者様ですよね?」
「……そう、そうなのよ、わたくし、アルの恋人なの。ところでソフィアさん、アルのことをどう思います?」
あれ? えーと、これってAルートでAに二回目に会った後、Rに言われる台詞? まだAに一度しか会っていないよ? いや、あれって会ったって言える?
とにかく、Rとの初対面イベントが起きているなら好都合。ここで私はAルートを切り捨てる!
「よく知らないので何とも……。アルバート先輩とローズ先輩、並ばれると本当に絵画のようなお二人だなぁ、と、そのくらいですかね。すみません、バカっぽい感想で」
ゲームの選択肢にはなかった台詞を言っちゃう。ゲームでは「素敵な方ですね」「緊張してしまいます」「あまり好きなタイプではないですね」だったかな。
まじまじとこちらを見てくる美少女。
「あー……えー……そう。とにかくアルに近付くのはやめてもらえるかしら?」
言葉に詰まった後に発した、これは選択肢直後のRの台詞だね。
「えーと? 近付くも何も、先程初めて間近で見たくらいなんですが」
接点ないよ、と再度ばっさり切り捨てる。というか、できるだけ接点作りたくない。他の人のイベントのために最低限必要な分だけでいいよ。
もう一度まじまじと見てくるローズ嬢。
「す、少し質問を変えるわ。あなた、入学式の日、校門で何か拾わなかった?」
虹色ペンのこと? さっきの会話ではブライアンが持っていたはずの……。
あ、そうか。もしかして。
「ローズ先輩。私、Aルートには行く気ないですよ?」
普通は何のこっちゃ、な言葉。だって質問に答えてないもんね。
でも、もし、これが通じるなら。
「ちょっと! こちらへ! 来てくださいな!!」
手近な空き教室に引っ張り込まれ、「この際、敬語はなしよ!」と宣言される。
そして一言。
「『リトールの魔法使い』」
固唾を呑んで私の言葉を待つローズ嬢。
彼女も「もしかして」を確認しようとしている。
「あ、やっぱりローズも? いわゆる転生者?」
両手を頬に当てて、しばらく固まるローズ。
ふうっ、と息を吐いて、二人向かい合って椅子に腰掛ける。
転生者同士の会話、スタートだね。さて、この人は敵か味方か。侯爵令嬢に目を付けられるとか勘弁してほしいんだけどな。
ちなみに私に敵意はないよ! 伝わるかな?




