1.入学式
校門の前に立った時、私は前世を――ここが「ゲームの世界」ということを、思い出した。
前世の自分についてはモヤモヤだけど、文化、特にゲームや小説の知識はハッキリと脳裏に展開される。
ちょっ、ちょっと待って待って!!
頭がパンクしそう。入学するための勉強全てを一気に詰め込まれた感じ。
クラリとしてしゃがみ込む。
幸い、衝動がすぐ消えたお陰で、程なく立ち上がれた。周囲からは単なる目眩に見えたんじゃないかな。
はー、ふうー、と深呼吸して、校門を見上げる。
国の名前、都市の名前、学園の名前。今までの知識と前世の知識が噛み合って、確信する。うん、ここはプレイしたことのある乙女ゲームの世界だ、間違いない。
てことは、私は異世界転生を果たした、ってことだよね。
ゲーム『リトールの魔法使い』。剣と魔法の世界にある全寮制の学校、リトール学園が舞台の恋愛アドベンチャー&シミュレーションゲーム。「普通の」という形容詞がつくヒロインがリトール学園へ入学するシーンから、物語が始まる。ここで1年間を過ごす中で、勉強や学園イベント、恋愛をこなしていく。
攻略対象は全部で5人。生徒会長、生徒会副会長、同級生、先生。そして隠しキャラの留学生。
ライバルは生徒会長の彼女。他、隠しキャラを攻略する際のみ前生徒会長がライバルとして立ちはだかる。
パラメーターによって、各キャラのトゥルーエンドとハッピーエンド。
ノーマルエンド。
逆ハーエンド……ではない、皆仲良しエンド。
ライバルとの友情エンド、通称百合ップルエンド。
ライバルその2との好敵手エンド。
そしてバッドエンド。
恋愛アドベンチャーとしては攻略難易度が緩くて、選択肢による好感度上下は対象キャラの顔グラで分かるようになっているし、立ち絵がない時は選択した時のエフェクトカラーとジングルで分かる。もちろん簡易セーブ&ロード機能も搭載。
ライバル女子は主人公に対する過度な意地悪もなく(多少の皮肉や文句くらいはあるけれど)、パラメーターと恋愛のライバルというだけ。あなたに負けるなんて悔しいわ! みたいな。幼なじみの彼氏を取られるのは彼女にとっては悲劇だろうけど、特に悲惨な末路はない。
パラメーターがあまりに低いとバッドエンドになるけれど、実はこれが一番難しい。積極的に狙っていかなければ到達できない。
攻略は緩く、世界観も穏やかで王道。イラストと声優が非常に良い。ライトユーザー向けの乙女ゲーム。
いわゆるヌルゲー仕様。
お手軽に疑似恋愛を楽しむのに、こういうゲームも必要だよね! ストーリー性の高いゲームも大好きだったけど!
で、今の私。
ソフィア・クラーク。伯爵家令嬢。今年入学する新一年生。
異世界転生のパターンって、主人公になるか、ライバル……悪役令嬢になるか、モブになるか、って3パターンが王道だと思うの。
あとは、何だろう、主人公やライバルの家族とか? 攻略対象そのものとか?
前世に嗜んでいたライトノベルは、そういうのが多かったみたい。
じゃ、今の私の役ドコロは?
じゃじゃーん! おめでとう私! ヒロインだよ!! 恋愛楽しもうね!!
ヒロインだと断定した理由は、珍しいと言われる、全種類の魔法適性を持っていること。火・水・風・土・光・闇が少しずつ。普通は一つ、せいぜい二つ、なんだよね。
うん、確実にヒロインだ、これ。やったね!
そういえばね、この世界は一応貴族が存在するんだけど。膝上スカートOKなんだよ!
今までそれが普通すぎて何も疑問を持たなかったけど、前世の貴族って、基本足首出すのNGだったような。
記憶を思い出した今、リトール学園が前世の高校に近い雰囲気なのは嬉しい。ブレザー制服憧れてたんだよ!
それに言葉遣いだって、お嬢様言葉じゃなく、普通に尊敬語謙譲語丁寧語でいける。
ああ、何て前世記憶持ちに優しい世界! さすがヌルゲー! スタッフいい仕事した!
これで恋愛するってことは、ブレザーで学生服デートができるってことでしょ? わーい、超楽しみ!!
ただね、そんな楽々ヌルゲー世界のはずのここで、少し解せないことがあって。
私を始め、色んな貴族――特権階級がリトール学園に通っていること。それもある。何だよ貴族って。ゲームはもっと普通の雰囲気だったでしょ。
だけど、そんなことよりもっと重要なこと。
本当はね、最初のイベントが、今ここ、この入学式前の校門であるはずなんだよ!
最初のキーアイテム、『虹色ペン』を拾うことで、私の魔法特性がちょっと伸びるんだ。
だけど、見渡した限り、そんなペンは落ちていない。
……どうしようね、ヒロインのお仕事。
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イベントが起きないのは仕方ない。ほら、転生物って、フラグが仕事しない、ってパターンもあるじゃない?
ただねぇ……。
ここで拾うはずだった虹色ペン。この他に、ストーリーを進めていくと手に入る虹色アイテム。全部で6つ。
キーアイテムというだけあって、これがストーリーに関わってくるの。
そんなアイテムの一つ目を入手できなかったんだから、ヒロインとしての仕事ができるか、少しだけ不安になる。
もちろん乙女ゲーム、恋愛がメインなんだけどね。一応ストーリーはあるよね。
でね。バッドエンドになると、怪我人がたくさん出るの。
何で怪我するのかって? なんと、終盤にドラゴン討伐があるの! 剣と魔法の世界だからね!
虹色アイテムを集めるごとに、私の魔力は跳ね上がる。そして最後のアイテムを入手した時、魔力が暴走する。
そこまでの攻略で、各ルートへの分岐が決定する。
お目当てキャラとのルートに入れれば、対象キャラが魔力暴走を抑えてくれる。そして一緒にドラゴン討伐。
ひとつでも基準値を下回れば、ノーマルエンド。サポートキャラが魔力暴走を抑えてくれる。サポキャラとドラゴン討伐。
基準値を満たしても全員の好感度がまんべんなく高ければ、サポートキャラが暴走を助けてくれた後、全員で共闘で、仲良しエンド。
ライバルとの好感度が高ければ、ライバルが暴走を抑えて、一緒に討伐。それが百合エンド……と呼ばれていた、友情エンド。そして前会長との好敵手エンド。
ま、つまりは何だかんだとドラゴン討伐に参加して、当然のように勝利を収めて、めでたしめでたし、と。
で。
問題は、全属性が基準値を大きく下回った時のバッドエンドルートで、私の魔力暴走は誰にも止めてもらえない。
結果、その後にあるドラゴン戦では戦力が足らず、怪我人続出という未来が待ち受ける。ちなみに私も魔力暴走の時点でボロボロよ?
キーアイテムが見つからないから傍観してればいいか、と割り切れないのが、このバッドエンドのせい。
誰だって大怪我なんてしなくないし、そもそも他の人が大怪我するのを分かっているんだから、そんな結末は回避したいよね。
とはいえね。このゲームはあくまでもヌルゲー。バッドエンドに行くのが難しいほどの甘々設計。
きっと、普通に生活していれば、ドラゴンなんてちょちょいのちょい、なのよ。きっと。
…………。
うん、よし。
アイテムは見つからないけれど、せっかくだし恋愛しちゃおう! そうしよう!!
そうと決まれば、キャラを確認せねば。
隠しキャラ以外は入学式で見かけることができるんだ。
ブレザーのタイが曲がっていないことを確認してから、私は講堂へと足を踏み入れた。
いざ、入学式!
******
改めてキャメルカラーのブレザーに心躍らせながら、入学式に出ている面々を見渡す。
同級生の攻略対象は……。ああ、あそこ。銅色、カッパーオレンジの髪の毛が見えている。Cだ。
教員席を眺めると、あ、いた、先生枠の攻略対象。鉄色、ネズミ色より濃い灰色の髪の毛。Dだね。ちなみに、本当の鉄色ってだいぶ緑っぽい色らしいよ? Dは灰色。鉄というよりいぶし銀色? まあ、ゲームで鉄色って言ってるんだから、鉄ってことにしとこう。
あとは一つ上に攻略対象AとBとライバル女子R。この三人は生徒会役員だから、もうすぐ舞台下に参列するんじゃないかな。
他、最上級生に隠しキャラEとライバル男子Wがいるはず。この二人は生徒会役員じゃないから、どっちにしろここじゃ見つけられない。
サポートキャラのXも、さすがに見当たらない。本当は校門で遭遇するはずだったんだよなぁ。
そう、攻略対象は略称でABCDE。イメージも分かりやすく、Aは金、Bは銀、Cは銅、Dは鉄、Eは白金。
私? 私の髪色はいたって普通の茶色。虹彩は緑や黄色など複雑な色を含んでいるけど、ぱっと見茶色。制服もキャメルだからもう全身茶系。
……ヒロインはさあ、ピンクとかそういうパステル色がテンプレじゃないの? 何でデフォルトが茶色? いいけど。そして今世の私は何でご丁寧にデフォルト通りなの? 元の世界に似てて安心するけど。でもさあ、もうちょっとこう、さあ? キラッとしたいじゃない? ヒロインなんだし。
そもそも「普通」なんだよ、私って。何の変哲もない肩までのミディアムヘア。身長も普通。体型も普通。顔も、まあ、適度に整ってはいるけれど美人ではない。
せめて髪色くらいはキラッとしたかったなぁ。
もにょもにょと考えていると、ザワリと空気が動く。式が始まる。
生徒会役員も袖に並んでいるはずだけど、さすがにもうキョロキョロする勇気はない。学園長の話が終わり、在校生代表の生徒会長の挨拶が始まる。生徒会長が攻略対象Aのはず……って。
壇上にいるのは、第二王子のアルバート様。金の髪に赤の瞳。
ん? 第二王子?
待て待て待て待て! そういえば今の学園、王太子と第二王子が在学してたわ! だけどそれが攻略対象だなんて、まさかまさかだよ!
え、じゃあ、会長が第二王子ってことは、その彼女って……!?
大人しくしている場合じゃない。少し背筋を伸ばして袖を探す。大部分の生徒が会長をよく見ようと首を伸ばしているから、そこまで目立たないはず。
――いた。
攻略対象Bと共に生徒会役員列で美しく佇んでいるのは、ライバル女子のR。第二王子の婚約者、ローズ侯爵令嬢だった。
******
攻略対象A。
アルバート・マグニフ。二年生。
金髪にルビー眼。
俺様・腹黒キャラ。生徒会長。二年首席。
攻略対象B。
ブライアン・スタードミス。二年生。
銀髪にエメラルド眼。
勉強系・ツンデレキャラ。生徒会副会長。
攻略対象C。
クリストファー・シヴァル。一年生。
オレンジ(銅)髪にアクアマリン眼。
活発・ワンコ系・体育会系キャラ。
攻略対象D。
ディーン・フロフ。担任。
濃灰(鉄)髪に琥珀眼。
穏やか無口・弱気キャラ。メガネ。図書館司書。
隠し攻略対象E。
エドワルド・ハイベルグ。三年生。
プラチナ髪にオパール眼。褐色肌。
ナルシスト気味・強引キャラ。隣国からの留学生。
ライバル女子R。A~Dで対立。
ローズ・レフィニド。二年生。
ピンクゴールド髪にアメジスト眼。
アルバートの彼女。生徒会書記。
ライバル男子W。Eで対立。
ウィリアム・マグニフ。三年生。
金髪にブラックダイヤモンド(黒)眼。
アルバートの兄・三年首席・前生徒会長。
サポートX。
ゼヴィア・ソス。魔法局員。
白髪にアゲート(瑪瑙)眼。
ドジっ子属性。
ヒロインS。
ソフィア・クラーク。一年生。
好きにキャラメイク可能。
デフォルトカラーは茶色で、髪は肩までのミディアムヘア。
瞳の色だけイエロータイガーアイ(茶)で固定。
平凡な女の子・ごく普通の家庭で育つ。
******
と、以上が、ゲームの説明に書いてある設定。
嘘じゃない。嘘じゃないんだけど、それぞれ重要な情報が欠けてるってことが、初日で判明した。
Aは、「第二王子」。
Bは、「アルバートの側近」「公爵家令息(第三子)」。
Cは、「騎士団長の孫」「卒業後はアルバートの近衛」。
Dは、「学園防御担当」「防御魔法のスペシャリスト」。
Eは、「隣国王太子」。
Rは、「第二王子の婚約者」「名門侯爵家令嬢」。
Wは、「王太子」。
Xは、「魔法局長」「全魔法使いのトップ」。
そう、ゲームの設定と同じではあるのよ。ただ少し……いや、だいぶ、実際の方がハイスペックなだけなの。
いやいや、だけじゃないでしょコレ!?
そして私のスペック! 誇れるのは全属性の魔法適性、でもそれってゲーム通りなだけだよね! もっとこう、ハイスペックな部分はなかったの!?
あ、伯爵家令嬢。これだ。この点だけは「普通」と言い難い。なんたって前世の私はごくごく「普通」の中流家庭。上流階級の貴族って時点で普通から外れるよね。
あー、でも、この学園では、これで普通ランク、なのかあ……。
…………。
ああーーー! もう! 折角の乙女ゲーなのに!!
前途多難すぎる!!
誰かと恋愛できたらいいなー、って軽く思ってたよ? むしろウキウキしてたよ?
でも、とてもじゃないけど簡単に仲良くなれるようなお相手じゃないよね!?
遠くから見てるくらいなら……って、いやいや、それじゃ恋愛にならないじゃないの。
どうだろう、主人公補正でお近付きになれたりしないかなあ。
頑張る。ヒロイン、頑張る。
恋愛するもん。憧れのブレザーで制服デートするんだもん。
ゼヴはXavierだからサポート『X』。




