14.ペーパーウエイト
9月下旬に差し掛かり、私は体育館へ出入りするようになった。
いつ虹色ペーパーウエイトが出現するのか分からないことで、緊張が解けない。疲れる。
ローズが上手く手配してくれたお陰で、私の仕事場は複数の準備室が主。出現するなら、たぶんこれらの部屋のどこかって睨んでる。いやぁ、狭まったとはいえ、それでも監視場所、広いよ……。
念のため、他の場所はローズが目を光らせてくれている。
荷物を抱えて運んでいると、クリスが体育館をダッシュして横切っていく。部活で使う備品が足りなくなったらしい。外にいる部員に大声で数を確認している。
Cはここの領域の担当だからね。結構見かける。クラスメイトってこともあって、ちょいちょい言葉も交わす。当然、イベントはない。知ってた。
今日も、色とりどりのビブスを抱えたクリスが、私の方に寄り道。
「大変だな、ソフィー。大会まで二週間切ったしな」
「うん、でも仕事はそんなに難しくないから。量は多いけどね」
そのタイミングで、外にいた部員が「ディーン先生が呼んでんぞー!」とクリスを呼ぶ。
彼の大声にワタワタしながらも「す、すみません、シヴァルくん、部活中に」とクリスを待つ先生が後ろに見え隠れ。
……警戒しておこう。
クリスに手を振って、準備室へと向かう。
外廊下を足早に進んでいたら、急に、目の前にエディが現れた。
色んな意味で心臓が跳ねる。ビックリした! ビックリした!! どうして急に出てきたの!! 荷物落とさなくて良かった!
くぅっ、やっぱり今日か。今か。体育大会の準備をしている生徒会役員のAB、体育館担当のC、急に現れたDE。
虹色アイテムは、どこに出る?
「やっと見つけた。
なあソフィア、話があるんだ」
私の内心の焦りなど関係なく、真面目な顔をしたエディが近付いてくる。
ようやく引き抜きの話? でも、今はそれどころじゃないんだ。
虹色アイテムを見つけなきゃ。そして、エディから離れなきゃ。
「すみません、ちょっと待っててもらっていいですか? 急いで片付けなきゃいけない仕事があるので」
「……手伝う」
いやさ! だから! ちょっと待ってて、って!!
「最近、俺のこと、避けてるだろ」
思わず足を止めてしまう。バレてた。
「事情が、あるんです」
「ちっ。認めやがった」
うあああ、ブラフだった!?
「俺が何かしたか?」
違う。何もしてない。でも避けなきゃならない。
避けたくないよ。会いたいよ。見かけるだけでも幸せだよ。でも苦しいよ。
吐き出せない気持ちは、それだけでも私を蝕むのに、その上、吐き出さなくてもエディを危険に晒す。
泣きたくなる。でも泣けない。奥歯を噛み締めて、準備室へと入る。
棚に、虹色の塊。ペーパーウエイトを見つけた。
うん。私、今、思いっきり心が揺れたからね。だよね。
荷物を置いて、手に取る。
後ろから、ドアを開ける音がする。
ダメ、この位置関係じゃ、私は逃げられない。危ない。何が起こるか分かんない。来ないで。来ちゃダメ。お願い。お願いだから。
「ストップ!!」
大声を出して、エディを怯ませる。
私の十八番、風魔法を使った急加速ダッシュで、エディの横を通り抜ける。うん、鍛錬の成果が出てる。抜ける際の細かい位置調整も上手くいった。
そのまま一旦着地して、向きを変えてからまたダッシュ。半ば飛んでいる。
そうなのだ。私はもう、飛べる段階に来ている。
風の向こうから、微かに何かを叫んでいるエディの声がする。
ごめんなさい。ごめんなさい。
残る虹色アイテムは、あと一つ。
******
夜、今日の顛末をローズに報告する。
エディを置いてきてしまった罪悪感もあって、その後のことを聞いてみたけれど、特に情報はなし。
「難しいわねぇ」
ローズが腕組みをして、目を瞑る。
「話をしたいけど、近寄れない。どうしたものかしら」
今日のエディの顔が浮かぶ。
いつもの笑顔がなく、少し怖いくらいにキリッとして、目の力が強くて、それで、その目にはやっぱり綺麗な瞳があって。
あれが王太子の風格。私では手の届かない人。手が届いちゃいけない人。危険に晒せない、王家の人間。
「勉強よりも手っ取り早く、心を安定する方法を見つけるべきね。
問題は、最後のアイテム……インク、かしら」
「ゲーム通りなら、次でしょ? 今みたいにグチャグチャな感情持て余してれば、たぶんすぐに出てきてくれるよ。そんで暴走するよ」
クッションを抱きかかえて顔を埋めていたら、思った以上にやさぐれた声になっちゃった。
ローズに頭頂を弾かれる。
「ペンがないから、暴走はしないと思うわよ。それに、いざとなればわたくしが助けるわ」
顔を上げると、ローズが微笑んでいた。
「本当は、エディに助けてもらいたいんでしょうけど。だけど忘れないで、バッドエンドにだけはさせないわ。
エディの命もそうだけど、ソフィーの命も大切なのよ?」
ローズ……。
「百合ップルエンド……」
「違うわよ! わたくしとアルは順調よ!!」
知ってる。言ってみただけ。
ふふ、ちょっと元気出た。ありがとう。
******
10月に入った。10月10日が体育大会。
ということで、いよいよ大会準備も佳境に入ってくるところなんだけどね。
ローズからの指示で、私は準備手伝いを免除されました。ま、ペーパーウエイトは入手したしね。またエディと会うのも心配だしね。
だよね。会いたいけど、会えない、会っちゃダメ。ぐぐぐぐぐ。
休み時間、机に突っ伏してもにょもにょしてたら、隣席のクリスが心配して顔を覗き込んできた。
整った顔の、アクアマリンの瞳。
違う、これを見たいんじゃない。……失礼だね、ゴメン。
「最近のソフィー、体調悪いのか? 空元気な感じが続いてるけど」
「分かる?」
「分かる」
そっかー、分かっちゃうかー。でもこの話題は避けてくれ。
「クリスは体育大会、楽しみ?」
「そりゃそうだろ! あ、もしかしてソフィー、あんまり乗り気じゃないのか?
ん? でも、体力測定、割と成績良かったよな? 最近の授業でもいい感じだし」
素直ワンコなクリスは、話題に乗ってくれた。
「準備も頑張ってただろ? 始まってみると意外と楽しいかもよ?」
ニコニコ笑って、背後に大きな尻尾の幻を見せて。
違う、この笑顔を見たいんじゃない。……やっぱり失礼なことしか考えられないや。
ぐうっと伸びをして、気持ちを切り替える。
えっと、次はディーン先生の授業か。
これを乗り切れば、次の休み時間は長い。ふらっと気分転換に出掛けよう。
******
ディーン先生の授業、終わりがけ。
他の先生が入ってきて、ディーン先生に何かを耳打ちした。
その途端へにょんと眉の下がったディーン先生が、「少し早いけれど、終わりにしますね」と言い残して、足早に教室を出て行った。
やったぜ休み時間が更に延びた、と湧く教室を、私はそっと抜け出す。
静かな所がいい。だけど鬱々とした気分を増す場所もちょっと。
だから私は、休憩先を中庭に選んだ。
中庭が、最後の虹色アイテム――虹色インクの出現場所だった、と気付いたのは、ベンチに座って、しばらくして。後ろからエディとアルバート、ブライアンの声がした時。
「ソフィア、今日こそ――」
「エディ。ソフィア嬢に近付くな、と、兄上から聞かされているでしょう」
「あ? 知ったことか。つーか、何でアルとブライアンはいいんだよ」
「私も、あまり近付かないように言われていますが」
「僕は、特には」
「腹立つ」
振り返ると、やいのやいのと言い合いをしている。こっちへ来ようとするエディと、止めるアルバート。後ろでローズが困った顔をしている。
エディの姿と声に気持ちがかき乱される。
立ち上がって逃げようとしたその時、渡り廊下の向こうからクリスとディーン先生が駆けてくるのが見えた。その更に後ろには、ウィリアムとゼヴ。
あらら、オールスター勢揃いじゃないですかー。
それなら、今、ですね。
立ち上がって、周囲を見渡す。あった、虹色インク。中庭の反対側。
「もしかして、探しに来ていたんですか、あれを」
私の横に並び立ち、視線はインクのまま、私に語りかけてくるブライアン。
「偶然ですが、ラッキーですね」
「本当なら、あなたも僕も、あのインクには触れてはならない、のでしたね」
「そうですね」
「先日のあなたの話から鑑みるに、禁止したのはゼヴィア様ですね」
「……そうですね」
「つまり、触れずにゼヴィア様へ連絡をしないといけないのですね」
「……ソウデスネ」
「その口調だと、納得していない、ということですか」
少し呆れた口調で、ようやくこちらへ目を寄越す。
「ですね。そして残念なことに、ゼヴィア様はもうすぐここに来ちゃいます。なので」
なので、さっさと取りに行きますね。
その一言が、言葉にならなかった。
インクはまだ、ウィリアムやゼヴの死角。それなのに、彼らは揃って「全員そこから離れろ!」と叫んでいる。
上空から轟音が聞こえた。
この音は何ぞ? 飛行機? ヘリコプター? いやいや、飛行機やヘリなんてこの世界にないし。
振り仰いだ空に、光のひび割れが走る。
パリン、と、薄いガラスが割れるような音がして、そして、巨大な影が中庭に降り立った。
何で! このタイミングで! ドラゴンが現れるのかな!?




