11.レターセット
9月。
虹色アイテムのうち、レターセットが出現する月。
ゲームでは8月最後――つまり夏休み最後にパラメーターチェックがあるはずなんだけど、特に何もなく。6月みたいなゼヴとの会話もなかった。
その代わり、避暑旅行後に再開された淑女教育で、何とか及第点を取れた旨を講師陣から聞かされた。……これはもう、チェッククリアということでいいんじゃない?
少々やつれながらも後期開始。
同じく少しやつれた感じのクリスは、十中八九、お祖父さんの騎士団長様に絞られたんだと思う。ローズもそれっぽいこと言ってたし。お疲れ様。お互いよく頑張った。
今月の虹色レターセットは、図書館に出現する。
これ、ちょっと困っている。図書館って範囲広すぎない? 立ち並ぶ書架なんて似たような景色が並ぶし、しかも紙物ばっかじゃん。
次のペーパーウエイトも体育館ってことでなかなか手強そうだけど、真ん中にポツン、はなさそうだし。ゲームで見た感じも準備室的な雰囲気だったし、もうちょっと絞り込めると思うんだ。
そうなると、このレターセットが一番の難関かもしれない。
むーん、夏休みの淑女教育(という名の強化合宿)で学力はアップしてると思うんだけど、今月は図書館通い強化月間にした方がいいのかも。
今までもちょこちょこ通ってはいたけど、まだ全部は把握できてない。この状態でレターセット探すなんて、ちょっとした賭けになっちゃいそうだもんね。
――この月初の判断が、私を救うことになった。
******
図書館はD、つまりディーン先生の領域。ええ、想定通り、何のイベントも起きません。
ただ、図書館通いを始めてから10日ほど経った時、珍しくエディと出会った。
「あれ、先輩。こんなところで会うなんて」
「何だよ、俺だって本は読むさ。あー……ほら、前に話しただろ、面白い本の話。シリーズ最新刊が入ったって聞いたから」
図書館だから小声になる。必然的に距離も近くなる。
は、は、は、恥ずかしい。嬉し恥ずかし、ってやつです? これ? ご褒美? それとも何かの罰?
でも、それを悟られるわけにはいかない。鼓動を押し込めるために息を吸って止めて。耳が赤くなってても見えないようにそっと髪の毛を下ろして。
うう、悲しい努力。
「ソフィアが技術棟に来ないのは、ここで勉強してるからか?」
そりゃ、私だって技術棟に行きたいけど。今月は我慢。
ていうか、前からやけに技術棟を推すよね。そんなに美術談義したい?
「そっか、勉強か。……じゃ、俺もここに来て、一緒に勉強するかな」
「はい?」
思わず声が大きくなっちゃって、慌てて周囲を見渡す。見える範囲に人はいないけど、響いただろうなー。利用者の皆さん、申し訳ありませんでした。
「ウィルには僅差で負けたけど、俺も学年二位だぞ? 分からない部分は教えてやれるし」
あ、このスーパーハイスペック人間、当たり前のように学力も高いのか。
前期期末テスト前に、ローズが自主学習での家庭教師役を買って出てくれたことを思い出す。思ったほど伸びなかったけど、一応学力は上がっていた。
図書館はそもそもが学力パラメーター上昇スポット。それに加えて教えてくれる人がいるなら、伸び率は更に上がるんじゃない? いいじゃん、いいじゃん。
うん、エディと一緒にいられるね、って打算もあるよ?
「それじゃ……もし良かったら、お願いします」
任せとけ、と言わんばかりの笑顔が、私に向けられた。自信満々。それでこそエディ。
だから、数日前からDとEは揃ってたんだ。
今日も嬉し恥ずかしの勉強会。
そこに、参考書を手にしたクリスがトボトボと歩いてくるのを見て、嫌な予感を覚えたの。
おかしい。
Cがここに来るなんて、普通では考えられない。……クリスをどんな目で見てるんだ、って申し訳なくなるけど、まぁほら、事実だし。
そこに、アルバートとブライアンとローズが連れ立って入館してきたんだ。
私とローズは顔を見合わせて、二人して少し眉を寄せた。
おかしい。
今はまだ9月半ば。レターセットが出現するのは、9月末のはずなんだ。
それなのに、このお膳立て。
緊張で手に汗が滲み出る。
私の視線がノートから外れたのに気付いたんだろう、エディも顔を上げて、あれ、と呟く。
「珍しいな、三人」
「そのままお返ししますよ、エディ」
エディとアルバートがどこかバチバチと目で応酬している。いや、バチバチさせてるのはエディだけか。アルバートは普通に涼しい顔。
私は立ち上がって、ローズの元へ。
「ホントに珍しいね、ローズ」(どうしたの一体)
「あら、わたくしは本の返却がブライアンと一緒になっただけよ?」(ブライアンを張ってたら図書館に向かったのよ)
「本か。この時期何かあったっけ?」(レターセットまだ先だよね?)
「ふふ、来月は体育大会だもの、計画的に勉強するなら今月が肝なのよ」(そのはずよね)
「そっか、私も勉強してたのは正解なんだね」(図書館に通ってて良かった)
言葉の裏に真意を含ませながら、ローズと囁きあう。
二人してこっそり周囲に視線を飛ばしながら。
「クラークさん、ローズとだいぶ仲がいいんですね」
要注意人物のブライアンに話しかけられて、私は彼と向かい合うしかなくなる。
「はい、とっても良くしてもらっています」
「ですよね。ローズを呼び捨てにできるなんて、上級生でもそうそういませんし」
あ。いつの間にやら「ローズさん」呼びから「ローズ」呼びにしちゃってた。
「いいのよ、わたくしが許したのだから。ソフィーは一番仲の良いお友達なのよ。ブライアンも良くしてあげて」
ブライアンには目を向けずに言いながら、ローズはゆっくりと歩き出す。
見つけた?
私も「そういえばローズ」と会話をする振りをして彼女に近付く。
「窓際の一人掛け閲覧机」
言われて目をやると、確かに虹色が僅かに見える。
見つけてもらうのはこれで三回目。ローズ、目がいいね。私がダメダメなだけか。
ただ、問題がある。あの席、ここからでは少し距離がある。何もないのに向かうのは不自然すぎるなぁ。
同じことを思ったのか、ローズが進路を机へと変える。ローズと小声で話している私も後を追えるって計算だね。
席に着いたローズ。隣から椅子を運んできて横に座る……タイミングで、机上のレターセットを手に取る。
「確保」
「OK。わたくしがこの本を貸すから、それに挟んで持って行きなさい」
「ありがと」
図書館は小声で話し合えるのが利点。その場で作戦を組み立て、ローズの言う通りに本を受け取る。
まったく、何でこんな時期にレターセットが現れるんだ。
内心で首を捻りながら席を立ち、振り返る。
――ブライアンとバッチリ目が合った。前にもあったよね、こんなこと。
今度も何も言われなかったけれど、ブライアンは目を伏せて何かを考え出している。
ぼんやりその様子を見ていたら、いつの間にかアルバートとのやり取りを終えていたエディに、顔を覗き込まれた。
声を上げなかった自分に拍手を贈りたい。
「どうした、ボーッとして。……ブライアンが気になる?」
「いえ、そんなことは」
気になるけど、気になるとは言えない。
「ローズとの話が終わったなら、さっきの続きに戻るぞ」
ノートを広げた机へちょっと強引に誘導される。背中に添えられた手! 手!!
って、落ち着け、自分。そうだった、勉強教えてもらってた最中なんだよ。レターセットで完全に飛んでた。
エディの教え方は、本当に上手。ローズも上手なんだけど、何というか、教え方の系統が違う? っていうか? 痒いところに手が届く的な。
先生役との相性がいいのかな。……相性がいいのかな。相性……いいといいんだけどな。
名前占いとか星座占いとか、そういうのがあるのかなんて知らないし、そもそももう卒業してる年齢だけどさ。何というか、うん、気になるよね。
******
夜、自室でローズと向かい合う。
真ん中には、シーリングスタンプと、シーリングワックスと、レターセット。
「ペンを除いては、順調に集まってる……と言えるけれど」
「今日はマジで肝が冷えたよ」
ローズも深く頷く。
「思い当たる節はない?」
「全くない」
対象区域の強化月間が問題なんだとしたら、技術棟通いを頻繁にしていた6月――シーリングワックスの時も、出現時期がズレるはずだよね。
「困った。今まではイベントが何もなくても日付だけは確実だったのに」
これじゃ、虹色アイテムの出現に対応しにくくなっちゃう。
「とにかく、これでレターセットは確保できたんだから。次のペーパーウエイト……体育館ね。そっちへ比重を移した方がいいかもしれないわ」
う。エディとの図書館デート……いやデートじゃないけど……勉強会……数少ない接点……。
ああでも、虹色アイテムの方が大事。だよね。うん。
でもでも、勉強の約束は勝手にキャンセルできないし、何て言い訳しよう? そろそろ体育大会のためにちょっと練習しておきたい、とか?
腕を組んで唸り始めた私を眺めていたローズが、「そういえば」と声を上げる。
「ウィル兄様の動きにちょっと気になる点があるの」
エディのライバル男子であるはずのウィリアム。
私の元にはほとんど姿を現さないけれど、未だにエディの邪魔を続けているらしい。
既に執務を始めている王太子殿下なのに、どうやってそんな余裕を捻り出してるんだ。
エディと会っても、引き抜きの話は一度も、これっぽっちも出てないですよ、って教えてあげたい。
「ウィル兄様、夏休み前からどうも難しい顔をすることが多くなったんだけど。長期休みで増える執務のせいかな、とも思っていたのよ。
でもね、夏休み後も、なの。ゼヴィアが学校に来る度に、顔が険しくなるのよね。で、エディに対する当たりが強くなる。
アルに対しても、できるだけソフィーに近付かないように、なんて言ってるのよ?」
何かあると思わない? と、ローズが悩ましげに呟く。
「ただでさえ、ウィル兄様はソフィーの障害なんだもの。本格的に対処しなきゃいけないわね」
手強いのよね、と、溜息をついたローズ。ホントだよね、最難関だよね。




