第三話 わんこ系騎士の反撃
ヒロイン登場で物語が進行している真っ只中。
しかし、わんこ系騎士はわんこである。また攻略対象者、彼らの朝は早い。
「殿下!」
そう言って、殿下ことサナール・ドワフスターナ様の後、尻尾を振って追いかけるのはジローである。違った、私の婚約者となったジロルド様である。
サナール様は、冷徹なお人柄で言葉が少ない。このわんこ系騎士が唯一よく喋る相手だったりする。素晴らしい逸材だ!BL妄想のためには・・・。
あのパーティーの後、わんこ系騎士との新たな決まり事をした。登下校をなるべく一緒に過ごそうとのこと。え、意味ある?ヒロインに邪魔されないかな!?という不安もあったりするが、今の一番の邪魔は殿下ではないだろうか?と思ったりもする。なんせ、相手はわんこ系騎士である。いつでもどこでも殿下と一緒・・・ごちそうさまです!あ、違うか。
「ジロルド、あとクリアールも、早いな。」
「殿下、察してください。」
何かに諦めたような表情でわんこ系騎士が殿下に力強く視線を向ける。
「そうですよ。わん・・・じゃなくて、ジロルド様のせいです。」
「クリアール、わんこと言っているも同然だっ!もう認めろ!」
「朝から喧嘩をするな。」
わんこ系騎士を介して、最近殿下とも近づくことが増えている。しかし、私はジロルドの婚約者なのでそこまで親しくはなっていない。
さて、なぜ私がわんこ系騎士と朝早くから登校しているのかといえば、もちろんジロルドのせいである。パーティー終了後、ヒロインはジロルドルートに入った。それだけが真実でそれだけが私の知るところ。大きな行事がないと、さすがの私もイベント発生がいつどこで起きるかなど神様ではないので知るわけがない。だが、最近ジロルド周辺にヒロインが現れているのは事実である。そう・・・ヒロインのせいで朝早くから登校している。
「婚約者がいる相手に遠慮もなく近づくなど、いくら学園内のこととはいえ困ったものだ。」
「どこに行っても先回りされているんです。俺の行動を把握しているようで。」
沈痛な面持ちでジロルドが殿下に相談している。
「クリアール嬢が一番の被害者だろう。何かされていないか?」
珍しく今度は、殿下がクリアールに対して声をかける。
「私ですか?ジロルド様の隣にいてもいないものと判断されているようですね。ジロルド様のことが好きなんでしょうね。きっと。」
今までのヒロインの行動を思い出しながらクリアールが答えた。殿下のほうを見るとなにやら少し心配そうにしている姿のように感じてしまった。
「殿下、大丈夫ですよ・・・・ジロルド様には殿下だけです!」
「クリアール!?殿下、違いますから!本当にすいません!」
笑顔を向けて殿下に答えるとジロルドがすぐに反論してきた。その姿を見てほんの少しだけ殿下が笑ったような気がした。
「私は、ただ色恋事に現を抜かすのではなく、いつでもジロルド様は殿下を一番に考えていると伝えただけですよ?仕事熱心ですよね。」
「絶対違うよな!?騙されないぞ!?」
「ジロルド様ったら。冗談ですよ。」
眼鏡をカチャりと動かして、わんこの顔をちらりと確認する。本気で怒っているようには感じなかった。こんな風に軽口を言える空間が私にとってはとても安心する。
最近、わんこ系騎士に付きまとうヒロインであるが、クリアールとは話したことはない。むしろ私の姿が見えているのかどうかも怪しい。婚約者という立場ということもあり、ジロルドだけでなく攻略対象たちも少しだけ心配しているような言葉をかけてくるようになった。ジロルド本人も、心配とは口にしないが悩んでいるようだ。
自分自身がヒロインに何かされたわけではないので、特にクリアールが気にしたことはない。しかし、目立つ行動の多いヒロインのため、ジロルドと朝早くから学園に登校するようになっている。ヒロインと遭遇すると授業にも影響があったからだ。婚約者だからとジロルドから一緒に登校しようと言ってきた。
私の婚約者様は、意外と行動力があるようだ。
朝早いこともあり廊下では一人もすれ違うことがなかった。教室まで来やってくると、殿下が教室に入って、ジロルドの動きが止まった。そのため、廊下でジロルドとクリアールの二人になった。
「クリアールは、眼鏡がないとあまり見えないんだったよな?」
「はい。」
突然ジロルドが脈絡もなくそんなことを聞いてきた。以前言ったので知っているのに、なぜ確認されたのだろうと不思議には思った。
「少し、その眼鏡を貸してくれないか?」
「いいですけど?」
ジロルドに言われて、眼鏡を外してそれを渡した。しばらくその眼鏡をジロルドが見ているのか、動きは見られなかった。眼鏡がないのであまりわからないが、ジロルドがやっと動き出したかと思えばキョロキョロと周りを確認しているような動きを見せた。なぜ眼鏡を回収して周りを確認しているかわからないが、早く眼鏡を返してくれないかなと心の中で考えていた。
周りを探る動きもなくなり、ジロルドがやっと眼鏡を返してくれるのかと思ったがクリアールの顔にジロルドが近づいているような気がした。しかし、ジロルドの顔はクリアールの正面ではなく横にいった気がして特に自分は動かなかった。なんだろうと思った瞬間には頬にふわりと暖かい感触が伝わった。
「え?」
「はい、これ眼鏡。」
気が付いたらジロルドから眼鏡を返されたが、無理やり手に握らせるように返された。一瞬廊下で放心していたが、勢いよく俯いて顔が熱くなる。すぐにその場を移動して教室に移動しようとするが、まだ眼鏡をかけていなくて扉にぶつかった。
突然、なに!?びっ・・・びっくりしたぁ~。
恥ずかしくてすぐに眼鏡をかけられなかった。おそらく今自分の顔を確認したら赤くなっていることだろう。
眼鏡ないから顔見えなかった・・・いや見えなくて良かったか。
自分の机についてから両手で顔を覆って、そのまま突っ伏してしまった。
わんこの、わんこのくせに~!あれはわんこに舐められたのと一緒だ!小説に書いてやる!いや・・・無理!書けない!やられた、なんか負けた!わんこ系騎士に負けた~!
「うっ~!」
教室で一人うめき声が出てしまった。
隣の教室ではすでに殿下であるサナールが自席に座っていたが、少し遅れてジロルドも自席に座ったのを確認した。机で準備をしてからすぐにいつものように殿下の元に近づいてきた。
「ジロルド、笑っているのか?」
「え!?」
口角が上がっていることに気づいていなかったのか、ジロルドは殿下に指摘されてから口元を覆うようにして顔に触れている。
「なんだ、気のせいか。」
殿下は、特に気にした様子もなく気のせいだろうと判断していた。
「ええ。少し・・・この教室が熱いくらいですかね。」
「そうか?今日はそんなに熱くないと思っていたが、もう暑い季節だからな。」
「そうですね。クリアールの顔も赤くなっていたので、これから暑くなりますよ。」
何かを思い出しているのか、ジロルドがそんなことを口ずさんで笑った。