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第二話 本編開始前のわんこ系騎士の日常

「でんかっ!殿下っ!」


それはまるでご主人様に尽くす犬のようだと誰かが言っていたことがある。おそらく、殿下に対する尊敬の気持ちがどうにも抑えられない性分だと自分で思う。


「ジロルド、落ち着きなさい。」


 俺とは違い、いつでも威厳溢れるこの落ち着いた声を聴くとどうにも気持ちが溢れてしまう。やはり、同い年とはいえこの貫禄が素晴らしい。いつか俺もこのように落ち着いた人間になりたいものだ。人からはよく感情を抑えるように言われるが、そこが難しいところだ。


 殿下の名前はサナール・ドワフスターナ様。気軽にサナと呼んでくれと言われるが、恐れ多くて言えるわけがない。無理だ。神様に様つけるなというほどに無理だ。威厳ある人なのに、こんな対応されると顔が引きつってしまう。いや、俺も幼少期からこんな他人行儀ではなかったが、自分も大人になったのだ。特に幼少期の失敗を知っているこの人に対して俺は絶対に勝てない。まぁ、俺の恥ずかしい秘密を他人に話すような人ではない。だからこそ尊敬できる。俺の周りのやつは、俺の恥ずかしい話を俺と友人の前で言うような非道なやつばかりだからな。


 学園に通うようになってから、殿下たちとの時間が増えていった。自分の尊敬する人物にほぼ毎日会えることはとても喜ばしいことだ。そのため、つい表情にも出てしまう。殿下以外の友人たちはその様子にすでに慣れているため、特になにも言われることはなかった。


しかし、ある時から学園の周りの人物たちが俺たち4人の集団を見ると不思議な表情をするようになった。


もともと周りから注目されることは多かった。特に殿下は見目も麗しいとの評判だ。自分の容姿は特に気にしたことがなかったからわからないが、周りはいつもうるさかった気がする。


「ジロルド、知っているか?」


 その日、普段の殿下とは何か違う雰囲気を感じた。周りのやつらもそれに気づいたように殿下の声に顔も耳も向ける。聞かれたのは俺だったが、周りのやつらもただならぬ雰囲気を察したのだろう。


「とある人物が、自作で小説を作成し、そして全校生徒に配ったものだ。」


 俺たちの前に本を差し出してきた。


「小説ですか?そういえば、配られたような・・・。それが何かあるのですか?」


「・・・。」


 すごい。珍しいこともあるものだ。殿下が俺の質問に止まってしまった。この人の時間だけ止まったのか?そんなわけないか。


「・・・読めばわかる。お前たち、心して読むといい。」


 沈黙の後に、ゆっくりと殿下がそう言った。それに対して、俺たちは顔を見回して疑問の表情になる。昼食時間というのに、男4人が食べるのではなく小説を読むなどおかしい光景だった。しかし、殿下の待遇により食事は個室が用意されているため、この4人でいることが多い。殿下だけに留まらず、ここに集まるやつはある程度家柄も良く女性にも人気が高いらしい。


 小説というよりも、勉強自体が得意ではない俺は本を読む習慣もなかった。しかし、殿下が言うならば読まなければ。そして、俺はそれを読んだ。


「なっ・・・。なんだこれ!?」


 思わずその本を床に叩きつけてしまった。


「殿下!誰ですか!?これを書いた人物は!?」


 あまりの内容に焦ってしまい、つい殿下の胸倉を掴んで揺すってしまった。


「ジロルド、落ち着け。調べはついている。」


「これが落ち着いていられますか!?俺ですよね!?俺がいますよね!?しかもっ・・・なんか捏造されていませんか?なんで俺が殿下と・・・殿下と・・・。うわーッ!」


 少し涙目になりつつ、投げつけた本を真っ二つにしてやった。しかし、俺の怒りは収まらない。なんだこれ!?なんだこれ!?真実と嘘が入り混じった内容だ!この幼少期の内容など、殿下と俺の秘密のはず!まさか、殿下が裏切った?いや、それはない。こんなどうでもいい内容はこの人にとって何の意味もないことだ。


「え・・・殿下・・・待ってください。全校生徒に配った・・・って言いませんでした?」


 なぜか急に落ち着いた声が出た。気持ちは焦っているが。


「ああ。」


「あ・・あ・・有り得ない!」


「最近、いつもと違う視線を感じなかったか?」


「いつもと?・・・そういえば、殿下と話す時に・・・。」


 血の気が引いた。え、つまり周りのやつらはこの小説を俺と殿下だと認識した上で俺たちを見ていたのか?


「俺たちとは隣の教室にいるご令嬢なのだが、名をクリアール・シュトセイゼン。知っているか?」


俺たちはその名を聞いて、頷くべきか困惑する。名前は聞いたことがある。たしか、体が弱く屋敷に籠っていたとの噂を聞いたことがある。本来はこの学園に通う人物ではなく、繰り上がりの学園に在籍していたと聞いたことがある。だが、そんなことはどうでもいい。こんな小説を書いている人物であるということが重要だ。


殿下方に一度止められたが、直接抗議することにした。正直、言わないと腹の虫がおさまらない!


「なんで俺が殿下と恋愛している小説が、全校生徒に配られているんだ!?」


その言葉が初めてあの女に対して発した言葉だった。口論の末、なぜか負けた気分だった。たしかに“登場人物は架空の存在である”って書いてあるが!なんかずるくないか!?読めば読むほど俺のことなんだが!?


「ジロルド・・・お前、挨拶もなく怒鳴っていたと聞いたぞ?」


翌日、殿下と会うなりそんな言葉がかけられた。


「は・・い・・。」


 目を逸らしてしまった・・・。


「相手方からの訴えがあったわけではないが、ほどほどにしとけ。庇うことが出来なくなる。」


「うっ・・・はい。」


 いや、あいつが悪くないか!?たしかに礼儀として俺は間違えたけどさ!?あの本全部燃やす!絶対に!あの女、クリアールとか言ったか?怒鳴ったのに反省の色が見えなかったぞ!でも、殿下に心配されるわけにはいかないか・・・。はぁ~。


 しばらくすると、俺以外のやつらもクリアールに抗議するようになった。おそらく俺が怒鳴っても平然とするようなやつだったから、ある意味でそこは安心して抗議の声をあげたようだ。その中には殿下もいたのだが、クリアールを止めることは誰にも出来なかった。


「クリアール!いい加減にしろっ!?」

「わんこ・・・じゃなくて、どうされましたか?」


 今、クリアールが俺のこと“わんこ”と言わなかったか!?確信犯だよな!?あ、心の中で呼び捨てにしていたのが出てしまった!まぁ、いいか。


「また新しいのを書いたな!?」


「まぁ、嬉しいですわ。最新刊までお読みになってくださったの?」


 いつきても平然な態度だな!


「そんなわけないだろうが!」


 くそぉ~!俺は泣かないぞ!男だからな!


「なんで俺が毎度男に押し倒されねばならんのだ!?」


 もう認めろよ!あれは俺と殿下たちのことを書いているだろう!


「なるほど!ジロルド様は、逆に押し倒したいと!素晴らしい!次はそちらの方向で作成いたします!」


 なんでそうなる!?


「そんなわけあるか!!やめろ!もうこんな小説を書くなと言っているんだ!」


「ですから、こちらの小説にジロルド様は出ていませんので!勝手に小説を捻じ曲げないでください。」


ぐぅ~!これ以上言っても無駄か!


 最近また周りの目がおかしくなってきた。殿下以外の男友達と話している時だって、女性陣からの視線がおかしいと感じてきた。良く知らない男に好意を持たれているのか、過剰な接触をされることがあった時は相手をぶん殴る一歩手前だった。そして、ついには両親にまで心配された。そろそろ時期的にも婚約者がどうのと言ってきていた両親が、勝手にご令嬢たちの資料を集めていたが、そのほとんどが“ジロルド様と殿下の間には入れない”との訴えがあったとの報告が来た時は、一生結婚できないかもって思った・・・。


「もうお前のせいで!俺は男色だと思われているんだぞ!?友人といるだけで周りの目が生温かい!なんでだ!?お前、責任取って俺と結婚しろよ!」


 クリアールを見た瞬間につい爆発してしまった。


「嫌ですよ。何、自暴自棄になっているのですか?あなた様ならお相手はたくさんいらっしゃるでしょうに。」


おまっ、お前!俺の気持ちを考えろ!


「殿下との間には入れないとすべての家からの縁談が消えたわっ!おかしいだろう!?両親も噂を聞きつけて、変な目で見るんだぞ!?他の連中だって同じはずなのに、なぜ俺だけ特に真実味があるんだ!?」


 そう!一番騒がれているのが俺なんだよ!


「なぜでしょうかね?」


 俺が知りたい!


「くそっ!いや、もう決めた!責任取れ!」

「責任?」

「お前への復讐として!俺と結婚しろ!」

「いや、いや~。あなたまた後悔しますよ?」


「俺がこんなに迷惑被っているんだ!お前は責任を取る必要がある!」

 

「分かりました!でも、きっとあなたは後悔するでしょう。運命の相手に・・・・いつか出会うと思いますよ?」


「そんなものは小説の中だけだっ!」


 意外なことに、そのあと本当にクリアールやその両親からも婚約の許可が出たようで、俺の両親も泣いて喜んでいた・・・。俺としては複雑だ。


 正式に婚約者となった翌日、校門でクリアールを見つけ話しかけた。


「これで男色という噂がなくなるといいのだが・・・。」


 俺の本気の心配をよそにクリアールは平然とした顔を崩さない。というか、婚約者にこんな噂あっていいのか?いや、あんな小説書くくらいだからいいのか・・・。


近くで、多くの人が振り返る。ふわふわとパステルな桃色の髪を風にのせて、校門をくぐり抜けてきた少女を見ているようだ。


そうだよ、俺はあの少女のような人が婚約者になってくれたらと・・・。


ちらりと俺はクリアールに視線を向けてみた。


いや、待て。クリアールが俺の顔を見ていないか?視線を感じる気がする。待て、俺は別に浮気をするような人間じゃないからな!騎士として、当然婚約者を守る身分だしな!俺の親父は“浮気は男の恥”として母親一筋だからな!俺だってそこは父親を見習っている。いつもだらしない人だが。

 気のせいか?あの女を見ている俺をクリアールは微笑ましく見ている気がする?おかしいな?俺はこいつに復讐するつもりが、俺のほうが踊らされている!?気のせいだな。きっと気のせいだな。俺の顔はそんなに悪くないはずだ。そうだよな?


 俺はクリアールの婚約者のはずだ。それなのに、あの日以来その少女と会うことが多々あった。同じ学園にいるのだから会うのは当然のことだろう。だが、おかしいな。クリアールとは廊下でもすれ違うことさえないぞ?俺を避けているとか?


 しょうがない。俺から会いに行くか。あれ・・・でも会ってどうするんだ?理由がないと会いに行けない・・・。


 悩んでいる間、やっと口実を見つけた。クリアールがまた新しい小説を書いたとの情報がきた。よし、今日も訴えにいくか!


 なぜかクリアールの元に向かって怒りに行くはずなのに足取りが軽い。せっかく婚約者になっていることだし、図書室まで追いかけていくことにした。


「クリアール!」


 あ、いつものくせで怒鳴ってしまった。でもいいか、なんかクリアールも嬉しそうな表情になっているみたいだ。


「ちょうど良かったですわ!」


「な、なんだ・・?」


 嬉しそうにして何かあったのだろうか?


「婚約破棄書を取り寄せましたの!ほらっ!ね、ね?好きな人できたでしょう~?ふふっ。」


「お・・俺は・・。」


 クリアール・・・?何を言っている?こいつ馬鹿なのか?そうなのか?待てよ、最近周りにいるあの少女のことを言っているのか!?まずくないか?勘違いされている?


「お前への・・・クリアールへの、せっ・・・責任問題を・・こんな・・・違う!俺は他の女に現を抜かすような人間ではない!婚約破棄なんて認めない!」


 いや、責任問題とかそういうことでなく。クリアールは俺のこと誤解していないか?いや、お互いにあまり会話らしいこともしていなかったかもしれない。


「あれ~?運命感じちゃったのでは~?」


浮気をするような人間だと思っているのか!?小説に出てくるわんこ系騎士を読んだ限り、俺のことを理解しているとばかり思っていた!


「なんだ、それは!?誰がそんなことを!?俺は、そんな最低人間ではない!たっ、確かに・・・見目の良い女がいるが・・・俺は見た目で人を判断するような人間になるつもりはない!それに、クリアールが俺の婚約者だっ!結婚してからも浮気をするつもりもなければ、お前が浮気をすることも許さんからな!」


「え~?びっくり!あの子に一目惚れだと思ったのに!なんで?」


 何、普通にびっくりしている!?


「違う!どんなに見目の良い女が現れようとも、俺が裏切るようなことはない!まだ、婚約者という立ち位置だが、結婚していないからと言って他の女に言い寄っていいことはない!」


「わぁ~。素敵ですね・・・。」


 男として当然だろうが!


「ふんっ。当然のことだ!お前に俺の婚約者として責任を取ってもらうと決めたのだからな!お前がもう嫌がっても決定したことなのだから!」


 不本意ながら、お前に復讐すると決めたんだ。責任取ってもらう。


「・・・。私、勘違いしていました。」


「ん?」


「そんなに私に嫌がらせしたいのですね!」


 何、笑顔で言っている!?


「なっ!?たっ、確かに嫌がらせも含まれているが、お前がそんなことで嫌がるような人間ではないこと理解しているからな!?それさえも小説の内容になりそうだと理解している!それに・・・小説のことは恨んでいるが・・・。クリアールのことは・・・。」


 合っているがっ!なんだこの負けたような気分は!?それに俺としては別に嫌な婚約ではないし。むしろ両親には泣いて喜ばれたが・・・。やはりクリアールに恨みはあるな。


「はい、はい。私、ジロルド様のこと誤解していました。一目惚れで速攻婚約破棄するだろうなって、ずっと思っていました!でも、そんな人ではないと知って・・・見直しました!あと、好感度上がりました!ジロルド様となら結婚もいいかもしれません!」


 そんなに顔に出ていたか!?俺って顔で判断するような非情な人間に見えるのか?いや、小説の中の俺はたしか・・・わんこ系騎士とかいう変なあだ名があったが、そんな非情な人間には書かれていなかったはず・・・。


「ん?・・ん~?この言葉に俺は喜ぶべきなのか?怒っていいか?」


 クリアールにとって俺はどう見えているんだ?


「ジロルド様ってば~本当に可愛いですよね!」


「クリアールに言われると怒りたくなるな。小説の台詞を聞いているようだ。」


 可愛いってなんだ?俺は男だが?


「まぁ!やはり読んでくださったのですね!?」


「違う!読んでなどいないぞ!?」


 読んだけど!読んだけど!・・・読んでない!・・・全部は。


 そして、パーティーの時期がやってきた。初めて婚約者になったクリアールを迎えに行った。だが、そこにいたのはいつものクリアールじゃなかった・・・。


 聞いてない!顔が良いなんて聞いてないぞ!?


 あまりの衝撃に馬車の中でも自分がどうしていたか、何を喋ったか思い出せない。入場した時に誰かにぶつかったが、それもよく覚えていない。


 クリアールの姿を見て殿下もその他もなんかいつもと違う対応をしていないか?こいつは俺の婚約者なんだが・・・。それに、みんな小説のこと忘れてないか?


 よし、ここは声に出して伝えとくべきだな。


「クリアール、今日は俺から離れるなよ!?あと、小説の話題は禁止だ!」


「ええ~。」


 なぜそこで嫌がる!


「お前は、俺の婚約者なんだからな!絶対に責任取れよ!?」


 クリアールの見た目が良いからって、今更俺の顔が普通で嫌だとか聞かないからな!


「は~い。」


「卒業したら即結婚だから!」


 そうじゃないと危険な気がする。


「はい。」


「くっ、小説のことは・・・少しくらいなら許可してやる・・。」


「本当に!?」


「なんでそこが一番嬉しそうなんだよ!?」


「えへへ~。」


 くそっ!今までで一番の笑顔がこの話題だと!?


「お手!」


「おい・・・俺は犬じゃないぞ・・・。って、わんこ系騎士が俺だと認めたのか!?」


「なんだ、ジロルド様やっぱり小説読んでいるね。」


「ちがっ!?」


いや、小説は読んだけど!読んだけど!ちゃんと読めるわけがないだろう!俺が・・・俺が殿下に愛を囁くなんて言葉読んでないからな!


やっぱ、こいつには責任取ってもらわねぇと気が済まねぇ~!!



*短編からのわんこ視点でした。


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