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ナイフを持ちたがらない少年

作者: 川里隼生

 無言でドアを開け、そのまま座る。この小学校に入って、有栖川ありすがわ敬人よしとは四年半もそれを続けている。彼が最初に登校するからではない。彼の登校順位は二十五人いるクラスのだいたい十二番目くらいだ。話しかけられても小声で一言程度しか話さない。周囲は徐々に彼と付き合わなくなっていった。


 幼稚園の頃はそうではなかった。むしろ積極的に友達を作る、明朗な少年だった。卒園する年の秋のことだった。彼は友達の一人と喧嘩した。仲直りせずに帰宅してしまい、その後も互いに謝ることなく日々が過ぎていった。先生はこのことを知っていたが、二人の自主性を高めるためにあえて知らないふりをした。結果的には、それがミスジャッジとなってしまった。


 その友達と仲直りすることなく卒園し、小学校に入学した。喧嘩の原因は相手のことを考えずに発した自分の言葉だったと考えた彼は、何も話さないという改善策を打ち出した。その結果、友達がいないという状況に陥った。彼の入学と共にこの小学校へ赴任し、今年度初めて彼の担任となった豊田とよだ柑奈かんなは、家庭訪問で彼の父親に内気な教え子のことを話した。


 その日の夜。

「なあ敬人。父さんの職業知ってるか?」

「今はレストランのシェフでしょ?」

「正解。特にハンバーグが人気でな。この間父さんが現役だった頃の仲間が来てさ……」

「何の話なの?」

 敬人は風呂上がりのアイスを食べている。


「あ、話が逸れた。エラーだな。そのハンバーグなんだけど、牛肉をミンチにするときに包丁を使うんだ。敬人が好きなカツ丼だって、包丁を使う。もちろんサラダにも。包丁を使わない料理のほうが少ないな」

「包丁って便利だね」

「そう。便利なんだ。人間は刃物を持たないと生きていけない。危なくってもな」


 しばしば言葉は刃物だと言われる。だが、危険だから扱うなという意味ではない。人は刃物ほうちょうで食事を作り、刃物のこぎりで家も作り、刃物はさみで服まで作る。刃物がなければ衣食住を揃えられない。言葉も同様に生きるために必要で、『言葉は刃物』とは包丁や鋸や鋏のように慎重に扱えという意味なのだ。


 それを父親は不器用に息子に伝えた。息子はアイスをくわえたまま何か考え始めた。実に四年半に及ぶブランク。彼の手は、もはやその刃物の持ち方を忘れてしまっているかもしれない。慣れない使い方で隣人を傷つけてしまうかもしれない。だが、その刃物はこれからの長い人生を共にする商売道具なのだ。父親は静かに息子を眺め続けた。

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