4.親友
開き直る事にします。
まるで化け物を見る様な、そんな視線がアキレスに集まった。
ドラゴンの肉には自然治癒力を高める力があるらしい。そう昔話に聞いていたが、実際に体験し、その効力にアキレスらは驚いた。
流石に、失った左腕が生えてくるほどの、再生力を発揮したわけでは無い。それでも治る傷ならば、全身の骨折には5日。それ以外の細かい傷から、大きな傷まで、ただの1日で完治した。ずっと観察していた訳ではない為、どのように治ったのか、アキレスらはわからない。流れ出た血が固まるようにカサブタができ、肌が日に焼けるのとは逆まわしに打ち身の色が引いた。
医術師によると、次の赤い月色が丸く満ちる頃までかかる診立てであった。月は144日かけて満ち欠けを繰り返しながら、新月を境に赤、青、赤、青と色を変える。先日赤い満月を過ぎたばかりなので、完治まであと278日程かかる予定であった。
それが5日。278日後どころか、3日前。人智を超えて早い。
気がつけば、目覚めてから両手の指で数えられる程度の日数しか経っていない。にも関わらず、アキレスは鈍った身体を整える為、近所を歩き回ろうと外へ出かけていた。
ついてくると言う両親を払いのけ、念のため、削っただけの木の杖を片手に繰り出した。一人立つアキレスを迎えたのが、冒頭に記した視線とヒソヒソと話される隣人との噂話だ。
二度と目を覚ますことはない。最悪、数日の命とされた男が立って、歩き回っている。死者の歩き回る島だ。シャレにならない。
こればかりは仕方がないと、アキレスは思う。予想していなかった訳ではない。逆の立場であれば、驚異的な回復力を前に何を思うかを想像するのは容易いのだからと考える。想定が甘かっただけだ。まさか自分が、アンデットとなって動き回っている可能性を論じられているとは思ってはいなかった。
チラチラと集まる視線を胸に、『ドラゴンの肉の効果を説明する必要がある。そうすれば、動き回っている理由もわかってもらえる。不気味なものを見る目も減るだろう』と、彼は思考する。
とはいえ、聞かれたならば説明するが、わざわざ自分から説明する気にはならなかった。彼の両親がすでに涙ながらに近所の人間に語っている。小さなコミュニティだ。すぐに広まるだろう。逆に、何故まだ広まっていないのかが不思議なくらいだ。それにドラゴンの肉が昔噺にあるように薬として使えるという情報は重要だ。長や医術師が率先して伝えてくれるだろう、遅かれ早かれと言ったところだ、とアキレスは予想する。
浅くない仲とはいえ、疑心の目を向けてくる相手とはあまり話をしたくはなかった。
ただ、やはり突き刺さる視線が痛い。杖を使わず、自分の足を前に出す。アキレスは、家から出るべきではなかったと、今更に思う。
だが、頭を振って否定した。家に籠っているとどうしても気分が鬱屈としてくる。
消し飛んだ左腕のことを直視してしまうし、亡き恋人エレアナの姿が、消し飛んだ仲間達の姿が脳裏を過ぎる。様々に浮かぶ思考はネガティブなものばかりだ。身体が鈍ると言う理由もあったが、本音はそれであった。
振り払えぬ悶々とした感情を抱えたまま、歩を進める。身体は軽い。病み上がりどころか絶好調であった。背中に刺さる視線とはまた別に、新たな感情が突き刺さる。このまま集会所に行って、長に説明を頼もうと考える。
この場の鬱陶しい視線を吹き飛ばしたのは、ごちゃごちゃしたものではなく、10メートル程離れた家の陰からひょっこりと顔を出した青年であった。
武装しており、これから警備任務に向かうのだろう。通りかかった彼は、道を行く噂通りの友人の姿に驚き、歓喜した。アキレスが、女と同じように、復活した。と云う不安を掻きたてる噂は、内容はどうであれ真実であった訳だ。「アキレス!」と、小走りで嬉しそうに近づいてくる。
「マヤビィス、久しぶりだな」
と、声をかけた。警備の日、交代要員として会話したのが最後だった為、10日程度しか経っていない。だが、娯楽のない小さな集落。仲のいい2人がそれほど長く合わないというのも珍しい。
「もう、歩けるのか?」
マヤビィスと呼ばれた青年は、アキレスに抱きつき、離れ、全身を眺めた。身体を支える事には使わず、わきに抱えた杖を小突く。
「あぁ、自分でも信じられない。母さんが、せめて栄養を付けようと、例のドラゴンの肉を出してくれたんだ」
そうしたらこのザマだ、とアキレスはその身体を見せびらかすように、腕を広げる。言葉は悲観的だが、表情や声色は楽観的な様子が見えた。おどけているのがよくわかる。だが、腕を広げた事で、そこにあるはずの左腕が変に目立っていた。マヤビィスの目が動いた事に気がつき、アキレスは気を遣わせてしまうかなと、後悔した。
その裏で、回復していない腕を見て安堵を漏らしたものが何人かいた。そんなことなどアキレスは想像もしない。だが、その安堵は徐々に広まり、結果的にドラゴンの肉の効果などよりも強く、アキレスへの不信感を緩和することになる。
「つまりお前は、ドラゴンのお蔭で助かった、って訳か」
ドラゴンの肉の持つ自然治癒促進効果の説明にマヤビィスが皮肉だなと笑う。そのまま腕には触れず、会話を繋げる。
彼は気を使っただけであったが、実を言えば重要な情報は伝わった。すでに十分常識外れな回復力があることは、目の前の男を見ればわかっている。それでも腕を生やすような力はない。それさえわかれば十分だろう。
「それにしても、お前、よくドラゴンの肉に治癒の力があるなんて話を知っていたな」
マヤビィスは問う。俺はそんな話聞いた事ないがと、笑う。
「いや、マヤビィスも聞いた事があるはずだよ」
降りしきる雪の中、と昔話を一編語り始める。アキレスが、死んだ祖父から聞いた昔噺だ。マヤビィスも耳に覚えがある。そのことを伝えれば、アキレスは頷き、物語の中盤に話を飛ばす。普段さらりと語られる部分を抜き出した。命からがらに、倒したドラゴンの肉を口に含み、一時の休憩をとるシーンだ。
そのシーンに、ドラゴンの肉の持つ治癒力促進効果を語る。しっかりと言葉にされているわけではなかった。アキレスはドラゴンの肉で傷を癒したと祖父から聞いていたが、マヤビィスは空腹を満たすためにドラゴンの肉を食べたと読んでいた。実際に、休息をとった騎士の傷が治ったとは記載されていない。
マヤビィスは、そういう意味だったのか、と感心する。
「美味いってのは聞いていたがなぁ」
「あぁ、そういえば、美味かった」
と、大袈裟に味を語っていく。
会話が弾み、二転三転。時間を知らせる鐘が鳴り、遅刻に気がついたマヤビィスが駆け出すその時まで、親友達の話は続いた。
「明日、お前ん家行くからよ」
と、手を振って。
開き直る事にしました。
承認欲求も満たされない。プロットが雑で色々と難航している。でも、完結させたい。
色んな感情を丸めて飲み込んで、どっこいしょー!