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犯人の素性

翌日の夜、いや、正確には午後七時、東京駅周辺には、警察官が私服でうろついている。全員、聖一の指示で動いている。勿論、それもあらかじめ圭太が聖一に頼んでおいたことだ。「本当に犯人がやって来るのですか?」

三沢警部は顔をしかめながら、聖一に聞く。

「圭太が言うんだから、必ず現れる」

「親子そろって自信家だな」

ため息をつき、ボソッと呟く三沢警部。

「でも、どこに現れるかわからないぞ」

「それさえわかればいいんですけどね」

「まぁな」

そう言うと、聖一は目を凝らし、駅構内を見渡した。







ここは京ノ助が殺害されたトイレである。

一人の女性がトイレ内でうろついている。いや、「ある物」を探しているといったほうが正しいだろう。

その女性が必死で「ある物」を探しているのを確認した圭太は、足音を立てずにトイレの入り口に立った。

「やっぱり犯人はあなたでしたか。島川加江さん?」

犯人の名前を名乗った圭太。

圭太の後ろには、聖一と三沢警部、達也と水花、京ノ助の三人の娘達、志のぶに川崎が一緒にいる。

「お義母さんが犯人だったの?」

すみれが声を震わせながら聞いた。

「違うわよ。私はただ主人が殺害された現場を、もう一度見てみたかったのよ」

加江は全員を見つめながら言う。

「それだけなのか?」

聖一が聞く。

「そうです。それ以外、何もありません」

きっぱりと答える加江。

「今回の事件、どう思われます?」

圭太は事件の真相を話す前に、加江に事件についてどう思っているのか聞いてみた。

「どうって…当然の報いだと思っています」

「当然の報いだと思うのはなぜですか?」

「麻薬の取り引きなんてしていて、その結果、亡くなっていますから…。もし、私が犯人だと言うのなら、事件の全貌を話してください」

加江は圭太に言った。

そして、圭太はワンテンポおいてから、

「まずは第一の事件、鈴木さんの事件からだ」

と、落ち着いて言った。

「鈴木さんって胃ガンで亡くなったんじゃないのか?」

川崎はわけがわからない言い方をする。

「胃ガンと思わせた殺人なんだ。加江さんは鈴木さんの見舞いに行った時、“いい薬がある”とでも言い、睡眠薬と精神安定剤を注射した。たちまち、意識がもうろうとし始めた。そこに追い打ちをかけるように、止血剤を両腕の至るところに注射した。やがて、鈴木さんは亡くなり、指紋を全て拭き取ってから病室を後にした」

孝正の事件を推理した圭太。

「なんで、睡眠薬と精神安定剤と止血剤を使って殺害したってわかったのよ?」

けい子は不思議そうに聞いてきた。

「鈴木さんの死に疑問を持った主治医が調べてわかったんだ」

「鈴木さんの主治医が…?」

「そう。鈴木さんは手術なしでも四ヶ月は生きられたそうた。いつ亡くなってもおかしくはなかったけど、両腕の注射の跡の数が異常だったらしいからな」

圭太は髪をかきあげながら言う。

「次に第二の事件、島川さんの事件だ。鈴木さんとの麻薬の事を知ったあなたは、電話で声を変えて、“麻薬の事をバラされたくなければ、東京駅の男子トイレに来い”とでも言い、背後からヒモ状の物で首を絞めて殺害した。そして、大きさの違う二つのヒマワリを置いて立ち去った」

淡々と推理をする圭太。

「麻薬の事は主人が亡くなったって聞いた時に初めて知ったのよ?」

加江は静かに言った。

「それは違う。後で話すが、事件が起こる前から、麻薬の事は知っていたはずだ」

「しかし、鈴木さんの葬儀の時にあったヒマワリは、どう説明するんだ?」

三沢警部はわからないような表情を浮かべて、圭太に聞いた。

「恐らく、加江さんの初恋の相手だったからでしょう」

「は、初恋?!」

圭太の言葉に、全員は顔を見合わせた。

「葬儀の生花に入っていたのは、大きなヒマワリ。大きなヒマワリの花言葉は、傲慢や私の目はあなただけをみてる。この場合、後者のほうが意味合いとしては合っている。加江さんは今でも鈴木さんの事を想っているのだろう」

「どうしてお義母さんが鈴木さんの事を想っているってわかったの? それに初恋の相手だってことも…」

いずみは加江と孝正の繋がりがわからない様だ。

「前に志のぶさんから鈴木さんの日記帳を借りたことがあったんです。その時に、過去に加江さんから想いを告げられたことがあったと書いてあったんだ」

圭太は日記帳を思い出しながら答える。

「小さなヒマワリの花言葉ってのは…?」

「小さなヒマワリの花言葉は、崇敬や憧憬なんだ」

「それにしても、圭太君、葬儀のヒマワリは鈴木さんが初恋の相手で、結婚してもなお想いを寄せているっていうことなのか?」

三沢警部はまだ少しわからない表情をしている。

「そうです。葬儀の間、誰も見ていない隙に大きなヒマワリを生花の中に一輪さした、というところでしょう」

「そうか。じゃあ、塚原家にかかってきた脅迫電話はどう説明するんだ?」

三沢警部は待ちきれんばかりに聞いてくる。

「オレに正体をバラされたら困る。つまり、二人を殺害するのにオレは邪魔な存在だった上に知られたくない。それで、オレの家に電話をしたんだ」

「麻薬の事は…?」

けい子は壁にもたれ掛かって聞く。

「それは親父が説明してくれ!」

そう言うと、圭太は聖一と入れ替わった。

「最近、鈴木と島川氏のそれぞれの店は、和菓子の売れ行きがあまり良くなかったらしい。それで、麻薬に手を出し、高額な金額で学生などの若者に売って生活費に当てていた。十七歳の少年が全て話してくれたんだ」

聖一と変わり、再び圭太は推理をし始めた。

「その事を知ったあなたは、二人を殺害することを決意した。鈴木さんは病院で、島川は駅のトイレで殺害した。島川の場合は、自宅で殺害してのもいいのだがそれだと家の誰かが殺害したのではないか、と疑われる可能性がある。だから、駅のトイレで殺害したんだ」

圭太は加江の顔をまっすぐ見つめ言った。

「何も私じゃなくても他の人でも出来たはずだわ」

落ち着いた口調の加江。

「確かに他の人でも出来たはずだけど、あなた以外に犯行を行える人物がいないんです」

「どういうことですか?」

加江は顔を歪めた。

「あなたは商店街の中にある花屋で働いていましたよね?」

「えぇ…一ヶ月前まで働いていました。それが何か?」

加江は同じ表情のまま、逆に聞いてきた。

「…なら、当然、花言葉も知っていたはずですよね?」

「まぁ、ある程度の花言葉は…」

ため息まじりで答えた加江。

「それなら話は早い。商店街ではたくさんの店もあるし、客数も多い。色んな情報も耳に入ってきたはずだ。勿論、二人の麻薬の事もね。麻薬の事は同じ職場の人や客の話で知っていたはずなんだ」

依然、圭太は加江を見て言う。

「お義母さんがそんな情報を知っていたからって鈴木さんとお父さんを殺したなんて、あなたの推測でしょ?」

いずみは加江を庇うように言う。

「推測ではない」

「100%推測ではないと言えるの?!」

すみれが叫ぶように圭太に訴えた。

「オレは推測で物は言わない」

「あなた…」

きっぱりと言う圭太に、言葉が出ないすみれ。

「ねぇ、圭太君、島川さんの死体の近くにあったヒマワリはどう説明するの?」

水花が聞いてきた。

「島川さんの死体の側に落ちていた二つのヒマワリの意味。それはなんなのか? 大きなヒマワリは鈴木さんとの意味とは違い、傲慢だ。小さなヒマワリは憧憬。つまり、わがままで人を見下しているが、どこか憧れていた、という意味だ。島川さんとは本当に好きで結婚したわけじゃない。ただの憧れしかない島川さんと結婚した数年後、あなたは初恋の相手である鈴木さんに再会した。が、鈴木さんは自分の旦那と麻薬の取り引きをしていた事が許せなかった。違いますか? 加江さん」

圭太は二つの事件の推理をした後、加江のほうをしっかりと見た。

「証拠はあるの?! 私が殺ったという確実な証拠はあるの?! あるのなら、今すぐ出してよ!!」

初めて感情を高ぶらせながら言う加江。

「鈴木さんの葬儀にはめていた赤いルビーの指輪はどうしました?」

「オイオイ、少年、何言ってるんだ? 赤いルビーの指輪ってのは何のことなんだ?」

川崎は圭太が出した証拠についてわからないという口調で、圭太に聞いた。

「そうよ。お義母さんが赤いルビーの指輪なんて持ってなかったはずよ」

けい子はイラつかせながら言う。

「加江さん、どうしました? 答えて下さい」

圭太は川崎とけい子の言っていることを無視をし、加江だけを見つめ聞いた。

「そ、それは…」

かなり動揺をしている加江。

今回、初めて動揺する加江の姿を見た圭太。

「島川さんの殺害時に外れてしまったんだ」

「ち、違うわ! 家で外してそのままにしたのよ!」

しどろもどろになる加江。

「それはどうかな?」

圭太の言葉に、加江の肩が少し上がった。

「達也と水花ちゃん、“あれ”を持ってきてくれ!」

二人は圭太に指示された物を持って、圭太の横に並んだ。

「この写真を見てくれ」

圭太は達也が持っている写真を指差した。

「これは…?」

いずみは写真を見ながら、圭太に聞いた。

「これは島川さんの殺害現場の写真だ。この右端を見て欲しい」

加江以外の全員は、写真の色んな場所を見ていたが、圭太に言われる通り、写真の右端をじっくりと見た。

「あっ!」

少しすると川崎が声を上げた。

「そう、赤いルビーの指輪が落ちているのがわかるだろう。この場所に落ちてたんだ。そして、水花ちゃんが持っている袋は赤いルビーの指輪の入った袋だ。あなたの物ですよね? 調べてちゃんとあなたの物だとわかっているんです」

この証拠に言い逃れ出来ないと思ったのか、加江は重々しく口を開いた。

「…そう…私が二人を殺害したのよ…」

「加江さん、なんで…?」

川崎は驚いて、加江に問い詰める。

「麻薬の事が許せなかったの。ある日、鈴木さんが胃ガンだということを知ったんです。それで、見舞いに行くふりをして、睡眠薬と精神安定剤と止血剤を注入したの。睡眠薬はウ―ロン茶に入れて、直接、鈴木さんに飲ませました」

加江は静かに孝正の事件を話した。

「薬はどうやって手に入れたの?」

すみれが加江に近寄り聞いた。

「私の友達に看護師がいるの。理由は言わずに三種類をもらいました。島川の殺害も推理通り、ここに呼び出し首を絞めて殺害しました。私、島川と初恋の相手がそんなことするなんて信じられなかった」

加江は京ノ助が倒れていた場所を見つめて語った。

「鈴木とどこで知り合ったんだ?」

聖一は志のぶと同様、孝正の人間関係をよく知らない為、加江に聞いてみたのだ。

「私、小学校からずっと女子校で恋なんてしたことなかった。高校生になってからは、友達はみんな“彼氏が出来た”とか“片想いしてる人がいる”ってのが多くて…恋をしたことのない私には羨ましいことばかりだった。そんな時、偶然、電車の中で出逢った鈴木さんに恋をした。声なんてかけられなくてずっと見てるだけだった。高校三年になったある日、思い切って声をかけて、家の電話番号を書いたラブレタ―を渡したけど、返事も電話もなくて、私はフラれたんだと思ってた。そして、年月が過ぎて、今から五年前に再会した時は本当に驚いたわ。高校時代の面影が今でも残っていたから…」

加江は高校時代と再会した時のことを思い出しながら語った。

「鈴木は覚えていたのか? 加江さんのことを…」

「最初の頃はわからなかったみたいだけど、何度か会ってるうちにね」

「何度かって…そんなにしょっちゅう会ってたんですか?」

志のぶは驚いた表情で加江に聞いた。

「私の店によく来ていたのよ。奥さん、あなたに花束を買いにね」

加江は志のぶを向いて答えた。

「わ、私に?!」

「えぇ…奥さん思いのいい旦那さんなんだなって思ったわ」

「ヒマワリを置いた理由は…?」

達也がため息をついた後に聞いた。

「あの頃の私の気持ちを忘れて欲しくなかった。ただそれだけよ」

「亡くなってからヒマワリを置いても仕方ね―だろ? せめて、生きてるうちに想いを伝えることが大切なんだから…」

圭太は今までにない真剣な表情で、加江に言った。

「確かにそうね。相手を殺害してからでは遅いわよね。私、自分の気持ちの伝え方を間違えていたわ」

加江は涙を流し言った。

「お義母さん、なんでお父さんを殺したの?」

思い切って、いずみが聞いてきた。

「いずみ達は知っていたかも知れないけど、私は島川と離婚しようと思っていたの。鈴木さんを殺害した後、悩んだわ。島川も殺害すべきか離婚して自首すべきか。だけど、殺害することに決めたわ。もう後戻りは出来ないって思ったから…。確かに、島川の店の売れ行きは良くなかったのは事実。でも、鈴木さんと二人で麻薬を扱っていたとは思いもしなかった。ある日、花屋で働いていた客から、二人が麻薬の取り引きをしているというのを耳にしたの。そのことは一気に噂になってしまって、近所の人に白い目で見られるようになって、とても心苦しかった…」

苦しい心の内を語った加江。

「二人を殺害せずに島川さんと離婚していれば、全てが上手くいっていたのに…」

圭太はポツリと呟いた。

「そうね。息子の様なこんな若い男の子に事件を暴かれてしまうなんてね。本当にバカなことをしたわね」

涙ぐみうつむいた加江。

「では、署のほうへ…」

三沢警部は加江をトイレから連れ出した後、三姉妹はその場で泣き崩れた。

圭太達はこの三姉妹をみていることしか出来なかった。

――この三人の涙は、しばらくの間、止めることは出来そうにないな…。

圭太はそう思いながら、三姉妹を見つめていた。


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