全ての意味
数日が経ち、圭太は何度も現場の駅のトイレに行ったり、島川の後妻である加江などに話を聞きに行ったりした。
「事件はどう?」
「うん、まだなんとも…」
圭太は微妙な表情をする。
「オレの家にかかってきた夜中の電話の理由がわかったけどな」
「よくわかったな」
感心する達也。
「オレの推理力、バカにしてるだろ?」
「そんなことね―よ」
「あとは電話の相手。鈴木さんの葬儀の時、生花の中に入っていたヒマワリ。鈴木さんと島川が麻薬の取り引きをしていた理由。この三つがわかればな」
「三つも残ってるのか」
ため息をついてから言った達也。
「恐らく、電話をかけてきた人物が、今回の事件のキ―マンだな」
「さっすが! なんでもわかってらっしゃる」
「まぁな」
得意気な圭太。
「ここが鈴木さんの家だ」
そう言うと、圭太はチャイムを鳴らした。
すぐに志のぶは出てきた。
「どうぞ」
志のぶは優しく迎えてくれた。
今日、二人が行く事はあらかしめ志のぶに電話をしておいたのだ。そして、二人は四畳半の和室へと通された。
「すいません。お茶まで出させてしまって…」
圭太は深々と頭を下げた。
「お構い無く…」
「早速ですが、鈴木さんに何か変わった事とかってありませんでしたか?」
圭太はカバンからノ―トとボールペンを出しながら聞いた。
「何かって…?」
「入院中に様子がおかしいとか…。なんでもいいんです」
「特には…。でも、主人は何度か島川さんと電話しているみたいでした」
志のぶは真っ直ぐ圭太の目を見て言った。
「何を話していたかわかりませんか?」
「それはわからないんですが、薬がどうのこうのって言っていた覚えが…」
志のぶはうる覚えの様だ。
――薬?! きっと、麻薬のことだな。
圭太はそう直感した。
「そうですか。川崎さんとは…?」
「電話はなかったです」
「やっぱり、和菓子店での共通点みたいなのはなかったですか?」
圭太は半ば諦めかけて聞いてみた。
「全くないってわけではないんですよ。たまに職場で会ってたみたいなんです。川崎さんの働いている職場の中にも、主人の働いていた職場が得意先だったみたいで…」
「そうだったんですか」
圭太はノートに書きながら言う。
「川崎さんとはプライベートでも仲良くしていたみたいです。なんでも、うちの主人が川崎さんの中学時代の恩師に似ているだとかで…」
付け加えて言った志のぶ。
――仲良かったんだな。親子ほどの歳も離れてるし…。
「島川さんとの麻薬のことは…?」
恐る恐る、圭太は聞いてみる。
「島川さんが亡くなられた時に、麻薬のことは初めて警察の方に聞きました。まさか、主人が…って思いました。もしかしたら、薬ってのは麻薬のことではないかと思うんです」
「オレもそう思います」
「早いところ、なんとかして欲しいものです」
泣きそうな声で言う志のぶ。
圭太と達也は、志のぶの顔を見るのが辛くて仕方なかった。
「大丈夫です。オレや親父も全力を尽くすので、もう少し待ってて下さい」
志のぶを安心させるために、圭太は“全力を尽くす”という言葉を使った。
圭太の言葉に、志のぶは頷きながら、泣きそうな表情から少し安心した表情になった。
「また家に伺うかも知れませんが、気にしないで下さい」
「全然いいですよ」
志のぶは笑顔で言ってくれる。思わず、圭太と達也も笑顔になった。
午後六時過ぎ、家路に着いた圭太。
圭太と達也が帰ろうとした時、志のぶは孝正の日記帳を持って来た。「持って帰っていい」と、志のぶが言うので、圭太は少しの間、日記帳を借りることにした。
夕食を終え、自分の部屋に戻ると、早速日記帳を見ることにした。
日記帳の内容は、自分の会社のこと、麻薬の取り引きのことなど、日々のことが書かれていた。圭太は日記帳を読みながら、志のぶが言っていたことを思い出していた。
「主人は薄々ガンのことを気付いていたみたいなんです」
志のぶが玄関先で言った。
志のぶの口調からは、孝正にはガンのことは言っていなかったようだ。
「ガンのこと、話してなかったんですか?」
達也が唖然としながら聞いた。
「えぇ…」
「じゃあ、どうやって自分が胃ガンだってこと知ったんだろう?」
首をかしげる圭太。
「主人に言わなきゃって思ってたんです。それで、ガンなどの病気の人が集まる会に一緒に行こうと思って、そのような用紙を引き出しに入れてたんです」
「でも、それだけでは自分が胃ガンだとはわからないんしゃないですか?」
達也はうつむく志のぶに聞いた。
「主人は薬の成分でわかったみたいなんです」
「それでか…」
志のぶの答えを聞くと、納得した達也。
志のぶは用紙を入れておくんじゃなかった、と今もひどく後悔している様子だった。
圭太もガンと気付いていて、なぜそれを志のぶに言わなかったんだろう、という考えだった。
――鈴木さんは自分がガンだと信じたくなかったんだろうな。信じたくなかったけど、この事実を受け止めなくては、と思ったんだろうな。オレらが見舞いに行った時、志のぶさんは病室にいなかったし、自ら“胃ガン”と言ってたからな。
日記帳を読み終えた圭太は、
「疲れたな…」
と、独り言のように呟いた。
そして、ベッドに寝転ぶとウトウトとしてしまい、ついに眠りに入ってしまった圭太だった。
二日が経った。この日は週明けの月曜日だ。
この日の四限目の社会の時間は、担当の先生が休みで自習となったが、クラスの全員は配られた自習プリントをやることもなく、それぞれ友達同士で喋っている。圭太と達也もその中の一組だ。
「オイオイ、学校にまで事件の写真持ってきてるのかよ?」
達也は呆れ返っている。
「まぁな」
「事件バカ…」
小さくポツリと呟く達也。
「何か言った?」
「いや、別に…」
首を横に振る達也。
――特に目立った物ってないな。わからね―問題もあるのにな。
「あ、そういえば…」
突然、達也は何かを思い出したように言いかけた。
「どうした?」
「島川が殺された現場に、ある物が落ちてたのを、圭太に言うの忘れてた」
「ある物ってってなんだよ?」
「赤いルビーの指輪だよ」
達也はすまなそうに言った。
「バカッ! なんで早く言ってくれなかったんだよ?」
「スマン…」
「赤いルビーの指輪かぁ…。待てよ。もしかしたら、写真に写ってるかも知れね―からな」
圭太はそばに置いてあった写真を写真に手を伸ばし、隅から隅までしっかりと見つめた。
「あった! これだ! あれ? この指輪…」
「見たことあるのか?」
「うん。何処かで見たんだけど、何処で見たんだろう?」
圭太の脳裏に、事件当時のことが蘇った。
「そういえば、あの人が…」
「あの人って…?」
「ありがとう、達也!」
「そ、そりゃ…どうも」
達也はキョトンとした声を出した。
――赤いルビーの指輪は、あの人の物だ! 今回の犯人はあの人だ!
圭太は写真を見ながら、心の中で確信した。
そして、午前中の授業が終わって昼休みになると、圭太は急いでトイレへと向かった。校内では携帯が使用出来ないからだ。
圭太がかけた先は、聖一の携帯だ。
「もしもし?」
「親父? オレだ」
「どうしたんだ?」
「島川の殺人現場に赤いルビーの指輪が落ちてたんだ」
圭太は達也が教えてくれた事と写真に写っていた事を、聖一に報告した。
「そうか。こっちもわかった事があるんだ」
聖一は改まった口調になった。
「わかった事…?」
「鈴木と島川が、麻薬の取り引きの理由などがわかったんだ」
「ホントか?」
「あぁ…。例の少年が虚ろな口調で話してくれたよ」
聖一は圭太に二人がやっていた麻薬の取り引きの理由など、全てを話してくれた。
「…そうだったのか」
「どうだ? なんとかなりそうか?」
「大丈夫! 親父の話で、犯人も犯人が残した証拠もわかったからな!」
自信に満ちた口調で笑顔になる圭太。
「それならいいんだが、あまり無茶だけはするなよ」
聖一は圭太の自信に満ちた声を聞いて忠告してくれる。
「わかってるって…」
そう言うと、圭太は携帯を切り、今までの事を整理した。
孝正の見舞いの時、水花から奪い取った手紙と孝正の態度。葬儀の生花の中に交じっていたヒマワリ。圭太の家にかかってきた“殺人の悪魔”という名の脅迫電話。そして、孝正と島川の麻薬の取り引き。
圭太には全てが繋がった。
――なんで、あの人が…? あの人と鈴木さんの関係がわからない。どこでつながりがあるっていうんだ?
圭太は志のぶの家に電話をかけた。
犯人と孝正の関係を聞くためだ。
「あ、志のぶさん? 塚原です。聞きたいことがあって…」
「いいですけど…何か?」
電話越しで志のぶが首を傾げている様子がわかる。
圭太は疑問に思っていることを聞いてみた。
「よく知らないんです。あまり人間関係の話はしてくれませんでしたので…」
「そうですか。ありがとうございます」
圭太は礼を言うと、ヒマワリを思い出した。
――そうか…そうだったのか。犯人がヒマワリを選んだ理由がわかったぞ! あの人はあの理由で、二人を殺害したんだ!
放課後、圭太は達也と水花に事件の事を話した。
「マジで犯人はあの人なのかよ?」
達也は驚きの声をあげる。
水花も同様だ。
「そうだ」
「いつ話すの?」
「明日の夜にでも…」
考えながら答える圭太。
「明日の夜…? 今日にしね―のか?」
「今日でもいいんだけど、オレなりに考えがあるんだ」
「考え…?」
水花はわからない表情をする。
「うん。それは、な…」
圭太は自分の考えを二人に話した。
「それで大丈夫なのか?」
「大丈夫だ」
言い切る圭太に、達也と水花は顔を見合わせた。
「そんなに自信があるんなら、オレらも手伝わね―とな」
「そうだね」
「二人にもちゃんと活躍してもらうぜ」
圭太は明日の夜のことを考えながら言った。
「あ、いけない! 私、今日、早く帰らなきゃ行けなかったんだ! 私、行くね!」
水花は急いで立ち上がり、カバンを持って立ち去った。
「ボーッとしてるとけあるな」
達也は苦笑しながら言った。
「確かに。ま、そういうとこが水花ちゃんのいいところなんじゃね―の? それに、水花ちゃん、オレに好いてるみたいだし…」
「何言ってんだよ? 絶対そんなことね―し…」
ふくれる達也。
「もしかして、妬いてんのか?」
「そ、そんなんじゃね―って!!」
赤くなりながら、達也は大声を出す。
「そっか、そっか」
圭太はニヤッと笑いながら、一人で納得していた。