二つの大きさの違うヒマワリ
殺人予告の電話から十日が経った。今日がその日だ。東京駅には、私服を着た警察官がうろついている。
「今のところ、怪しい奴はいないな」
三沢警部は険しい表情で言った。
「そうだな」
「しかし、圭太君あてに電話があるなんて犯人の顔が見てみたいですよ」
三沢警部は辺りを見ながら呟く。
そんな三沢警部の言葉に苦笑いする聖一。
「でも、なんで警視が現場に…?」
「自分の息子が関係しているのもあるが、久しぶりに現場に出たかったんだ。ここのところ、現場に出ていなかったからな」
聖一は腕を組みながら言った。
「そうだったんですか」
「ここにいても仕方ない。回ってこい」
聖一は三沢警部に指示を出す。三沢警部は返事をし、小走りでその場を立ち去った。
「達也、水花ちゃん早くっ!!」
学校の正門の前で、圭太が二人に叫ぶ。
今から三人で東京駅に向かうのだ。
「そんなに急いでどうするんだよ?!」
「そうよ。いくら事件でも急いだって何も変わらないってば!」
達也と水花は、圭太に文句を言う。
「文句言うならついてこなくていいぞ!」
圭太も負けじと叫ぶ。
――まったく、二人が“ついて行く”って言うから連れてきてやってんのに…。
この十日間、圭太は不安とイライラで眠れない日が続いていたのだ。そのせいで、圭太の胸中は、焦りでいっぱいなのである。
「ここから東京駅まで約一時間かかるから、四時半過ぎには着くはずよね」
水花が携帯の時間を見ながら言う。
「歩いてないで! 早く水花ちゃん!」
「あ、うん」
「オイ、圭太。何イラついてるんだよ?」
「別にイラついてなんか…」
「なんだよ、それ?」
首をかしげる達也。
その時だった。圭太の携帯が鳴った。
「もしもし?」
「圭太か?」
電話の相手は聖一だった。
「どうした? 親父」
「駅の中にあるトイレで、死体が発見された」
「えっ…?」
圭太は足をピタッと止めて立ち止まる。
「オイオイ、どうしたよ?」
達也は圭太の顔を覗き込む。
「誰がだよ?」
恐る恐る聞く圭太。
「島川京ノ助の絞殺死体で発見されたんだ」
電話の向こうで、聖一は悔しそうに言った。
「ちゃんとしてくれるはずじゃなかったのかよ?!」
「スマン、圭太…」
「今から東京駅に行くから!!」
急いで携帯を切った圭太。
「圭太君、どうしたの?」
「駅の中のトイレで、島川京ノ助の絞殺死体が見つかったそうだ」
「マジかよ?!」
「とにかく急ぐぞ!」
圭太を先頭に、三人は走り出した。
四時半過ぎ、圭太達は東京駅に到着した。三人は真っ先にトイレを探すことにした。探し始めて約五分もすると、トイレの前に人だかりが出来ていたので、すぐにわかった。
「あの…塚原聖一の息子です」
「あ、でも…」
前を張っている警察官は困った表情を浮かべる。
「何か証明はね―かな…」
圭太は呟き、制服の中を証明出来る物を探す。
「圭太!」
「あ、親父…」
「通してやってくれ」
三人はトイレの中へと通されたが、京ノ助の遺体を見た瞬間、水花が目を覆った。
「お父さんっ!」
突然、若い女性の声がトイレ全体に響いた。
その声の主は、京ノ助の長女・いずみだった。いずみの後ろには、二人の妹と後妻がいる。
「お父さん、嘘でしょ?!」
「返事してよ!」
三人の娘は、泣きながら京ノ助に向かって言葉をかける。
後妻である加江は、かなりの動揺をしている。
「島川京ノ助さんの奥さんと娘さん達ですよね?」
三沢警部は確認するように聞いた。
「あ、警部さん…」
加江は三沢警部に気付いたが、少し声が震えている。
「少しお聞きしたいことがあるのでこちらに…」
三沢警部は加江と三人の娘を違う場所へと誘導させた。
――ん…? ヒマワリ…?
京ノ助の右手の近くに、大小二つのヒマワリが一輪ずつ置かれていた。
「親父、ヒマワリ…」
圭太はヒマワリに指をさした。ヒマワリに気付き、目をやる聖一。
「鈴木の葬儀には、大きいヒマワリだったな」
「なんでヒマワリなんか…?」
考え込んでしまう圭太と聖一。
――ヒマワリは何か理由でもあるのか? 一体、何の理由なんだ?
そして、圭太はあることに気付いた。
「この事件はヒマワリに関係してるんじゃね―か?」
「なんだって?」
「鈴木さんの葬儀の時には、大きいヒマワリ。今は大小のヒマワリが一輪ずつある。絶対、何かあるはずだ」
圭太は強く言った。
「でも、鈴木さんは胃ガンで亡くなったんじゃ…?」
水花は首を傾げた。
「表向きの理由はな。前に言っただろ? 両腕にはたくさんの注射の跡があったって…」
「うん」
「もし、あれが殺人だとしたら…?」
圭太は意味ありげに、三人のほうを見た。
「そうか! 鈴木さんの死が殺人だったら、ヒマワリの置いてあった意味もわかるはずだよな!」
達也はあいづちを打つ。
「そういうこと。とにかく、オレ、警部のとこに行ってくる!」
「…そうか」
ここは駅内にある人目につかない喫茶店。さっき聖一達に話した話を、三沢警部にもしてみた。
「じゃあ、鈴木さんもお父さん同様、殺されたんですか?」
三女のすみれが聞く。
「今は断定出来ませんが、殺されたという線が濃いでしょう」
「そんな…」
すみれは信じられないという表情をした。
「警部! 島川さんの得意先の川崎さんが来られました!」
「ああ、そうか。どうぞお掛けになって下さい」
三沢警部は川崎を見上げて言った。
「すいませんな。わざわざ来ていただいて…」
「構いませんよ」
息を切らせながら言った川崎。
「だいぶ息が切れていますね」
「途中で雨に降られたもので…」
「天気予報、当たってしまいましたか」
三沢警部はため息まじりで言った。
「本題に入りますが、京ノ助さんと最後に会われたのは、川崎さん、あなただということになりますが…」
「そうです。次の和菓子の仕入れのことで話があったんです」「その時に何か様子がおかしかったとか、そういうことはありませんでしたか?」
「いや、特には…」
「そうですか」
手帳に書きながら、川崎と話す三沢警部。
「そういえば、少し時間を気にしているような様子でした」
ふと思い出したように言った川崎。
「誰かと会うというような、そんな感じですか?」
「はい、そうです。誰に会うとかはわかりませんが…」
三沢警部は深く頷くと、顔をしかめた。
「なぁ、島川さんが時間を気にしていたのはなぜだと思う?」
圭太は腕組みをして、考え事をしながら、全員に聞いた。
「え…?」
聞かれた全員は驚いた。
「恐らく、相手に呼び出された。あるいは、自分が呼び出した」
「何のために…?」
いずみが聞く。
「麻薬のことでしょう。その話を誰にも聞かれなくてもすむトイレですることにした。そして、口論となり、殺害された。これはオレの推測なんだけど…」
「麻薬…? 何よ、それ?」
けい子は興味なさげに聞いていたが、“麻薬”という言葉にハッとなった。
「実は京ノ助さんと鈴木さんには、麻薬の密売の疑いがありまして…」
三沢警部は言いにくそうに伝えた。
「そんなの嘘よ」
いずみは即座に否定する。
「証人がおりまして…」
「証人がいても、証拠はないんでしょ?」
「確かにその通りだ」
すみれの意見に同感する。
「コラ、塚原君、なんてことを…」
慌てて、三沢警部が圭太の耳元で言う。
「大丈夫。オレを信じろって。ちゃんと証拠を探すから…」
圭太も三沢警部の耳元で言った。
「それならいいけど…」
安心した表情をする三沢警部。
「ねぇ、いつまでこうしてるつもり? いい加減、早く帰らせてよ!」
けい子がイラついた口調で、三沢警部に言った。
「けい子、そんな言い方はないでしょ?」
加江もけい子の言い方に腹を立てて言い返す。
「二人共、落ち着いてよ」
いずみが加江とけい子をなだめる。
「今日はこの辺にしておきましょうか? 長い間、すいませんな。拘束させてしまって…」
三沢警部はけい子の性格を知っているせいか、ちょうど良い時にケリを付けた。
そして、一行は喫茶店を後にし、圭太と三沢警部は現場となっているトイレへと向かった。
現場に戻ると、達也と水花がトイレの前で、圭太の帰りを待っていた。
「圭太!」
「オゥ! 達也!」
「何かわかったか?」
「うん、まぁ、少しは…」
圭太は遠回しに言ったが、
――早いこと事件を解決しね―とな。
内心、焦りでいっばいだった。