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父の友人の死

九月の最後の土曜日、この日は雨が降っていて、少し暑いくらいだ。塚原圭太は友達である西川達也と圭太より学年が一つ下の山井水花を連れて、父の友人の見舞いに行くことになった。

なぜ圭太が見舞いに行くのかというと、小学生の頃に何度か会ったからだ。そして、達也と水花を連れていったのは、二人を紹介したいと思ったからだ。

父の友人が入院している病院は、駅から徒歩五分くらいのところになる大きな総合病院だ。圭太は受付で病室を聞き、三階まで階段で行くと、父の友人の病室の前でノックをした。すぐに中から男性の声で「はい」と返事があり、ドアを開け中へと入った。

三人が中に入ると、父の友人である鈴木孝正が、点滴をしている最中だった。

「圭太君かい? 少し見ないうちに大きくなったな」

孝正は少し微笑んで言った。

「そこに立ってないで座ってくれ」

「あ、はい」

圭太は返事をすると、イスに座る。

「今日は友達と来てくれたんだね」

孝正は達也と水花を見て、圭太に言った。

「はい。西川達也と山井水花です」

圭太に紹介されると、二人は会釈をした。

「今日は見舞いに来てくれてありがとう。嬉しいよ」

「いえいえ…。父から聞きましたけど、胃ガンだって…」

「この前の健康診断で、胃ガンだってわかったんだ」

苦笑いする孝正。

「圭太君のお父さんとはいつから知り合いなんですか?」

水花はソプラノの声で、興味津々に聞いた。

「中学と高校の友人で、柔道部の仲間でもあるんだ。まぁ、アイツには柔道は一度も勝てなかったけどな」

「圭太の親父さん、柔道、強いもんな」

達也はしみじみ言う。

「確かに。最近、オレも柔道始めたんだけど、親父には勝てね―よ」

「アイツに教えてもらってるのかい?」

孝正は聞く。

「はい。週に一度、近くの道場で教えてもらってるんです」

「そうか。…お、点滴が終わったみたいだ」

そう言うと、孝正はナ―スコ―ルをする。

「手術はしないんですか?」

「…まだだけど…」

一瞬、間をあけて達也の質問に答えた孝正。

「だけど…?」

圭太は孝正の顔を覗きこむ。

「予定が、ね」

はぐらかす孝正。

きっと言いたくないのだろう、と圭太は思った。

そして、孝正は暗い顔をしてうつむいた」

――ヤ、ヤバ…手術のこと追及しすぎたかな…。

圭太は内心ヒヤヒヤしていた。

「鈴木さんごめんなさい。手術のこと…」

「オレもごめんなさい」

圭太と達也は、孝正に手術のことを謝った。

「いいんだよ、二人共…」

笑顔で許してくれる孝正。

「あ、この手紙、誰からのですか?」

水花は机の上に置いてある手紙に、目をやって話題を変えた。

「島川京ノ助…?」

水花が持っている手紙を覗きこんで、圭太は呟いた。

「いや…それは…」

水花から手紙を奪って、引き出しにしまった孝正。

――またいらないことをしてしまったな。でも、なんか変だな。

圭太は孝正の態度に、妙な違和感を覚えていた。




孝正の見舞いから十日、圭太の元に孝正が亡くなったと連絡が入った。

「鈴木さん、だいぶ胃ガンが悪化してたんだな」

孝正の葬儀に向かう途中、圭太は警察官の警視である圭太の父の聖一に言った。

「そうみたいだな」

呟くように言った聖一。

圭太の脳裏には、手術の事で言葉を濁した孝正のバツが悪そうな表情を思い出していた。

「達也君と水花ちゃんとは、どこで待ち合わせしているんだ?」

「駅前のコンビニ」

圭太は何か考え事をしているような口調で答えた。

「どうした? 何かあったのか?」

「一つ気になる事が…」

――水花ちゃんから慌てて手紙を奪い取った鈴木さんの態度が…。

「圭太…?」

「あ、いや、なんでもね―よ」

圭太は首を横に振った。

駅前のコンビニ前で、達也と水花に会い、葬儀場へと向かった。

孝正は和菓子屋の店に勤めていたらしく、社内の人間や得意先の人間が、たくさん出席していた。

「うわぁ…人がたくさんだなぁ…」

達也が唖然とした声を出した。

「そりゃあな。鈴木さんは大手の和菓子屋に勤めてたからな」

「圭太、行くぞ」

「あ、うん」

慌てて圭太と達也は、聖一の後を追いかける。

「塚原警視!」

渋い声の男性が、背後から聖一に声をかけてきた。

「おっ、三沢警部じゃないか!」

聖一は驚いた表情をした。

三沢警部は圭太がお世話になっている上に、聖一の部下でもあるのだ。

「警部、どうしてここに…?」

圭太も驚きを隠せないでいる。

「うん、ちょっとな…」

言葉を濁す三沢警部。

「それより塚原警視達こそどうしてここに…?」

「亡くなった鈴木と学生時代からの友人なんだ」

「そうだったんですか。圭太君はともかくとして、この二人まで…?」

三沢警部は圭太の後ろにいる達也と水花を見て聞いた。

「鈴木さんが亡くなる前、胃ガンで入院中に見舞いに行ったからな」

代表で圭太が答えた。

「どけ! どけ!」

野太い大きな声で、喪服を着た男性が入ってきて、辺りが騒然とした。

その男性は威圧感があり、どこかの社長っていう感じだ。男性が通ると、周りは通り道を作る。

「あの人、誰なの?」

水花は聞く。

「島川京ノ助だ」

三沢警部が答える。

――島川京ノ助って…。

「オイ、圭太…」

「ああ…」

――鈴木さんの見舞いに行った時に、鈴木さん宛に手紙の相手じゃね―か。

「圭太、知っているのか?」

「あ、いや、別に…」

圭太は話をはぐらかす。

「老舗の和菓子屋の主人で、現在五十歳です」

三沢警部は聖一に言った。

「なんか、五十歳には見えないね。もっと上に見える」

水花はゆっくりとした口調で言う。

「確かにな」

「それに感じ悪くない?」

続けて、水花は小声で言う。

「まぁな。警部、後ろにいる女性達は…?」

圭太は三沢警部に聞く。

「着物を着ているのが、後妻の河江。ロングヘアの女性が、長女のいずみ。茶髪でハデめの女性が、次女のけい子。大人しくて品がある女性が、三女のすみれ。この三女が父の跡を継ぎたいと言っているそうだ。三人共、京ノ助の実の娘で前妻の子なんだ」

一人ひとり説明する三沢警部。

「警部、なんで知っているんだ? しかも、こんなに詳しく…」

聖一は不思議な表情を、三沢警部に向けながら聞いた。

「今から六年前、次女のけい子が十七歳の時に、盗みやタバコをやって、悪い連中とつるんでいたんです。何度も補導され、うちの署にも来ていて、その時にけい子の父親が島川京ノ助だということを知ったというわけなんです。そして、老舗の和菓子店の主人だということも…」

けい子を見ながら答えた三沢警部。

「そうだったのか…」

聖一は納得すると、けい子を見た。

「悪いことをやっていたという感じだな」

達也は腕組みして呟く。

「とにかく焼香しに行こう」

聖一が促す。

――島川京ノ助か…。一体、鈴木さんとどういう関係なんだ? ただの和菓子会社の知り合いってわけじゃなさそうだ。

圭太は列に並んでいる間、そう思っていた。




それから少し列に並んで焼香を終えると、焼香する前にいた場所へと戻ってきた五人。

「焼香も終わったし、僕は署に戻りますけど警視達はどうするのですか?」

先に口を開いたのは三沢警部だ。

「今日は非番だからな。とりあえず、この子らを連れて帰らないと…」

聖一はため息まじりで答える。

そんな会話を聞きつつ、圭太はふと生花に目をやった。

――生花にヒマワリ…? なんで…?

圭太は生花の中に一輪だけ混じっていたヒマワリに疑問を感じた。

そして、受付にいる女性に近付いた。

「あの、すいません。ヒマワリの葬儀に似合うんですか?」

「え…?」

突然の圭太の質問に首を傾げた。

「ほら、あの生花の中に一輪だけヒマワリが混じってるんですけど…」

圭太は生花の中にあるヒマワリに目をやって言った。

「あら? 本当だわ。入れた覚えは全くないのに…」

女性は不思議がって生花に駆け寄る。

「本当ですか?」

圭太も女性の後を追いかけるように、生花に駆け寄った。

「ええ…。葬儀が始まるまでヒマワリなんてなかったんです」

女性は圭太にはっきり答えた。

「…なら妙だな。葬儀が始まってから誰かが入れたのか?」

圭太は独り言のように呟いた。

「ヒマワリの花言葉ってわかります?」

圭太は思いついたように聞いた。

「わかりますよ。ただ、私が高校生の頃に人から聞いたものなんで、うる覚えですけどいいですか?」

「構いませんよ」

圭太は頷いた。

「確か、大きなヒマワリは傲慢や私の目はあなただけを見ているって意味で、小さなヒマワリは、崇敬や憧憬っていう意味だったと思うんですけど…」

女性は少し自信なさげに答えてくれた。

「じゃあ、このヒマワリは大きいほうだから、傲慢や私の目はあなただけを見つめるって意味になるんですね?」

圭太は確認するように聞いた。

「そういうことになりますね。あの…私まだ受付の仕事がありますので…」

「あ、すいません。ありがとうございます」

圭太が礼を言うと、女性は軽く会釈をして、受付へと戻って行った。

「圭太っ!」

圭太の行動を見ていた聖一達が近寄ってきた。

「どうしたの?」

水花が圭太の服の袖を引っ張る。

「あの生花見ろよ。ヒマワリがあるだろ?」

「ああ…」

「おかしいと思わね―か? 葬式にヒマワリなんて…」

「確かに。でも、鈴木さんが好きな花がヒマワリってこともあるぜ?」

達也の言葉に、聖一は続けて、

「いや、鈴木はヒマワリが好きではないよ。チュ―リップが好きだと前に言ってたよ」

「そういうことは、誰かが故意にヒマワリを入れたっていうことか?」

三沢警部はヒマワリを見て聞く。

「多分な」

腕組みをして答えた圭太。

「なんでだろうな…?」

「とにかくそのことはおいておいて帰ろうぜ」

達也は面倒くさそうに言う。

「そうだな。ここで考えていても仕方ない」

聖一も達也の意見に賛成のようだ。

「それでは、僕はここで…」

「わかった。また署でな」

聖一は三沢警部の肩を叩き言った。

そして、圭太達も葬儀場を後にしたが、圭太だけはヒマワリのことに納得していなかった。


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