相手を誘おう
木曜日になり、慶喜は学校に歩いているとポケットで振動を感じた。
(携帯? 何かアラームでもかけてたっけ?)
慶喜はそう思ったがすぐに、昨日のことを思い出した。
念のため、携帯を取り出すと、そこには予想通り清河と映っていて、すぐに慶喜は通話中にした。それから鞄からイヤホンを取り出して、スマホとつなぐと清河と亮雅の声が聞こえた。
『清河さん、今日は早いね。僕は朝練でいつもこの時間だけど清河さんはいつも八時くらいだよね?』
『う、うん……! ちょっとね……』
この学校は八時二十分が登校時間である。慶喜は普段七時四十分には学校に登校していて、サッカー部が朝練をしていることを知っていてもおかしくなかった。
サッカー部が朝練していることを知らなかった慶喜は自分の情報収集の甘さを呪った。
(サッカー部が朝練していることくらい少し考えればわかることだったのに……!)
慶喜は自分を非難するのと同時に美優に文句を言った。
(まったく……。その情報を知っているなら俺に教えてくれよ……)
慶喜はそう思ったが、美優が早く登校した理由は実は亮雅に会うためではない。本当は少しでも慶喜と話すために早く学校に登校したのだが、その前に亮雅と会い、すぐさま慶喜に電話したのだ。
『き、清河さん! 今週の日曜日って予定とかあるかな?』
(おっ、あっちから誘ってくるとはさすが清河だな)
改めて清河の人気に感心しながら、亮雅も清河に気があるという情報を手に入れた。そう言うと、今回の依頼は解決したも同然のように思えるが、今回の依頼は告白ではない。
(清河は誰かと恋愛をしたいと思っているが、それが亮雅であるとは言っていない。恋愛をするために亮雅と話したいだけ、というのが今回の依頼。面倒くせぇよなぁ)
『う、うん……! 日曜日なら大丈夫だよ。あっ、でも……!』
『わかってるよ。二人だとあれだし他にも二人くらい探そうか』
『ごめんね……。ありがとう……』
『謝ることは何もないよ。それじゃ、僕はこれから朝練があるから』
『う、うん』
それから廊下を走るような音がしたので、慶喜は電話を切った。先に切らないと美優の方から話しかけてくると思ったからだ。一瞬たりとも気を抜いてはいけない。
(やはり、どうも清河がぎこちないな。でも、日曜日の予定は取れたんだ。日曜日でなんとかなるだろ)
慶喜はそう結論付けて、イヤホンを耳から外した。今の時刻は七時三十分で、学生もまだ何人かしか歩いていなかった。
それから慶喜はずっと日曜日の計画を立てながら学校に歩いて行き、学校に着く頃には大体のスケジュールが決まったときだった。
慶喜は教室に入ってから部室へと向かうと、部室の前には美優がいた。
「そろそろかなって、待っている内に十五分も経っちゃってたよ……」
「十五分もまさかここにいたのか?」
慶喜は悪い予感を感じながら美優に聞くと美優は慌てて首を振った。
「そんなことしたら慶喜君が困っちゃうでしょ。だから、教室に戻ってはここに行ったり来たりしていて」
「それなら……まぁいいか」
本当はその挙動不審な行動も止めてほしいのだが、早く部室に入りたいという思いと、朝のファインプレーに免じて許すことにした。
部室に入り、お互いが席に着くと慶喜は開口一番に言った。
「朝練のことを知っていたら教えてほしかった。それだったら、今日も朝練に向かわせたのだが」
「ごめんなさい。本当にたまたまだったの。今日は、えっと……、そう、お友達に早く来てって言われて……。結局さっきその友達が遅れるっていう連絡が来たんですけど……」
「なんだ。それならやはり俺のミスってわけだな」
「え? どうしてですか?」
慶喜がなぜ自分を非難したのかわからない美優だが、慶喜はそのまま話を戻した。
「とにかく、日曜日の計画をおおざっぱに立ててみた。細かいところは土曜日の練習で大丈夫だろ?」
美優は黙って頷いた。慶喜は学校に来るまでに考えた予定を美優に言った。
「男も入ることから、男女で平等に楽しめるところがいいと思った。だから、行くところは、ショッピングモール【サトーヨーカドー】でどうだろうか。あそこなら買い物だけじゃなく、ゲームセンターもあるから楽しめると思うのだが……」
「私、ゲームセンターにあまり行ったことがないんですけど」
「そっちの方がむしろ好都合だ」
慶喜の言った言葉の意味がよくわからなかったが、美優は慶喜を信じることにした。
慶喜がスマホの時間を見ると、まだ七時五十分であった。これ以上言うことがなくなった慶喜は鞄の中から本を取り出した。結局、月曜日からまったく進まなかった本である。
「そうだ、清河さん。明日からはサッカー部の朝練に参加しろとまでは言わないけど、見学程度には行った方がいいぞ」
「あ、はい。わかりました」
美優がそう言うとまた部室に沈黙が降りた。慶喜はもう読書に没頭していて、話しかけられる雰囲気ではない。しかし、美優は勇気を振り絞って慶喜に話しかけた。
「あの……慶喜君はいつもどんな本を読んでいるのですか?」
「ん? あぁ、ライトノベルって知っているか?」
「聞いたことはあります。なんかよくわからない本だって……」
「どういう本だよ……」
よくわからないと言われても、その表現がもはやよくわからない。何がどうわからないのかを慶喜は聞きたくなった。
「挿絵が入っていたり、いなかったり、境界線がわからないんですよね?」
「あ、そういうことね。まぁ、そうだな。なんて言えばいいのか……」
慶喜はしばらく考えると、自信がなさそうに口を開いた。
「善悪と同じだ。自分がライトノベルだと思ったらライトノベル、そんな感じだ。だいたい十人中七、八人以上がライトノベルって言ったら、ライトノベルでいいんじゃね? あとはこのレーベルはすべてライトノベル的な感じだな」
「難しいですね」
実際、その問題は未だに解決しておらず、ウィキペディアで調べても明言されていない。そもそもライトノベルとは誰が最初に付けた名なのか、これは論文にするべきではないかと慶喜は考えた。
それから、慶喜と美優はライトノベルについて話し合い、最後には慶喜が美優におすすめの本を薦めていた。
「それじゃ、私は行きますね」
「今日はサッカー部の方に必ず行け。昼休みもここに来るなよ」
「わ、わかってますから……」
美優は最後に悲しそうな顔をして、部室を後にした。慶喜は結局読めなかった本を鞄に仕舞い、部室の鍵を閉めて、教室へと向かった。
(そういや、ライトノベルについて誰かと話し合ったのは初めてじゃないか?)
そんなことを考えていると予鈴が鳴り、慌てて教室へと走って行った。