終わった後は始めよう
香月のマネージャーは観念したように両手を挙げると「本当に参りましたよ」と反省した様子をまったく見せずに言う。
「君のことは途中から危険だとは思っていました。しかし、最初から疑われていたとはね。どうりで君のことが最初から気にくわなかったわけだ」
「どうしてですか!?」
美優が声を張り上げる。
「香月ちゃんはあなたのことをすごく信頼していました! どうしてそんなあなたがそんなこと!?」
「彼女から信頼されるのが仕事ですからね」
「それは仕事じゃないでしょ」
美優だけでなく美麗唖もどこか怒ったようにマネージャーに言う。部屋の雰囲気は完全に三対一の構造が出来上がっていた。
「確かに私は香月さんを自分のために使っていたことは確かですが、別に向上心は悪いことじゃないでしょう? 私の考え方にも文句を言われる筋合いはないはずです」
「そんな……!」
「そりゃそうだ」
今にもマネージャーに襲いかかりそうな美優の発言を慶喜はかぶせることで美優を抑える。慶喜に抑えられては美優も動くことは出来ない。
「お前の言うとおり、俺達がどう思おうが別に人間として間違ってはいない」
「そうでしょう?」
慶喜はあくまで論理的に考えることを利用した。美優と美麗唖はそれを知っているので余計に腹が立った。もちろん、慶喜もそれに気付いている。
「だけどな」
「?」
「お前がやったことは犯罪だぞ」
「……ほぅ」
慶喜の言葉にその場の全員が再度慶喜に注目を寄せる。
「私が犯罪者? どういうことか説明していただけますね?」
「今までのことはどう思われるかは別として悪いことでも、ましてや犯罪でもなかった。だが今回は違う」
「今回? 慶喜君、どういうこと?」
「今回の犯人はたった今捕まったばかりではないですか」
「実行した奴が捕まっただけだ」
「え?」
「……」
驚く美優に対してマネージャーは無言になる。
「そろそろネタバレといこうか。美優」
「え、なに?」
「今日になって気になったことはあるか?」
「気になること?」
「そうだ」
そこで美優は今日のことを最初から思い出す。
今日は朝から香月をストーカーしている人物を捕まえるために自分達の役割を確認しあった。慶喜は楽屋の監視、美麗唖は動いた人の把握、美優はもしものときのための場所でコンサートを堪能する。
自分が本当に何もしていないことに少しだけショックを受けた美優だが、今はとにかく慶喜に言われたとおり気になるところ、つまり不自然なところ探す。
他にさっきから聞いていればどうやらそのストーカーが捕まったこと。
そこで、美優は「もしかして……」と思った。
「慶喜君、その今捕まった人って誰が捕まえたの?」
「マネージャーさんだよ」
と美麗唖が答える。そこで美優は「やっぱり」と頷いた。
「慶喜君、わかったよ」
「どこがおかしい?」
「マネージャーさんが犯人を捕まえたところでしょ?」
美優がそう答えると慶喜はニヤリと笑う。
「正解だ」
「……どういうことですか」
「俺は美優には楽屋の見張りをすることになってたんだよ」
「そんなこと私は聞いてませんが」
「え……?」
私は聞いてない。それは慶喜によって違うことを言われたということだ。慶喜は香月とマネージャーには黙っておけと自ら言っていたはずだ。
その疑問にまたしても美麗唖が答える。
「ここに来る前にストーカー君、親と電話するとか言ってたけどあのとき電話してたの実はこのマネージャーさんだったんだよね」
「え、そうなの!?」
「私もコンサートが始まる数分前に言われたからね~。あれは本当に驚いた」
「俺の仕事はずっと入り口が見える位置に隠れて、パトカーが来たときに楽屋に行くだけという一番楽な仕事だったんだよ」
「結局働いたの私だけじゃん」
「お前がどうなろうと俺は知ったことじゃない」
「ひどいね!?」
美麗唖と慶喜はいつも通りコントじみた会話をし、それを美優が「まあまあ」と笑ってそれを止める。
一通りはしゃいだところで慶喜はマネージャーを見る。
「俺は電話でお前にストーカーがコンサートに来ることはないと適当な理屈ででっちあげた。そして最後にこう付け加えた」
「『ストーカーの正体が完全とまではいかなくても大体はわかったから』」
「そうだ。それでお前は焦って行動してしまった。行動させてしまった」
「えっと、あの、慶喜君。結局今捕まった人って誰なの?」
美優はもう待ちきれないかというように慶喜に訊いた。美麗唖も大体のことは知っていても今回捕まった人物だけはよくわからなかった。顔も見たのだが全然見たことがない顔だった。あの人物は一体誰なのか。その答えは慶喜と、そしてマネージャーしか知らない。
慶喜は「はぁ」ととどめのため息をつくとこう言った。
「今巷で騒がれている下着泥棒だよ」
「……そこまでバレているとはね」
この可能性は香月が「服を盗られた」と恥ずかしそうに言っていたときから薄々わかっていた。下着を盗む奴といったら今噂の下着泥棒しかいない。どんな手を使ったまではわからないが、マネージャーはその下着泥棒を味方に付けたのだ。
「参りました。確かに私は彼を使いました」
マネージャーはついに自らの罪を告白した。人に犯罪を意図的に行わせるのも犯罪だ。
しかし。
「君たちに何ができますか?」
「へ?」
「私の犯行を君たちが知ったところで誰が信じますか?」
「け、慶喜君……」
たかが高校生の発言など誰も本気で取ろうとは思わない。むしろなまじ大人扱いされているせいで逆に捕まえられてもおかしくない。
だが、そんなヘマをする慶喜でもない。
慶喜はスマホを取り出して、
「最近は犯罪にも使われるけどやはり携帯というのは便利だよな」
「……まさか」
そこで初めて焦るマネージャーから目を外し、慶喜はスマホを操作してマネージャーに見せる。
「録音ってのは犯罪を捕まえるのにも役に立つもんだな」
さらに操作すると今までの会話が慶喜のスマホから流れる。
「……いつからですか? 私と合流してから一度もあなたは携帯を触っていないはずだ」
「パトカーが来てからに決まってるだろ」
「そんなに早く……」
「ま、録音じゃ時間的に厳しそうだったから動画にしたけどな」
慶喜の一言にマネージャーはついにすべてを諦めた。これですべてが終わった。
マネージャーは。
ガタン!
ダッダッダッダッ!
「……何、今の?」
「美優と美麗唖はそいつを見張ってろ。たぶんすぐに警察が来る」
「慶喜君はどうするの?」
美優の問いに慶喜はため息で返す。さっきのため息はマネージャーへのとどめのため息だったが、今のため息は違う。
今のため息は泣くアイドルの始まりのため息だ。
これから行うことへのため息でもあるが、どちらかというとそのアイドルが進むための始まりのため息である。
下着泥棒は忘れた頃にやってくる……。
※下着泥棒を忘れた方は第二章の最初の話『人と関わろう』を再度読めばわかります。




