先生をうまく使おう
結局今回の仕事で香月は視線を感じることがなかったらしい。
香月が感じられなかったか、もしくは昨日いた人物だったのか。そう考えたとき、慶喜はあることを聞いていなかったことを思い出した。
「なぁ、香月」
「どうしたの?」
撮影の終わった香月は汗を拭きながら慶喜の言葉に耳を傾けた。
「昨日は仕事場で感じたんだよな?」
「そうだけど?」
「いつもはどうだった?」
「いつも?」
慶喜の言葉に反応したのは香月ではなく美優だった。ちなみに美優はモデルになるのを断るに断れない雰囲気になっていたのを慶喜が助け船を出して話を収集させたのだ。
「いつも仕事場なのか? コンサートで感じることはあるか?」
「あ、そういえば」
「何か思い当たることでもあるのか?」
「昨日は仕事場でだったけど、いつもはコンサートの時だ」
「なんでそれを早く言わないの? バカなの?」
その慶喜の言葉についにしびれを切らしたように顔を真っ赤にして慶喜の前に立つ者がいた。
「お前! さっきから香月さんに向かってその口の利き方は何だ!」
「……誰?」
「ディレクターの山崎茂だ!」
「……はあ」
さっきから慶喜達、というより香月を見ていた茂は慶喜のことを知っているようだが、慶喜としてはいきなりディレクターにわけがわからないことで怒られたような感じしかしない。
「さっきから聞いていればお前みたいな奴がここに入ることがもう失礼なんだ! にもかかわらず香月さんにもその口調はなんだ!」
「……なんだろう。コイツ誰かに似てるわ。アイツ。亮雅の隣に居た……」
「大地君だね」
「それだ」
茂のことを完全に無視して慶喜と美麗唖は大地についていきなり語り始めた。
さすがにそれはマズいだろうと止めるのは美優。
「二人とも今そんな話はいいから。ね?」
「よくねぇよ。アイツ、俺に殴りかかってきてだな……」
「ふざけんな!」
「ん?」
茂の叫びでやっと慶喜は茂の存在を思い出した。
「お前みたいな失礼な奴が香月さんと一緒にいられては困―――!」
「いい加減にして!」
茂の言葉を止めたのは香月だった。
「私は志賀君を嫌だと思ってないし、むしろ他の人より接しやすくていいとさえ思ってる! ……なんでかわかる?」
「っ……」
「距離を置かれても嬉しくないよ。どうして同じ歳の人から敬語を使われなければならないの?」
「おい、香月。自分から歳の話を」
「ストーカー君、空気を読もうよ」
「お前にだけは言われたくない言葉だな」
暗い雰囲気になるところを慶喜と美麗唖によってわずかだが改善された。といっても暗い雰囲気になってしまったのは変わりない。
そんなときに出てきたのが香月のマネージャーだった。
「香月さんの友達を傷つけるような言葉は言わない方がいい。今みたいに嫌われちゃいますよ、茂さん」
「わ、私は茂さんを嫌ったわけじゃ」
「嘘つけ。今の感じだと明らかに嫌ってただろ」
「ストーカー君は皆から嫌われてるけどね」
「もはや特技だよな」
怒れる雰囲気ではなくなった茂は悔しそうに唇を噛む。
辺りがついに静まったときに声を発したのが、
「す、すみませんでした~!」
倉間先生である。
いきなりの謝罪の言葉に全員が驚いた。
「せ、先生?」
「うちの生徒が本当に申し訳ないことをしたようで!」
「……なんか俺が悪者にされたぞ」
「あなたも謝りなさい! 慶喜君!」
「えっと、なんで?」
「こういうときは謝れば基本許されるんです!」
「それを言ったら意味ねぇな!」
前にも亮雅のときも言ったが、感情的になった相手を止められるのは第三者である。といっても慶喜の予定では美優とかがやってくれるものだと思っていたが、
まさか、
「バカでアホな倉間先生だとは……」
「なんであなたは私をそんなに侮辱できるのですか!」
「倉間先生だけなんだからね!」
美麗唖が顔を赤くしながら、倉間先生に指を指すと、
「わ、私だけですか……!」
「うっわ~、ストーカー君。この人チョロすぎだよ」
「~~~~~!」
いつの間にか倉間先生が怒る空気になり、さっきまでの空気は跡形もなく消え去っていた。周りの人達もクスクスと笑い始め、茂のことなど完全に忘れているようだった。
「慶喜君とみっちゃん、あと倉間先生もここは学校じゃないんですよ」
「あっ、わ、私としたことが……!」
「いや~、つい楽しんじゃったよ」
「……さてと、そろそろ帰るか。香月の仕事も大体わかったし」
慶喜と美麗唖はそう言うと先に仕事場を出て行った。それに続いて他の人達も続々と片付けを再開し、事態は完全に収集した。
「あっ、志賀君!」
慶喜が車に乗り込むと同時に香月が慌てたように走ってきた。
「どうした?」
「明日、どうする?」
「十時に学校の裏で」
「わかった」
帰りは美優も倉間先生の車に乗り、香月に見送られながら四人は学校へと向かった。
「慶喜君、もしかして明日って……」
「ああ?」
「……ううん。なんでもない」
美優はまさかと思いながら、どうせ言っても慶喜君は変わらないということを思いだし、何も言わなかった。香月には悪いとは思ったが今更どうこうできる話でもない。
「がんばってね、香月ちゃん」
美優は遠い目をしながらそう呟いた。
そして帰りも倉間先生は車酔いをして、慶喜と美麗唖がため息をついたのだった。




