表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛相談部  作者: 甲田ソーダ
番外編 ~彼と彼女の恋の相談~
130/131

日常を見よう

しばらくぶりです。

 小学生同士の喧嘩なんてものは珍しいものではない。


 お互いに納得がいかないとき、人は話し合うことで意見を聞き入れ、また自身の考えを妥協して話をまとめようとする。


 しかし、小学生、もしくはその下の幼稚園児などはその例にはあてはまらない。


 なぜなら、自分の考えを口にすることがまだうまくできないからだ。


 というより、自分の考えを相手にうまく伝える手段がない、といった方が妥当だろう。


 うまく伝えることができなければ、当然、相手だって自分の考えを理解してくれることはない。


 その逆も然り。相手の考えに納得することはなかなか難しいものである。


 大人でさえ、相手の気持ちを察するのが難しいと思うのだ。


 相手の意見を尊重しろ、なんて言うのは簡単だが、そうした人間はそうはいない。


 とにかく、だ。


 小学生以下の子どもが相手の気持ちや考えを理解できずに喧嘩することはよくある話だ。


 そして、その喧嘩方法も、大人と違って言語を通して行うわけではない。


 言葉なんてものは所詮、道具でしかないのだ。


 自分のことを表してくれる便利な道具ではあることには間違いない。だが、完璧な道具ではない。


 大人はその不完全な道具を自分なりに補完して、気持ちや感情を察することはできても、子どもはそうはいかない。


 子どもは自分のことを完璧なもので伝えたいとき、言葉ではなく、別の明らかなものですべてを伝えようとする。


 そこで喧嘩だ。


 何度も言うが、大人は喧嘩を言葉によって解決を試みる。


 それに対し、子どもは喧嘩によって解決を試みるのではないだろうか。


 子どもにとって喧嘩は自分を伝える手段なのだ。


 勝った者が正しい。つまり殴り合いこそが自分の正義を伝えるものになるわけだ。


 喧嘩を喧嘩(殴り合い)によって解決するとは、なんとも奇妙な話だと思う。しかし、それを奇妙だと思わないのが子どもなのだ。


「それだと解決はしていない、ってことに気付くのはいつなんだろうな?」


 そんなことを考えながら、慶喜はそんなことを呟いた。


 遠くに映る小学生の子どもたちは、何があったかはわからないが、まさに一触即発の雰囲気だった。


 もうお互いに拳を握って、どっちが手を出してもおかしくはない。


「あなたならどうする?」


 美島が隣で聞いてきた。


「……」


 慶喜はそれについて何も答えなかった。


 美島がどういう意味でそれを言ったのか、推し量ろうとして、わからなかったからだ。


「普通であれば」


 美島は言った。


「今の質問で、人は具体的に「自分であればこうする」などと言って、子どもの喧嘩を止めようとする、そういったことを答えるわね」

「だろうな」

「皆、自分が喧嘩を止める立場で語るのよ」


 だが、それは間違いだと美島は言う。


 そもそも本当に喧嘩を止めるというのであれば、こうして慶喜や美島のように子どもの喧嘩を傍観したままでいるわけがない。


 こうして傍観できているのは、(ひとえ)に、結局自分とは関係のないものだと思っているからなのだ。


 子どもの喧嘩は当人達で解決すべきだ、なんてことを考えている人に、そもそも解決させる方法など、はなから与えられていないことに皆、気付かないのだ。


「でも、彼は違うのよ」


 そう言って、美島は例の男を指差した。


 頼りなさそうな平凡な男子高校生は、今にも殴り合いが始まりそうな二人の子どもの間に割って入ると、交互に何かを二人に対して言っていた。


「……おいおい」


 だが、少ししたあとに、なぜか高校生が小学生にいじめられるといった、わけのわからない状況へと変わっていった。


「ばあか! ばあか!」と叫ばれながら、殴り続けられる高校生を慶喜はなんとも言えない表情で見ていた。


 しばらくしたらスッキリしたのだろう。


 男の子達は清々しい顔で、二人で帰っていった。


 何分か前に喧嘩していた二人だとは到底思えない。仲裁に成功したといえるのだろう。


 なぜかその仲裁者が犠牲になってはいるが。


「……」


 歩道で「うぅ……」と呻き声をあげている高校生は、傍から見ればさぞ面白いだろう。


 バカ奴だ、かっこ悪い、と言われてもおかしくはない。


「おかしくない、と思うことがおかしいと思うことに気付くのはいつかしらね?」


 美島は初めの慶喜の言葉と重ねるようにそう呟いた。


「さあな」


 慶喜はそう答えながら、子どもに殴られた箇所を痛そうに押さえる高校生を見た。


 どこにでもいる高校生であるという判断には変わりはない。


 が、しかし。美島にとっては何かが特別に見えているということも、ここでようやく本当にわかった気がした。


「納得していないようで納得したといった顔ね」

「なんだよ、それ」


 それからは本当に何もなかった。


 他の男子高校生に絡まれることもなければ、捨て猫を見つけるわけでもない。


 もちろん、いきなり目の前に可愛い女の子が現れるといったこともなかった。


 いや、変な高校生に二人に尾行されるといったことを除けばの話だが。


 とにかく、彼が日常的に何かしらのイベントに関わっているということはない。


 今回、たまたま喧嘩している小学生を見つけて、たまたまそこに居合わせた高校生が仲介に入って、殴られて仲直りしたという、なんてことのない日常の話だった。


 結果的に見れば、慶喜が新しく情報を手に入れたということもない。


 強いて言うのであれば、情報を改めて理解した、といったところだろう。


「なるほどな」


 慶喜の評価はここに来る前と何ら変わらない。


 だからこそ、慶喜は一つの答えを出した。


 この答えに美島が納得するかどうかはわからないけど。


 ……というか。


「帰ってテスト勉強していいか?」


 テスト前日(当日でもある)にいったい何をしているのだろうか、と慶喜が思い直しただけである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ